006
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「そうそう! アンタ、レンカに会うたやろー?」
「あ、うん」
終わりの見えないカナヒメの話を話半分に聞いていたら、知っている名前が出てきたことにより、俺はようやくちゃんとした相槌をうてた。
「ウチもこないだ人間界の神社に行ったら会うてん! レンカそんときにアンタのことばっか言うててなぁ! 自慢してきてん! せやから今度会うたら、ウチも自慢したんねん!」
「何の自慢やねん。ちゅうか今度て、レンカのとこは明日行くやんか」
「ほんなら明日、自慢したんねん!」
「せんでええがな」
さっきから話の途中でたびたび挟まれる、カナヒメと芳松の漫才みたいなやり取りを流し気味に聞きながら、俺は隣にいたスイに、少し気になったことを小声で聞いてみた。
「……スイ、神様って神社に来たりしてんの?」
「うん。神界とかどこでも、人の願いとか思いを浄化することも出来るんだけど、たまに神社にも行くんだよ。多分、カナヒメとレンカが会ったのは、恋愛成就とお金の神様が一緒に祀られてる神社だったんだろうね」
「神社に来て何かしてたりすんの?」
「何かっていうか……主に参拝に来てる人とか、その神社に置いた式神の様子とか見に来てるんだよ。あとは神社の空気を清めたりね」
「せやねん! そのままにしとくと神社の空気よどんでくるからな!」
いつのまにか芳松とのやり取りを終えていたカナヒメが、スイの言葉に反応して、より詳しく説明を始めた。
「空気がよどむ?」
「神社に参拝しにくる人みんなが、必ずしも善人なわけじゃないで! もちろん神社は誰でも来てええ場所やけど、負の力が溜まってこりゃ、そら空気もよどんでくるわな!」
「ある程度、結界とか張ってあってもやっぱ溜まってくるもんなぁ」
「人間の欲は尽きへんからなぁ。お金だけで言えば、ウチだけじゃ追いつかへんさかい、お金に関わっとる神は他に二柱おんねんで?」
「……二柱?」
柱って何? 木? いや、でも神様だよな?
「ああ、まだ教えてなかったね。人を数えるときは何人とか言うけど、神様は何人とは数えないんだよ。神様の数え方は、何体とか何神とかあるけど、柱もその一つなんだ」
柱の意味が分からなくて、的外れなことを考えていたら、スイが本当の意味を教えてくれた。俺は、的外れなことを考えていたことの恥ずかしさよりも、もやもやが晴れたような感覚のほうが強くて、スッキリした気分になった。
「……へぇ!」
「せやで! 覚えときや! ほんでな、その二柱言うんは福徳の神と商売繁盛の神なんやけどなー、まず福徳の神はとにかくタチ悪いで気ぃつけーや! んで商売繁盛の神はなんや暑苦しくて、若干うっとうしいやっちゃねん!」
「そんなん言うたら怒られんでー? それに腹黒いのはカナヒメに対してだけやと思うで?」
「なんでウチにだけやねん! 絶対ちゃうわ!」
「せやかて、ボクにはそんなことあらへんねんもん」
「そんなん贔屓やんか!」
「ボク知らんやん。本人に聞いてみたらええんちゃう?」
「なんかそれだけは嫌や!」
再び、もうお決まりのパターンになりつつある、カナヒメと芳松のテンポの良いやり取りが繰り広げられている。
「あ、そうそう。ちなみにお稲荷様ってあるでしょ?」
カナヒメと芳松が言い合っている間に、スイが何かを思い出したみたいに、話を切り出した。
「うん」
たしか、お稲荷様ってキツネの神様だったよな?
