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神様の水鏡  作者: 水月 尚花


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003

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「そうだ! ね、イッセー。まだ時間あるよね?」

「うん。大丈夫だけど……」

「じゃ、ちょっと準備してくるから待ってて」

「準備って――――」

 なんのだよ! と、俺が言い終わる前に、スイは部屋を出てどこかへ行ってしまった。

「……なんだよアイツ」

 スイの姿が見えなくなったあと、俺が小さくつぶやくとナギが、

「多分、すぐ戻ってくるよ」

 と、おだやかな笑みを浮かべて、お茶を啜った。

「ふぅん?」

 ナギもいつもみたいに笑っているし、そんなたいしたことないだろうと、さほど気に止めずに、俺も一息つこうとしたら、本当にすぐ戻ってきたようで「お待たせー」とスイの声が聞こえた。

 ふと部屋の入り口のほうを見ると、俺の目の前に濃紫色が広がっていた。

「うわっ!」

 予想だにしなかった光景を前に、あっけにとられていると、濃紫色のそれが、頭から俺の体を包み込むように降ってきた。視界を遮られた俺は、振ってきたものを確認しようと思い、掴んで自分の体から離した。

「……っこれ!」

「そ。覚えてる?」

 これを初めて見たときのことは、よく覚えている。

 初めて神界に入って、俺が全知全能の神の生まれ変わりだという真実を知ってしまった日だ。あの日、前世の俺の遺品みたいなものだと教えられ、見せられたものの中で、ひと際、存在感を放っていた着物。それが今、俺の手の中にあるのだ。

 光沢のある白い生地に、川のような水色のラインがあり、その周りに薄紫の花みたいな柄が入っている。先ほどの濃紫色は、この着物の裏地だったようだ。

 俺の手に握られた着物は、生地がしっかりしていて本当にずっしりと重いのだが、それ以上に重く感じた。

 前世の俺のものだとはいえ、今の俺とは立ち場が違いすぎる。

「どうして、これが……」

「今から使うから」

「使うって……これ、俺が使っていいもんなのか!?」

「どっちにしろイッセーのだからいいんだよ。たまには使わないと着物もかわいそうだし」

「でも、どうやって」

「それ、被ってると人間には姿見えないからさ。だからちょっと被ってて!」

 スイは俺の頭から着物を被せ、思いっきり頭を押すと、

「じゃ、ナミ。よろしくー」

 と言っているが、着物で前が見えなくて、俺にはスイの声だけが聞こえていて、何が起こっているのかまったく分からない。

「はっ!? ちょっと――――」

 俺がスイに押さえられていた頭に手を伸ばそうとした瞬間、強い風が吹き、着物が大きくなびいた。


 風がおさまると、

「お。ちょうどいいとこ送ってくれたね」

 と、スイが俺に被さっていた長い着物をバサッと取った。

「お前っ…………え!?」

 目を開けると、知らない建物の陰にいた。その向こうからは、何やらがやがやと、人がたくさんいるような音が聞こえる。

「ここ、どこ!?」

「過去でも未来でもなく、現在の人間界だから安心しなよ。あ、靴これね」

 スイは、俺の靴を地面に置いた。

 いつの間に、靴持ってきてたんだ。俺は靴を履きながら少し辺りを見回した。

「なんでいきなり、知らないとこにいるんだよ?」

「ナミの扇子で送ってもらったんだよ。オレは今、人間に姿見えてないから大丈夫だけど、イッセーはいきなり人がいるところにワープしちゃうと、姿見えてるから騒ぎになる可能性もあるでしょ。だから、これ使ったの」

 スイは、自分の腕にかけて持っていた着物を、軽く持ち上げてみせた。

「……なんのために?」

「一応、見せておきたいものがあってさ。ちょっと来て」

 そう言って歩き出したスイに付いて行き、建物の陰から出ると、たくさんの人が行き来している道へ出た。俺とスイは自然と雑踏に紛れ込んだ。

「そうそう。オレに話しかけるときは気をつけてね」

「は!?」

 俺がスイのほうを見ると、知らないおじさんと目が合ってしまい、変な目で見られてしまった。

「さっきも言ったけど、オレの姿が人間に見えてないってことは、イッセーは一人で喋ってる変な子だからね」

「なっ!……それ、早く言えよっ」

 いや、そういえばそんなこと言ってたような気もするけど……まぎらわしい! いつもみたいに、人間に見える姿で来てくれればよかったのに!

