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神様の水鏡  作者: 水月 尚花


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006

 


 006



「この橋はねぇ、千五百年くらい前に作った橋でねぇ――――」

 俺は今日、ここに橋を架けに来たはずなのだが、その肝心の橋を作る前に、すでに少し足が痛くなってきた。ただ平坦な道を歩くだけならよかったのだが、広い神界には山道や坂などいろいろな道があるわけで……もうかれこれ二時間以上、キョウの神界にある橋を見て歩き回っている俺の足は疲れを増すばかり。

 キョウは嬉々として、それぞれの橋の説明をしてくれるのだが、正直、橋の構造とか素材などを詳しく説明されても、詳しすぎて逆に全然分からない。

「じゃあ、次は――――」

「おい、キョウ。その辺にしとかないと時間が無くなるだろうが」

 まだ橋を案内しようとしていたキョウを制止した鋼守。

「……そうねぇ。じゃあ、神殿に戻って休憩してから、橋を作りましょうかぁ」

 キョウは頬に手を当て、考えるような素振りを見せたあと、神殿の方向に踵を返した。俺が気付かないように、安堵のため息を吐くと、

「よかったね。そろそろ足痛くなってきたでしょ?」

 と、スイがこっそりとつぶやいた。

「ちょっとだけな……」

「ま、イッセーは若いんだから、たまにはいいんじゃない?」

「なんだよそれ」

「そのままだよ。あ、ほらキョウが待ってるよ」

 ふと前を見ると、キョウが振り返って俺に向かって手招きしていた。

 あれは……こっちへ来いってことなのか。

 キョウのところへ行くと、手を引かれ、自然と隣を歩かされている俺。

「今日はねぇ、私が料理を作ったのよぉ」

「え?」

「それ、ちゃんと食えるんだろうな」

 後ろを歩いていた鋼守が、そう言って会話に割って入ると、

「鋼守ったら、失礼ねぇ。ちゃんとミコトに教えてもらったから、大丈夫に決まってるでしょう」

 と、キョウは拗ねたようにそっぽをむく素振りを見せた。

「お前がふらふらしてんのはいつものことだが、ミコトのとこにも行ってたのか」

「でも、ミコトに教えてもらってたなら安心だね。料理出来ないイッセーだって、ミコトに教えてもらって何とか食べれるもの作れたみたいだし」

 スイの言うとおり、俺が料理出来ないのは本当のことだけど……余計なこと言うな。



 そうこうと、他愛のない話をしながら歩いているうちに、キョウの神殿が見えてきた。そしてそれと同時に、神殿のそばに人影が二つ見えた。

「誰かいる」

 俺がそうつぶやくと、後ろから、

「……やべぇな」

「やばいね」

 と、小声でつぶやいた神使二人の声色に、緊張が走る。

 気になって歩きながら顔だけ後ろを向くと、衝撃的な言葉が聞こえた。

「レンカだよ、あそこにいるの」

「……え!?」

 なんで!? っていうか、よりにもよってレンカって……

「ほんとだわぁ。何しに来たのかしらぁ?」

 キョウは相変わらずの間延びした声で、おっとりと話してはいるが、どこか棘のある言い方のようにも取れた。その直後、俺の手を握っているキョウの手に、あきらかに力が入ったのが分かった。正直、怖くてキョウの顔は見れない。

 そして、そのまま手を引かれ、どうすることも出来ずに神殿に近づいて行くと、ハート型の羽衣が見えてきた。いよいよ現実味を増してきた緊張感。俺の姿を確認したらしきレンカは、あろうことか手を振りながらこちらに向かって走ってきた。