「お稲荷様は神様だけど、全知全能の神に創られた神じゃないんだよ。分かりやすく言えば、この間会った鈴鹿御前みたいな感じかな。で、芳松はそのお稲荷様の、眷属だったんだよ」
「……眷属?」
「んー……お稲荷様の使い、かな?」
スイが確認するように、芳松に目配せすると、
「せやなぁ、まぁそんなとこやろなぁ」
と、笑みを浮かべた。
「……もしかして、そこにも俺」
「そ。カナヒメの使いを求めて、お稲荷様のところへ行ってるよ」
「あ、ボク、こないだちょっとだけ帰ってんけど、一勢君に会いたい言うてたで?」
「え!?」
「そない怖がらんだってーな。別にお稲荷様怖ないで?」
「……怖くはないけどウチ、アイツ嫌いや」
少し低い声でつぶやいたカナヒメは、拗ねたような顔をしていた。
「カナヒメは子供扱いされんのんが嫌なんやもんなぁ。せやけど、しゃあないやん。あっちのが長生きやし」
「もうお互い三千年越してるんやし、たいして変わらへんやんか!」
「またそんなめちゃ言うて。年はどうがんばっても覆らへんのやから、もうそこは我慢しときぃや」
「カナヒメは相変わらずなんだね。けどお稲荷様も元気そうでよかったよ」
スイはカナヒメを見て、困ったような顔で笑った。
「元気やでー。また会いに行ったってーな」
「うん。今度行くときはイッセーと行くよ。ね?」
スイは俺に承諾を得る前に、俺とお稲荷様に会いに行く約束して、同意を求めてきた。
「え……う、うん」
俺はいきなり決定されてしまったことに、戸惑いながらうなずいた。
「そんな緊張しなくて大丈夫だよ。別に取って食ったりされるわけじゃないし」
「わ、分かってるよ」
いつのまにか正座に座りなおしていた俺は、また足を崩した。
「さて、カナヒメ。お喋りもええけど、そろそろ用事だけ済ませとこか」
芳松は自身の懐に手を入れて何かを取り出した。
「それもせやな! ちゃっちゃとやっとこか!」
カナヒメは小槌を手に持った。すると「あ。僕、取ってくるね」とナミとスイに声をかけ、ナギが部屋から出ていった。
「……今から何か始まるのか?」
「うん。ほら、今朝お金の神様は神界の財務省みたいなもんだって言ったでしょ?」
「あー、うん。そんなこと言ってたな」
「カナヒメは定期的に一つ一つの神界回って、お金置いてってくれてるんだよ。オレが持ってるお金はそれ。いわば、神使の活動資金みたいな感じかな? 実際に人間界に行って買い物とか出来るのは、人間に姿を見せれる神使だからね」
スイが持っているお金の謎は解けたが、カナヒメも芳松も、お金らしきものを持っている気配はない。俺がカナヒメと芳松を交互に見やっていると、
「お待たせ」
と、ナギがお供え物を乗せる三方を持って戻ってきた。台の上には、何かが包まれている濃紫の風呂敷が乗っていた。そしてそれをカナヒメの前へ置いた。
「おおきに」
カナヒメが風呂敷を広げると、そこから出てきたのは、お金だった。お札や硬貨が乗っているのだが、高校生の俺が、生で見たことないくらいの金額の現金だと思う。
なんか札束みたいなのあるし……
風呂敷を開いた途端に、黙り込んだカナヒメ。
お金を見つめたまま、しばらく黙り込んだあと、
「こるぁー! 茶々丸ー! 起きんかボケー!」
と、寝ている茶々丸に向かって、いきなり叫びだした。
「……んだよっうっせーな。つーかまだ居たのかよ」
「うるさいちゃうわアホこら! 自分、なんぼほど菓子食うてんねん! シバくぞ!」
「いって! 言いながらシバくな!」
「ほんっまに毎度毎度、菓子ばっか食いよって! 確実にナギとナミより食うてるやろ!」
「スイだって使ってんだろーが!」
「スイはええねん。人間は金かかるからなぁ!」
「……なんかスイに対して甘くねー!?」
「はいはい。そのへんにしときーや。ほんで、カナヒメは今からこれな」
