003
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「なんや自分、あんま顔変わってへんやんけ」
「ほんまやなぁ、もうちょい歳取ったら、なおさら同じになってくるんちゃう?」
俺のほうへ近づいてきた女の子は、まじまじと俺の顔を覗き込み、お面を付けたお兄さんは、その後ろで興味深そうに俺を見ていた。
「女の子のほうが、お金の神様のカナヒメで、狐のお面を付けてるのが、神使の芳松だよ」
固まっていた俺を見かねたスイが、二人のことを教えてくれた。
スイの声で少し冷静になってよく見ると、女の子は右肩に小槌を担がせ、黄褐色の縞模様の石で出来た神玉を首から下げ、見た目に似合わずシブい名前のお兄さんは、帯と下襟が花柄の小洒落た着物を着ていた。
「おーすまんな。ボクら自己紹介忘れとったなぁ」
「そんなん、はなから教えとけやボケー!」
「口悪いでぇカナヒメ。一応女の子やのに」
「やかましーわ! そんで一応てなんやねん!」
「あ、聞こえとったんや」
「当たり前やろーがっ! なめとんのかアホ!」
目の前で繰り広げられる口喧嘩。というより、芳松がカナヒメの言葉を受け流している感じが、まるでナギと茶々丸のようにも見えた。
「あのさ、お取り込み中悪いんだけど……とりあえず中入らない?」
関西弁のやり取りの合間に入り込んだ穏やかな声。
いつの間にか神殿から出てきていたナギが、カナヒメと芳松の後ろで、困ったような笑みを浮かべていた。
「せやなぁ、こんなとこで立ち話もなんやし」
「お前が言うなや!」
「元はカナヒメのせいやで?」
「なんでやねん!」
「あーはいはい、また続きは中でね。行くよ」
ナギの登場により、一瞬静かになったと思ったが、口を開けばまた言い争う二人の間にスイが入って、なんとか神殿の中へ入ることが出来た。
今、俺の向かい側にカナヒメが座っていて、左にスイ、右にナミがいる。ちなみにスイの向かいに芳松、ナミの向かいにナギが座り、机にはお茶菓子が広げてある。
「あれ? 茶々丸は?」
「さっき寝てたから、まだ寝てるんじゃないかなぁ。まぁ、起きたら来ると思うよ」
スイの問いかけに、ナギは優しい口調で答えた。しかし、それを聞いていたカナヒメは、
「あの犬だらけすぎやねん! アンタもなぁ、甘やかしとらんとシバいたり!」
と、勢いよくナギの肩に手を置いた。ナギは苦笑いを浮かべている。
「ちょお、やめたり。カナヒメの怪力でナギ折れてまうやん」
「折れへんわ!」
……俺、どうしたらいいんだろう。
勢いに押されて何も話せないでいる俺は、それを誤魔化すように、お茶を一口啜った。
「ちゅーか何の話してんねん、うちら」
「知らんやんか」
「まぁええわ! それよかアンタ、一勢て名前やったよな?」
「っへ!? は、うん」
突如、話の矛先が俺に向かってきたことに驚いて、お茶をこぼしそうになった。
「よかったな。ええ名前付けてもろて」
「え?」
「ウチらはアンタに名前付けてもろたけど、アンタ自身は名前なかったやん」
「そういえば……聞いたことないかも」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
スイはあっけらかんと言い放った。
「……聞いてない」
「そっか、ごめんごめん」
「っていうか……神様って、みんな俺の名前知ってんの?」
「うん、多分ね」
「そんなん、みんな知ってんでー!」
「……まじか」
今まで会った神様が、言わなくても俺の名前を知っていることが多かったし、なんとなく、気づいてはいたけど……
「ほんまに、なーんも覚えてへんねんな」
一人、悶々としていた俺を見てつぶやいたカナヒメの声は、どこかさみしそうな感じがした。
「そうなんだよねー。でもまぁ、覚えてたら覚えてたでびっくりするけどね」
俺は少し申し訳ない気持ちになって、なんて言ったらいいか分からなかったが、代わりにスイが会話に入ってくれたので、少しほっとした。
「それもせやな! それに、なんも知らんほうが話しがいあるしな!」
「まだ喋る気かいな」
「ウチ、ここ来てからそんな喋ってへんやんか!」
「ここ来る前に、いろんなとこで喋り倒してきたやんけ」
「それはそれ、これはこれや!」
これが、タタラの言ってた……なんかもう、すでにタタラの気持ちが、少し分かってきたような気がする。
カナヒメと芳松が、再び言い合いをしている間、お茶でも飲もうと、ふと机を見ると、明らかにお菓子が減っていた。いつの間に、誰がこんなに食べたんだろう、と不思議に思い、周りを見回していたら、ナミが無言で指を指した。その指の先には、幸せそうな顔でお菓子を食べている茶々丸がいた。
「茶々丸!? いつの間に……」
「あー! アホ犬!」
俺の声で茶々丸に気付いたカナヒメは、茶々丸を指さして叫んだ。
「誰がアホ犬だ! クソカナヒメ!」
「誰がクソやねん! ウチ神様やで!? クソ犬!」
「あーもう、やめとき。ほんまに」
芳松は小槌を持って立ち上がろうとしたカナヒメを引き留めた。
「……あの二人、仲悪いの?」
「そんなことないんじゃないかな、たぶん……いつものことだから気にしないで」
ナギはカナヒメと茶々丸を見て、今日何度目かの苦笑いを浮かべた。
「きっと似た者同士なんじゃない?」
と、スイはのんきにお茶を啜っている。
「………………」
そして、相変わらず無口なナミ。
さっきまで犬の姿だった茶々丸は、知らぬ間に人の姿になっていて、ついに軽く殴り合いを始め、ヒートアップするカナヒメと茶々丸の喧嘩。仲裁に入っていた芳松も、あきらめたようにため息をついている。
「……大丈夫なのか?」
「うん。これ、あの二人の挨拶みたいなもんだからね」
どんな挨拶だよ。
もはや誰も止める気がないカナヒメと茶々丸の喧嘩。落ち着かないBGMの中、俺たちはおとなしく二人の喧嘩が収まるのを待った。




