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神様の水鏡  作者: 水月 尚花


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001 旅は情け人は心

 001



 電車を何度か乗り継ぎ、着いた駅からさらにバスに乗り、揺られること一時間。駅の周辺は小さいながらもデパートのような建物があり、商店街もあったり、わりと賑わっていたのに、バスが進むにつれて、どんどん何もない景色に変わっていった。正確に言えば、何もなくはないのだが、周りに木しかなかったり、だた川が流れているだけだったり、ビルやコンビニのような人工的な建物がない風景が続いている。

 乗客は停車するたびに次々と降りて行き、今は俺しか乗っていない。

 『次は、終点――――」

 俺一人しかいない車内は、アナウンスの音がよく通る。俺は、自分一人しか降りる人はいないが、一応ボタンを押した。

 バスが止まり料金を払い、大きな荷物を抱えながら降りると、目の前に広がっていたのは田んぼだった。バスが折り返し、帰っていったあと後ろを振り向けば森しかない。

 今立っている道の、ずっと先のほうに、ぽつぽつと家が見える。俺は一度ため息を吐き、家が見えるほうへ向かって歩き始めた。



 なぜこんなことになったのか……

 春休みに入って数日、俺は家でゲームをしたり、漫画を読んだり、たまに部活帰りの春斗と遊んだり、家で余ってたお菓子を神界に持っていったり、緩やかに過ごしていた。

 昨日も例に漏れず、家でゲームをしていたのだが、途中で喉が渇いてリビングに行き、ついでにテレビを観ていた。すると、家に電話がかかってきたのだが、俺は電話に出るのがあまり好きではないので、母さんを呼んだ。

 テレビの音と電話に出た母さんの声が同時に聞こえてきたのだが、相槌を打つ母さんの声が、暗いトーンになっていったことが気になった。あんまりいい知らせではなかったのかと思っていたら「ご愁傷様です」という声が聞こえた。

 昔、じいちゃんに「ご愁傷様」とは、どういうときに使う言葉なのか聞いたことがある。だからきっと誰かが亡くなったんだ、ということは分かった。

 電話が終わると、母さんは少し急いで部屋を出て行った。だいたいお葬式は父さんと母さんが二人で行くことが多く、明日か明後日は二人ともいないな、と漠然と思っていた。

 そして俺は再びテレビに意識を戻し、お茶を飲みながらくつろいでいると、また電話が鳴った。今日はよく電話が鳴るな、とめんどくさく思いながらもまた母さんを呼ぼうとしたら、タイミングよく母さんが戻ってきて電話に出たのだが今度は、

「はい、もしもし天神です……あ、うん、どうしたの?…………えぇ!? 大丈夫なの!? 違うわよ! お母さんじゃなくてお父さんがよっ!…………本当に?」

 と、電話に出るとき特有のすました声ではなく、いつもの調子の声で話し始めた。母さんが「お父さん」と言っていたので、おそらくはあっちのじいちゃんだ。遠くに住んでいる母方の祖父母は二人とも健在だったはずだが、何かあったのだろうか。

 母さんは電話を切ると、

「困ったわぁ」

 と、頬に手を当てた。

「じいちゃん、どうかしたの?」

「おじいちゃんは何もないんだけどねー、おばあちゃんが入院したらしいのよ。命に別状はないらしいんだけど……」

「じゃあ、よかったじゃん」

「そうは言ってもねぇ……おじいちゃん一人になっちゃうから心配だわ。ちょっとお父さんと相談してみようかしら」

 そう言って母さんは思いに暮れていた。



 そしてその夜。

「……ねぇ、一勢?」

 夜ご飯を食べ終わるころ、母さんが少し言いづらそうに切り出した。

「なに?」

「明日から2、3日、何か用事あったりする?」

「……別に。なんで?」

「急で悪いんだけど、おじいちゃんのとこに様子見に行ってあげてくれない?」

「俺一人で?」

「父さんと母さんは明後日お葬式だし、五十鈴はバイトだっていうし……おじいちゃん、昔から何でもおばあちゃんにまかせっきりだったから、何日も一人にしとくのは心配なのよ」

「いいじゃないか。お前、ここ2年くらいおじいさんのとこ行ってないだろう?」

「そうだよー! おじいちゃん毎回、一勢に会いたがってたし、いい機会じゃん!」

 母さんだけじゃなく、父さんと姉ちゃんも会話に加わってきて、全員にたたみかけられている気分だ。

「俺なんか行っても、何も出来ないと思うけど……」

「いいのよ! 行ってくれるだけで安心だわ! それにおじいちゃんも喜ぶと思うし」

「後で私とお母さんも行くから!」

「…………分かったよ」

 俺がしぶしぶ承諾すると、

「本当!? よかったわぁ! さっそく、おじいちゃんに連絡しておくから!」

 と両手を胸の前で合わせて、大げさに喜んでいた母さん。


 そんなこんなで、今日の朝、お金とじいちゃんの家までの道のりを書いたメモ用紙を持たされ、家を出たのだ。

 よく見たら、そのメモ用紙に、明らかに姉ちゃんが描いたであろう、何の動物か分からない下手くそなイラストが描かれていて、その横には『さみしくなったら電話してきてもいーよっ!』と書いてあり、ちょっとイラッとした。

 いつもじいちゃんの家には車で来ていて、しかも着くまで寝ていたために、全然道を覚えていなくて、メモ用紙を見ながら歩いていると、

「あんた、どこの子かね?」

 と、農作業中の元気なおばあさんが声をかけてきた。

 どこのって……母さんの前の名字ってなんだったっけ?

「えっと……た、瀧原(たきはら)です」

 たぶん。

 俺は少し自信なさげに答えたが、

「ああ! もしかして、志摩ちゃんとこのお孫さんか!」

 と、見知らぬおばあさんは苗字を聞いただけで、どこの家か分かった様子だった。

 志摩ちゃんってばあちゃんのことかな? 言われてみて、なんとなく思い出したけど、たしか志摩子って名前だった気がしなくもない。

「あ、そうです」

「そうかそうか! そしたらそこ曲がったらすぐ見えてくるよ!」

 と、曲がり角を指さしながら、関西弁とはまた違った、独特のイントネーションの言葉で教えてくれた。

「ありがとうございます」

 と、お礼の言葉を言って、教えられたとおり曲がり角を曲がると、そこには見たことのある家並みが続いていた。

 やっと見覚えのある道に出たことに安心して、荷物を持ち直して前を見ると、少し先のほうで誰かが手を振っていた。ここで俺に手を振る人物なんて一人しかいない。

「おお、一勢。大きくなって。遠いとこ来てくれてありがとな」

 と、じいちゃんは俺の肩を優しく叩きながら、とても嬉しそうに笑っていた。


 久しぶりに会ったじいちゃんは、前に会ったときより小さく見えた。

 中学のころは一応、部活に入っていたし、去年は受験のため塾があったりで、なんだかんだと理由をつけては、じいちゃんの家に行かなかった。本当のところ、めんどくさいとか、ここに来ても何もないからつまらないとか、そんな理由で避けていたのだ。正直、今日ここに来ることだって、本当はちょっとめんどくさいとか思っていた。

 それなのに、じいちゃんはすごく喜んでくれて、申し訳ない気持ちになった。


 久しぶりに入ったじいちゃんの家は、何も変わっていなくて懐かしいにおいがした。



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