止めに入った芳松はカナヒメに拳サイズの金色の鈴を渡した。カナヒメはしぶしぶといった感じで鈴を受け取ると、小槌の側面を開き、中に鈴を入れ、試し鳴らしをするみたいに一度だけ振って音を確認していた。そして袖を少しまくり上げ、構えると、
「ほな行くで?」
と合図をして、風呂敷に包まれたお金に向かって小槌を振りかざし、二回鈴を鳴らしながら振り下ろした。すると風呂敷に包まれていたお金が消えた。
「……え」
俺があっけに取られている間に、カナヒメは再び小槌を振りかざしながら、さっきお金を消した面とは反対側の面に直した。今度は三回鈴を鳴らし、三回目で風呂敷を軽く叩くと、風呂敷の下から湧いて出てくるみたいにお金が出てきた。消える前より、明らかに増えているお金。
「ふぅ。こんだけあったら足りるやろ?」
「うん。十分すぎるくらいだよ、ありがと」
カナヒメは小槌を開き、鈴を取り出して芳松に渡した。
「この鈴なぁ、ほんまは入れといてもええんやけど、カナヒメが武器代わりに振り回すから出してあんねん」
芳松はわざとらしく鈴を振った。
「余計なこと教えんでええわ!」
芳松が言ったとおり、小槌を振り回すカナヒメ。
「びっくりした?」
「まぁ……ちょっと」
スイが首をかしげながら、にこやかに感想を聞いてくるので、なんとなく素直に答えたくなくて、俺はそっけなさを装った。
「あ、さっきのお金、ここの神界のお金やけど、アンタも飴ちゃんくらいなら買うてもええで?」
「だって。よかったねイッセー」
「飴ちゃんて。せめて饅頭一個分くらいにしたりーや」
カナヒメはボソッとつぶやいた芳松の隣で深めに息を吐くと、
「……まぁ、いろいろ言うたけど、ようけお金持っとる奴が偉いわけでもないし、人として位が高いっていうわけとちゃうからな。これだけは絶対に勘違いしたらあかんで?」
急に声のトーンを落とし、落ち着いた口調で話し始めた。
「アンタ、展望台とか昇った事ある?」
「うん」
「人間の姿なんて、米粒もしくはそれ以下の大きさで、目視できへんかったやろ?」
「……たぶん。っていうか、景色ばっか見てて眼中になかったかも」
「そんなもんやねん。お金持っとるか持ってないかはもちろん、男か女か、若者か年寄りか、痩せとるか太っとるかなんて見えへんし、そもそもウチらや宇宙から見たらそんなもん関係ない、ただの人間がそこにおるってだけの話や。逆に地球の目線から見たって、ただ大地踏んで生活しとる人間ってだけの話やねん。要するに、人間はそれ以上でも以下でもないねん。お金持っとろうが有名人やろうが……例え神の生まれ変わりやろうが、同じ場所におる時点で人間でしかないっちゅうこと、よう覚えとき」
とてつもなく壮大な話な気もするが、おそらくカナヒメがだいぶ噛み砕いて話してくれたおかげで、なんとなく理解はできた。
「ホンマは細かく言うともっとあるんやけど、あんまりいっぺんに言うてもな。それはまぁ、そのうち分かってくると思うわ。とりあえず今言うたこと、次会うたときに忘れとったらシバくからな」
「うん……えぇっ!?」
真面目な雰囲気に思わず肯定の返事を返してしまったが、あとで“シバく”発言に気が付いた。驚く俺の周りで、遠慮がちな笑い声が重なりあっている。そんな中、
「何なん急に。最後の最後にめっちゃええ話するやん。キャラとちゃうから言い出しづらかったん?」
芳松がカナヒメを揶揄う一言を放ったことにより、
「うっさいわ! アンタはいちいち茶々入れなおれんのか!」
すっかり最初のカナヒメに戻っていて、真面目な空気が一気に吹き飛んだ。
結局、その後もまたお喋りが始まり、お稲荷様だけじゃなく、今度カナヒメの神界に行く約束もしてしまった。そして学校が早く終わったにも関わらず、俺が家に帰りついたころには夜の七時を回っていた。




