003
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「勝手にお邪魔したうえに、大変お騒がせしてしまい申し訳ありません。私はこの料理の神であるミコトの神使、佐波と申します。どうぞ以後お見知りおきを」
丁寧に挨拶をしてくれたミコトの神使、佐波。
「よ、よろしく……俺は――――」
「一勢君だろう? 君の名はとうに知っているさ!」
俺も一応、自己紹介をしようとしたら、前髪をかき分けながら割って入ってきて俺の名前を言ったミコト。
「いい加減にしてください、ミコト様。さらに引かれてどうするんですか」
「えー? 引いてないよね、一勢君!」
ミコトは首をかたむけ、右手の人差し指を自分の頬に軽く当てた。
「……すいません、一勢様。一発ぶん殴ってやってくださいませんか?」
ミコトに向かって、あからさまに冷めた目を向ける佐波。
「え!?」
俺に振られても……っていうか、こんなときにかぎってスイもいないし、どうしたらいいんだろう。
「あ! さては君、まだ僕が神だって信じてないね!?」
「いや、そんなことは……」
「これを見たまえ!」
ミコトは自分の首からかけらている紐を引っ張り出した。すると着物に隠れていた石が姿を現した。
「……神玉」
赤紫色の岩のような質感を持つそれは、俺や今まで出会ってきた神様たちが持っている神玉と同じ形をしていた。
「これで、僕が神だと分かっただろう?」
いや、最初からそんなに疑ってはなかったけど……
「……うん」
とりあえず、うなずいた。
「さて、ミコト様の疑いが晴れたところで……始めましょうか」
「そうだったね! 僕としたことが、すっかり忘れかけていたよ!」
「始めるって何を?」
「決まっているじゃないか! 僕らは君の料理の手助けをしに来たんだよ!」
「……え!?」
「さぁ、これを付けてください」
「え、ちょっ……」
どこからか白いエプロンを出してきて、俺に有無を言わさずに付けてくる佐波。
「はい。これで大丈夫です」
「よく似合っているじゃないか!」
「はあ……」
俺は佐波に付けられたエプロンを見て、到底自分に似合っているなんて思えなくて、ちょっと複雑な気持ちになった。
「それはそうと……これ、お味噌汁を作ろうとしてたんですよね?」
佐波は俺が机に並べていた、だし系の調味料を指さした。
「えっと……うん」
「さては君、料理したことないね?」
図星をつかれた俺は返す言葉もなく、口を閉ざした。
「まったく仕方ないね! それじゃあ、まず野菜を切ろうか!」
そう言って、ミコトはいくつか野菜を選んだ。
「これ、全部切るの?」
ミコトが選んだ野菜は、大根、ニンジン、トマト、しいたけ、さやえんどう、菜の花。そして冷蔵庫から油揚げと鶏肉を取り出してきた。
「しいたけとさやえんどうと菜の花の下処理は、今日は特別に僕がしてあげよう! 残りは君が切るんだよ! 佐波は一勢君を手伝ってあげたまえ!」
「はい、分かりました。ミコト様、包丁はどうなさいますか?」
「そうだねぇ、そんなに使わないけど、せっかくだし自分のを使おうかな!」
「では」
佐波はエプロンの下に手を入れ、長方形で風呂敷に包まれた何かを着物の懐から出してきた。丁寧に風呂敷を開けば、中からは桐箱が出てきて、その桐箱の中から包丁が姿を現した。そして桐箱のフタを開け、包丁が入ったほうを持ち上げ、ミコトに差し出した佐波。
ミコトが手に取った包丁は、刃が淡い光を放っていた。よく研がれているのか、神様のものだからかは分からないが、こんなに綺麗な包丁は初めて見た。
「私たちも始めましょうか」
「え! あ、うん」
ミコトの包丁に気を取られていた俺は、佐波の声でハッと我に返った。
「まずは、そのまま食べるトマトを切りましょうか」
「う、うん」
佐波がトマトの葉を取って洗ったあと、まな板の上に置いてくれた。俺は目の前に置かれたトマトを見て、少し緊張しながら包丁を握った。
「トマトはくし形切りでお願いします」
「…………くし形切り?」
「くし形切りは、丸い野菜を縦半分に切って、等分に切り分けるんです。分かりやすくいえば、ケーキとかピザを切る感じですね。このトマトは大きいので、八等分に切るのがいいと思います」
