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神様の水鏡  作者: 水月 尚花


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004

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「あれ? そういえばさ、ここってキョウの神域だって言ってたよな?」

 緩やかな風に吹かれながら、橋から見える景色を眺めていた俺は、ふとあることに気が付いた。

「うん。なんか気になった?」

「いや、気になったっていうか……今までは神域にある神器? を、触ると神界に入っちゃってたけど、ここは大丈夫なのかと思って」

「ああ、ここはね、あるものさえ触らなきゃ大丈夫だよ」

「あるもの?」

「あれのこと。擬宝珠っていう橋の勾欄の装飾」

 そう言ってスイは、今俺が触れている勾欄の直線状に、一定間隔で取り付けられている銅で出来た突起物を指さした。ちなみに、俺から一番近いものは隣三十センチくらいの場所にあった。

「なんか、結構付いてるけど、もしかして……これ全部?」

「うん。この橋にある擬宝珠は全部だね」

「お前、それ早く言えよっ」

 俺はさりげなく、二、三歩横にずれて擬宝珠から離れた。

「そんなビビんなくても大丈夫だよ」

「もし、俺が触ってたらどうしてたんだよ!」

「ま、そのときはそのときだね」

 こんな人がいるところで神界に入ってしまい、いきなりここから姿を消すなんて、絶対に騒ぎになる。そうなれば俺にとっては結構な一大事なのに、スイはのんびりと構えていて、それを見たらなんだか気が削がれ、何も言い返す気がなくなってしまった。



 橋の勾欄から手を離し、再び歩き始めてすぐ、どこからか笛の音が聞こえてきた。

「笛の音? どっかでなんかしてんのかな?」

「ちょっと急ごっか」

 そう言ってスイは、少し早足で歩き始めた。

「なんだよいきなり?」

「これ、ナギの笛の音。三十分くらいしたら戻してって言ったから、知らせてくれてるんだよ」

「じゃあ、もうすぐさっきの神界に戻るってこと?」

「そ。この音止んだら戻るから」

「それ、結構まずいんじゃないのか!?」

「念のため一応急いでるけど、とりあえずこの橋渡りきるくらいは大丈夫だと思うよ」

 そう言ってスイは、余裕のある笑みを浮かべているが、それを聞いた俺は、耳を集中させて笛の音を確認しながら、歩く速度を少し早めた。

 集中して聞いているせいか、笛の音がさっきよりも大きくなったように感じる。しかし、俺にははっきり聞こえるのに、歩いていてすれ違う人は、誰も笛の音を気にしていなくて、俺にだけ聞こえているみたいだった。

 今は人間界にいるはずなのに、俺だけがもう違う世界にいるみたいで、変な感じだ。

 橋を渡り終え、人のいないところへ移動すると、

「誰かに見られてるといけないからね」

 と、スイは俺の頭から着物を被せた。

「暑っ」

「ちょっと我慢してて」

 着物のせいで笛の音が聞こえにくくなった。

 いつになったら取っていいんだろう、と考えていると、何の前触れもなく、ここに来る前に感じた風と同じような、強い風が吹いた。


 

 風で着物がめくれ、隙間から覗いた景色は、ナミが扇子を振り下ろしている姿で、ナミの動きが止まると風も止んだ。

 スイが俺が被っていた着物を取ると、全景が視界に映る。どうやらここは神殿の外のようだ。

 元の場所に帰ってきたという安堵感に浸る前に、後ろから、

「おかえり。どうだった?」

 と、声が聞こえ振り向くと、神楽笛を持ったナギがいた。

「え、っと……ただいま?」

「ナギもナミもありがとー。ほんとイッセーったらビビりなんだから」

 スイはこれ見よがしにわざとらしく、からかうような笑みを浮かべた。

「誰だって、いきなり飛ばされたらびっくりするだろ!」

「まぁそうだよね。でも無事に帰ってこれてよかったよ。僕らも人間を送ったのは初めてだったから、ちょっと心配だったんだよね」

 ナギはナミと目配せをして、眉をハの字に下げながら笑った。


「なんだ来てたのか」

 和やかな雰囲気の中、ふいにこの場所にいた人物以外の声が聞こえ、この場所にいる全員の視線が声の主に集中した。そこに居たのは、お菓子の箱を片手に神殿から出てきたばかりの、まだ眠たそうな顔をした茶々丸だった。今日はめずらしく犬ではなく人の姿だ。