「一勢様ー! お久しぶりですわー!」

 レンカはあっという間に、目の前に来てしまった。

「え、うん」

 この状況で何と返していいか分からず、相槌だけ打つと、ふと俺の手を見たレンカが、

「はっ! あなた、誰に許可を取って、一勢様と手なんて繋いでるんですの!?」

 と、声を荒げた。

「別にいいでしょう? レンカだって私がいない隙に、一勢君といちゃいちゃしてたの、知ってるのよぉ」

 キョウは悪びれた様子もなく、俺の肩に寄りかかった。

(わたくし)は人間界で会っただけですわ! あなたのように、自分の神界に連れ込むなんて、野蛮なことはしてませんわよ!」

「やぁねぇ。野蛮だなんて、何を想像してそんなことを言っているのかしらぁ?」

 笑顔で睨み合っているキョウとレンカの髪の毛が、逆立ち始めた。ここは俺が、何か言って止めるべきなのだろうか。しかし言葉ではなく、冷や汗だけが出てくる。これは、非常にマズい。


「レンカ。とりあえず落ち着け。今日はこれを持ってきたのだろう?」

 不穏な空気の中、この場に似合わない可愛らしい声が響いた。声の主はレンカの隣にいた少女だ。その手には風呂敷に包まれていて中身は分からないが、長方形の箱のような何かを抱えていた。多分レンカの神使かな? と初めて見た少女の顔を見ていると、

「ああ。イッセーは初めて会うんだっけ?」

 と、スイが首をかしげた。

「……多分」

「申し遅れた。バレンタインのときは迷惑をかけたな。あたしはレンカの神使の真白だ。よろしくな」

「よ、よろしく」

 俺がそう返事を返したあと、可愛らしい声とは裏腹に、男勝りな話し方の真白は、キョウとは反対側の俺の隣へ来ると、さらに話を続け、

「ちなみに……最初に謝っておくが、今日もレンカが迷惑をかける可能性がすこぶる高い。だから、あたしはここに来ることを止めたんだが、言うことを聞かなくてな。すまん」

 と、声をひそめてつぶやくと、さりげなくその場を離れた。

 いや、すまんて……そんな冷静に言われても……

「っていうか真白さー、イッセーに対しての態度、オレに頼み事しに来たときより優しくない?」

「うるさいだまれ」

「ま、いいや。それより早く入っちゃおっか。キョウもレンカも何か用意があるんでしょ?」

 真白の少々辛辣な言葉を気にしていない様子のスイは、あっさりと受け流し、話の流れを変えた。その言葉を聞き、いまだ笑顔で睨み合っていた二人も、

「そうだったわぁ」

「そうでしたわ!」

 と、何かを思い出し、ふと我に返ったようで、睨み合いをやめた。

 何はともあれ真白とスイのおかげで、一旦その場は落ち着き、神殿の中に入った。



 しかしながら、神殿に入って腰を落ち着けても、やはり俺の窮地に変わりはなかった。目の前に広げられるキョウの料理とレンカの料理。キョウが用意していたものと、真白が持っていた風呂敷の中身は、どちらも何段もある重箱に詰められている豪華な料理だった。見た目はすべて美味しそうなのだが、量が半端ない。

「一勢君、なに食べるぅ?」

「さ、一勢様! どうぞ、どれでもお好きなものをお召し上がりくださいまし!」

「…………」

「二人とも、気合入ってんね」

 言葉を無くした俺の代わりに、スイがそう言って場を和ませようとしたのだが、

「そうでしょう? このためにミコトのところへ行って、教えてもらったんだものぉ」

(わたくし)も、いつか一勢様に手料理を召し上がっていただこうと、ミコトのところへ通ってましたもの! そこで、たまたまキョウが来ていることを知って探ってみれば……まったく、抜け駆けもいいところですわ!」

「抜け駆けだなんて、人聞き悪いわぁ」

(わたくし)は事実を述べたまでですわ!」

 と、俺を挟んで、再び睨み合いを始めたキョウとレンカ。

 二人の会話を聞き、「そんな神界の料理教室みたいなのあんの!?」と、一瞬だけ思ったが、今はそれより、この状況をなんとかしたい。

 ちらっと向かい側に座る神使たちを見れば、スイと鋼守はため息をこぼし、真白はこの光景から目をそらし、すでに疲れたような顔をしている。もはや、頼りの神使たちもこの有様。


 まさかのレンカの登場により、俺は思っていた以上の窮地に立たされているように感じた。







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