 俺はそういう苛立ちを感じながらも、今、普通に俺の隣を歩くスイが俺以外の人間に見えていないことに、少しだけさみしさみたいなものも感じていた。

 本当にスイは人間じゃなかったんだって、知ってたけど、改めて思い知らされたような気分になったから。

「あれだよ」

 俺はスイの声にハッとなって、前を見た。周りにたくさんいた人は、いつの間にか少なくなっていた。

「……橋? ってか長っ!」

「あの橋は人間が架けたものだけど、橋がある場所は神域なんだよ」

「神域?」

「そ、キョウのね。イッセーの家の池とか、タタラの岩とかキノの木みたいなもんだよ」

「へぇ……見せたかったものって、キョウの橋だったんだ」

「まぁね。せっかくだから渡らせてもらおっか」

「え!?」

「さ、行くよー」


 キョウの神域だと聞いて少し緊張した俺は、橋に足を踏み入れる前に、心の中で「お邪魔します」とつぶやいた。

「この橋、何メートルくらいあんの?」

「んー……百五十はあるんじゃない?」

「百五十!?」

「うん、多分ね」

「すげぇな。っていうか長さもすごいけど、見た感じも綺麗だし、なんか全体的にすごい」

「そりゃあね。キョウの神域だし、適当な橋なんて架けたもんなら……想像しただけで恐ろしいよね」

「……俺、大丈夫かな」

 明日、そのキョウの神域に、橋を架けに行く約束しちゃったんだけど。

 

 俺が一人、不安に駆られていると、後ろから楽しそうな笑い声が聞こえ、だんだん近づいてきた。

「つーかさー、聞いた?」

「えー? 何の話?」

「カップルでここ通ると別れるって話。なんか神様が嫉妬するんだってさー」

「まじでー!?」

「まじだよっ! だってこないだエリカが、彼氏とここ通ったあと別れたって言ってたもん!」

「受けんだけどー! どんだけ嫉妬深い神様だよ! コワくね!? ガチじゃん!」

「だよねー! うちらも気をつけなきゃー」

「ほんとほんとー! ってかエリカなんで別れたの?」

「彼氏の浮気っつってたかな?」

「じゃあ、ちょうどよかったんじゃねー?」

「言えてるー!」

 そう言って、手を叩いて笑いながら俺の横を通りすぎていったのは、おそらく俺と同じ高校生くらいの、ギャルっぽい服装の女の子二人だった。


「スイ、今の話って……」

「ほんと、適当なことばっか言ってくれちゃって」

「じゃあ」

「神様が人間なんかに嫉妬するわけないでしょ。だいたい別れさせたからって、そのあとどうすんのさ」

「まぁ、そうだよな」

「たしかにキョウは嫉妬深いけど、人間には興味ないよ」

「でもそれなら、なんであんなこと言われてんだよ?」

「あ、ちょうどこのへんかな」

 橋の真ん中あたりに差し掛かったとき、スイはしっかりとした木で出来ている橋の勾欄に手をかけて、その下に流れる川を眺め出した。俺は不思議に思いながらも、同じように勾欄に手をかけ、川を見てみたが、別に何の変哲もない普通の川だった。

 俺が川を見ている間に、スイは勾欄にもたれかかるように背を預け、話し始めた。

「キョウは、ここから能面を顔に付けて、橋を渡る人間を見てるんだよ。ここに出てくるのは、ほんとにたまにだけど」

「なんで能面を付けて見てんの?」

「あの能面が怖い顔してんのは、邪気を払うためなんだよ」

「邪気……」

「まぁ悪い気とか、人の悪意とかだね。キョウは橋の神様でもあるけど、そういう邪気払いの力もあるってこと」

「それって、人間にとってはいい力じゃん」

「そうだね。だけど、さっきの話みたいに、それで付き合ってるカップルがよく別れちゃったりするから、なんか怖い神様のイメージ付いちゃってんだよね。人に憑いた邪気を払ってくれてるだけなのになぁ」

 スイは苦笑いを浮かべた。

「じゃあ、本当は別れさせられたんじゃなくて、別れさせてくれたってこと……だよな?」

「そういうこと。男女の関係にもいろいろあったりするからね」

「だけど、間違った認識されてるなんて……」

 良いことしてるのに、悪いことしてるみたいに言われて……それでも、キョウはここから人間の邪気を払ってくれてたんだ。


「でもさ、イッセーもちょっとキョウのこと怖がってたでしょ」

「っ! それはまぁ、うん。ちょっとだけ……」

「だからオレは、本当はキョウが、人間にとってどんな神様か教えてあげたかったんだよ」

「それは分かったけど……ここまで来る必要はあったのか!?」

「うん。イッセーは、この橋よく覚えておいたほうがいいと思って」

「なんでだよ」

「神様は人間に嫉妬しないって言ったけど、お前は別だから」

「……それって」

「いつかイッセーに彼女が出来たときに、うっかり一緒にここに来ちゃうとまずいかもしれないからね」

「…………」


 今は彼女なんていないから、あんまり想像できないけど……俺にとってキョウは、やっぱりちょっと怖いかもしれない。




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