「茶々丸こそ、やっと起きたんだね」

「ほんとだよ。オレとイッセーは、さっきまで人間界のキョウの神域に行ってたんだよ」

「は!? なんでキョウのとこ行ってんだよ」

「茶々丸は寝てたけど、ちょっと前まで、ここにキョウ来てたんだよ」

 ナギがそう言うと、茶々丸は、

「……あいつ、何しに来たんだよ」

 と、眉をひそめ、警戒心をあらわにした。

「明日、イッセーに橋架けてほしいんだって。自分の神界に」

「なんでそんなことになってんだよ。大丈夫なのか?」

「スイもいるし、大丈夫なんじゃないかな?」

 ナギはそう言って困ったように笑っていたが、茶々丸はうんざりした顔で俺を見ると、

「テメー、ぜっってーやらかすんじゃねーぞ!」

 と、念を押すように語気を強めた。

「え、いや、なんの話?」

「キョウの嫉妬深さの話だよ。イッセーはすでに今日、やらかしかけてるじゃん」

「テメーふざけんな! 頼むから、あの女だけはまじで怒らせんなよ!?」

 キョウの嫉妬深さは、身を持って分かったつもりだが、茶々丸がここまで言うってことは、俺が考えている以上にやばいのか?


「そんなに言うと、イッセーがまた不安がるからやめてあげてよ」

「そうだよ茶々丸。怖ろしいイメージ付いちゃうでしょ」

「あいつは十分、怖ろしいだろうが!」

「あのさ……なんかあったのか?」

 あんまり聞きたくないような気もしたが、俺は恐る恐る尋ねてみた。

 するとナギが、

「えーっと、どこから説明すればいいかな?」

 と、首をかしげてスイを見た。

「んー、ざっくり言うと……もうかれこれ七、八百年くらい前の話なんだけど、キョウとレンカが大ゲンカしたことがあってね」

 スイは視線を上にあげ、そのときのことを思い出すように、話し始めた。

「ケンカ? なんでケンカになったんだよ?」

「それはまぁ、そのときはまだいなかったけど、君のことでケンカになったみたい」

 ナギは苦笑いを浮かべた。

「え!? なんで!?」

「レンカは今も昔も、イッセーのこと好きでしょ? でもキョウだってお前のことに関しては、誰にも負けたくなくて……まぁ、つまりは、イッセーの話してるうちにケンカになっちゃったみたいな?」

「俺の話って……それは、前世の俺の話だろ?」

「んなの、前世だろうが、その生まれ変わりだろうが、神界のヤツらにとっちゃ、どっちもテメーだから一緒なんじゃねーの」

 俺の問いかけに、気だるそうにつぶやいた茶々丸。

「ま、そうだね。で、話戻すけど、その二人の大ゲンカは、そのうちどっちの神使にも止められないくらい、手付けらんなくなっちゃったみたいで、助けを求められて、オレと茶々丸が行ったんだけど……」

 スイがそこまで言うと、どこか遠い目をした茶々丸が、

「……俺様たちが行ったときには、レンカの神殿、半壊してたな。しかも、とばっちりで瓦飛んできたし」

 と、つぶやいた。

「半壊!?」

「もちろん、レンカの神殿はすぐに直してもらったし、二人とも仲直りはしたけど……あのときは大変だったなぁ」

 スイは、感慨深げに目を閉じた。


 そんな神使二人の様子を見て、まさかそこまでだと思っていなかった俺は、新たな不安に苛まれた。



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