佐波は、いきなりつまづいた俺に、嫌な顔一つせず、分かりやすく教えてくれた。
なんとかトマトを切ったあと、次に出てきたのは大根とニンジン。
「これは皮を剥かなくてはいけませんが、一勢様は包丁に慣れていないようなので、私がやります」
そう言うと、佐波は慣れた手つきで、あっという間に野菜の皮を剥いてしまった。
「大根はお味噌汁の分が短冊切りで、煮物の分はいちょう切りにしましょう。そのあとニンジンは乱切りですね。最初に少し、私が見本で切りますから真似てください」
「分かった」
野菜を切っている途中、佐波に「食材の持ち方が危ないです」「肩に力入れすぎです」など、何回も注意されながら、おそらくミコトや佐波が切るより倍以上の時間をかけてようやく野菜を切り終えた。佐波が見本に切ってくれた野菜を見て、真似をしながら切ってはみたが、俺が切った野菜はお世辞にも綺麗とはいえない、歪な形をしていた。
「出来たかい? 次はお出汁だね!」
俺が野菜を切り終わると、いろんな棚を開けたり閉めたり、台所中を徘徊していたミコトが戻ってきた。
「この中だと、だしの素を使うのが手っ取り早いですね」
佐波が、俺が出してきただし系の調味料を見ながらそう言うと、
「僕も最初はそう思ったんだけどねー、いいもの見つけちゃったんだ!」
と、ミコトは保存袋を手に持ち、顔の横でその袋を軽く二、三回横に振った。中身が何なのかは俺には分からない。
「それは……いいとは思いますが、初心者の一勢様には、少し難しいのではないでしょうか?」
「だいじょーぶだいじょーぶ! 君なら出来るさ! ねっ!」
と、俺に向かってウインクするミコト。
「え、っていうかそれ、何?」
「かつお節だよ!」
「つまり、ここから出汁を取るということですね」
「さっき鍋は火にかけておいたから、そろそろ良い加減になっているよ!」
ガス台を見ると、沸騰したお湯が鍋に入っていた。
また有無を言わさず、かつお節の入った袋を渡された俺。
「さあ! かつお節をここに投入したまえ!」
「……どのくらい入れたらいいの?」
「この水の量だと、君の手に軽く握れるくらいだね!」
俺は言われたとおり、手で握れるくらいのかつお節を鍋に入れた。それからすぐに、
「はい! 火を止めて!」
と言われ、慌てて火を止めた。
「かつお節が沈んだら濾して、一番だし完成だよ! これはお味噌汁のお出汁になるんだよ!」
「濾す?」
「こっちです。今からやり方をお教えします」
佐波が用意してくれていた、キッチンペーパーを敷いたザルに鍋の中身を入れると、ボウルに少し色の変わった水が溜まっていた。
「じゃあ、次は二番だし行ってみよう! まず、そのだしがらを鍋に戻したまえ!」
俺がキッチンペーパーについただしがらを鍋に戻すと、ミコトはそこに水を足した。
「ここからは十分くらい煮込むから、その間に味噌汁を完成させるよ!」
ミコトはさっきのだしをもう一つの鍋にかけ、俺が切った野菜とミコトが切った油揚げを入れた。そして大根が少し浮いてきたころ、佐波に教えられながら、俺が味噌を溶かした。
そして、あれだけ俺を悩ませていた味噌汁は、あっけなく出来上がった。
「あ、そうだ! 君のおじいさん、歯は丈夫かい?」
「たぶん」
わりと分厚い煎餅、バリバリ食ってたし。
「なら、そんなにクタクタに煮込まなくても大丈夫だね!」
同じように濾した出汁に、今度はさらに味をつけるため、同じくらいの量のしょう油とみりんを鍋に入れたミコト。
「はい、味付けは僕がやっちゃったから、あとはここに具材をぶち込んで煮込めば完成だよ!」
「あ、鶏肉は最初に入れたほうがいいですよ」
俺は二人の指示どおり、野菜を鍋に放り込んだ。
「んーもうちょっと彩りが欲しい気もするけど、まぁ初心者にしては上出来だね!」
「そうですね。とりあえず、完成してよかったです」
お皿に盛りつけたトマトと味噌汁と煮物、そして頂き物の豆ごはん。
二人が手伝ってくれたおかげで、予想をはるかに上回る出来栄えの料理が完成した。俺が作ったにしては、だいぶ出来すぎな気がする。
ふと時計を見ると、俺が料理を始めてから、二時間半ほど時間が経っていた。急いで部屋へ運ぶと、じいちゃんはテレビを見ながら、眠たそうにウトウトしていた。




