004
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ひとしきり殴り合ったあと、喧嘩の決着はついていないみたいだが、結局、力つきたカナヒメと茶々丸。カナヒメは両手両膝を床に手を付きうなだれ、茶々丸は犬の姿でうつぶせに寝転がっていた。二人ともだいぶ息が上がっている。
「ほれ見てみい、せやからやめとき言うたやんか」
「まぁ、いつもの展開だよね」
「ほんま学習せえへんなぁ」
芳松とスイは倒れこんだ二人を、呆れた顔で眺めていた。
「ほら二人とも、お茶あるから」
ナギは二人分のお茶をお盆に乗せて持っていた。
カナヒメと茶々丸はナギからお茶を受け取ると、一気に飲み干した。
「ぷはーっ! アンタのせいで余計な体力消耗したわ!」
「なんでだよ! テメーが最初に喧嘩売ってきたんだろーが!」
「もーお前ら離れて座っときーや。なんで喧嘩するくせに近くにおんねん。ほんまは仲ええんちゃうんか?」
「ちゃうわボケー!」
「ぜってーない!」
息が整ってくると、また喧嘩を始めそうな雰囲気になるカナヒメと茶々丸に、芳松がからかうように止めに入った。
「ほんまにごめんなぁ、一勢君。カナヒメなぁ、久々に君に会えたからはしゃいどんねん。かんにんなー」
二人がおとなしくなった瞬間、芳松はいきなり俺のほうへと振り向き、お面を軽く押さえながら、笑いかけた。
「なっ! なに勝手なこと言うとんねん! ちゃうからな!!」
カナヒメは芳松の言葉を否定して、俺を指しながら小槌を上下に振り回していた。
「ほな、おとなしゅう座っとき」
「やかましっ! 言われんでも今から座るとこやったわ!」
おとなしくはなかったが、減らず口を叩きながらも座ったカナヒメは、机に置いていった饅頭を頬張った。
「さて、と。一段落したみたいだし、行こっか」
という、ナギの言葉にうなずいたナミ。
「行くって、どこに?」
俺が尋ねるとナギは、
「神殿の外だよ。僕とナミは今から仕事だから」
「……ああ!」
「すぐ終わるからここで待っててね」
「おーがんばりやぁー」
ナギとナミが部屋から出て行ったあと、スイが入口とは別のふすまを開けた。
「こっち」
スイに呼ばれ、ふすままで行くと、そこは外廊下に繋がっていたようで、神殿の外のナギとナミが見えた。
「ウチらもやけど、ナギとナミも大変やなぁ」
「せやなぁ。なんだかんだ、結構繋がっとるっちゅーか関わっとるちゅーか」
「……どういう意味?」
「見とってみぃ」
カナヒメが二人を見据えながらつぶやくと、ナギが笛を吹き始めた。
次第に空が水面になり、たくさんの人たちの顔が映る。俺がこの光景を見るのは、初めてここに来たとき以来、二回目だ。
「善と悪の、悪はなぁ……お金絡みのこと、わりと多いねん」
そう言ったカナヒメは、空を鋭い目で見上げていた。
「え?」
「こんなんなぁ、種類は違えど、欲が生み出してることがほとんどや。欲は人を狂わせる」
「特にお金はなぁ。お金さえあれば何でも手に入るとか、お金が万能やと思ってる人間ぎょーさんおんでなぁ。いくらお金積んでも手に入らんもん、ようけあんのになぁ」
同じく空を見上げていた芳松が、呆れたような声色でつぶやく。
「せやで! そもそも用途を間違うとる人間が多すぎんねん! お金ぎょーさん持っとっても、自分より持ってへん人より偉いわけちゃうからなぁ! 本来は、人を縛り付けたり、従わせたりする道具とちゃうっちゅーねん! 例えそれが、親子でもや! 誰がそんな使い方せぇ言うたんやー!」
「ちょお、落ち着きや」
急に叫びだしたカナヒメをなだめる芳松。
「アンタもなぁ! 覚えとき!」
カナヒメは、さっきまでの勢いそのままで、俺に向かって叫んだ。
「へ!? う、うん?」
「お金にはなぁ、生きとるお金と死んどるお金があるねん」
「生きる? 死ぬ?」
「自分と周りの人を幸せにするために使ったお金は生き金。そうやって使えばどういう形であれ、また自分に回って戻って来る。でもな、人だまくらかしたり、人に嫌な思いさせて手にした金なんかなぁ、そんなもん死に金やぞ! 死に金はな、しょーもないことに使わなあかんくなったりして、消えてくねん。そんでそれっきり回って戻ってはこーへんで」
「……うん」
「そんでな、お金もせやけど、金銭欲出して手に入れたもんなんてな、結局死んだらなーんも持ってけへんねんで! なんもなくなってから、自分に残ったもんが向こう行ってからの財産や。お金はなぁ、生きてくためにはある程度必要やけど、あればあるほど幸せとは限らん。まぁ、せやけどぎょーさんお金欲しいんやったら、お金のこと否定すんのはあかんで!」
「……否定?」
「お金そのものやなくても、お金やええ物受け取った人間のこと妬んで悪ぅ言うたり、否定したりすることや! それとな、誰かがアンタにやるって言うたお金は、遠慮なんてせんと素直に受け取っとき! それはアンタんとこに来たがっとるお金や! 分かっとると思うけど、死に金は極力受け取らんようにな!」
「えっと、うん」
「あ! あとなぁ、女選ぶときは気ぃつけーや! 金目当ての女なんかに引っかかったら、ケツの毛ぇまで持ってかれんで!」
「は、はい」
止めどなく語り始めたカナヒメの言葉を、俺は頭の中でひとつひとつ理解しながら聞いていて、軽く相槌を打つばかりだった。しかし、カナヒメは「んーとなぁ、あと……」とまだ話すことを考えていた。俺はこれ以上続けられると、話に付いていけなくなりそうで、カナヒメに次の話を待ってもらおうと思ったら、
「カナヒメ。とりあえず、イッセーがちゃんと理解するまでストップね」
と、状況を汲んだスイが、いいタイミングで止めに入ってくれた。
「ちゅーか、ケツって……」
その隣で、芳松は手でおでこを押さえていた。
「なんか盛り上がってるね」
「………………」
俺がカナヒメの話を聞いているうちに、いつの間にかナギとナミが戻ってきていた。
「おつかれさーん! あ、ここにお菓子あんで?」
カナヒメは部屋に戻って、机の上のお菓子を指していた。
「それ、カナヒメのちゃうやんか」
「ええねん。気にすんなや!」
コロコロと話題や感情が変わるカナヒメに、俺はついて行くのが精一杯だ。




