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「今日ちょっとイッセーん家寄っていい?」

「別にいいけど」

 俺の家の前に着き、今日は夕方まで誰もいないことを思い出した俺は、鞄から鍵を出した。

「あ、鍵はいいよ」

 スイは俺の手からさりげなく鍵を奪い、俺の制服のポケットに入れた。

「は? 中入れないじゃん」

「今日は庭に行きたかっただけだから」

「庭? 何すんの?」

「池が見たいだけー」

「……まぁいいけど」


 俺の家の庭には、ちょっと大きめの子供用家庭プールくらいの小さな池がある。

 そういえばスイは家に来るたび、ちょうど俺の部屋から見える庭を見ていた。俺にとっては見慣れたものだが、一般家庭の庭に池があるのはめずらしいのかもしれない。


「前から思ってたんだけどさ、イッセーん家の庭ってスゲー綺麗にしてるよね」

「母さんが花とか好きみたいでよくいじってるからかも。あ、盆栽はじいちゃんのだけど」

「なるほどね。だからいろんな花があるんだ」

 スイはしゃがんで指先で花びらを撫でた。

 言われてみれば家の庭にある花は、季節によって咲くものが違うかもしれない。花には詳しくないので、季節によって咲く花の色が違うことくらいしか分からないが。

「スイって花好きなの?」

「うん、わりとね。……知り合いに花好きがいるから、自然に名前とか覚えちゃってさ。結構知ってるよ」

「知り合いに花好きがいて、それで花の名前覚えられんのがすごいな」

 俺は自分が興味ないことを覚えるとか、たぶん無理だ。

「まぁね。その花好きとは、だいぶ付き合い長いからさ……さて」

 そう言って立ち上がったスイは、目でひと通り庭の花を見渡してから縁側の石段に鞄を置いて、庭の端のほうにある池へ足を進めた。

 俺も同じく石段に鞄を置き、スイの後を追った。


 右手の指先を数本、池の水に浸けたスイ。

「凍ってはないけどさすがに冷たいね」

「朝、ここ雪まみれだったしな」

 スイは水に浸けた手を振った。

「この池さ、随分はっきりと水面に顔映るね……まるで鏡みたい」

「そうだっけ?」

 俺も池の淵にしゃがんで池をのぞいてみると、たしかにはっきりと俺の顔を映し出した水面。

 自分の家の一部ではあるが、こんなに近くで見たのは久しぶりだった。


「そういやスイ、なんで今日いきなり池なんてみたくなったんだ?」

「……今日は特別だから」

 言われたことが理解できなくて、隣にいるスイを見るとずっと水面を見つめたままだった。つられて水面を見ると水面越しにスイと目が合った。目が合った瞬間、スイは笑顔を作った。

「特別の意味、教えてあげようか?」

「意味?」

「そ。ちょっとここ見ててみ」

 そう言ってスイは池の真ん中あたりを指さした。

「なんかあんの?」

「見てたら分かるよ」

 なんとなく胡散臭い感じもしたが、とりあえず言われたとおりに池の真ん中あたりを見てみる。

 じっと見てみたが特に何の変哲もなく、怪訝な顔をした俺の顔が映っているだけだった。


 これ以上見ていても仕方ないと思い立ち上がろうとしたとき、傘を開いたときのようなバサッという音が聞こえ、少し強めの風が吹いた。

 風が収まり立ち上がって庭を見るとスイがいなかった。帰ったのかと思ったが縁側の石段にはまだ鞄が二つ置かれている。


「……スイ?」

 呼んでみたが返事はない。

 おそらく近くにはいるだろうが一応探しに行こうとしたら、目の端に朱いものが映った。スイかもしれないと思い、朱いものが映ったほうへ目をやるがスイの姿はない。

 そのかわりに朱い羽根が一枚、池の水面に浮かんでいた。

 手の届く位置に浮かんでいたそれに、無意識に手を伸ばした。が、羽根を掴んだ瞬間に、俺の体は池のほうへ大きく傾いた。




 ――――――いってらっしゃい。



 



 

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