002
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今日は朝のホームルームが終わったあと、学校の大掃除が始まった。三年生がいない分、一、二年で学校中を掃除しなければいけない。
「あーさむいだるい! まだ授業のがよかったー!」
ホウキの柄の上に顎を乗せ、盛大に文句を垂れる春斗。
「授業って……お前、ほとんど寝てんじゃん」
「そうだけどさー、ってか何で俺ら外なわけ!?」
「それについては俺も同意かも……」
「だろー!? 教室のが断然あったかいじゃん!」
「ほらほら君たち。寒い中、女子もやってんだからがんばりなよ」
俺と春斗を横目に、スイはホウキで落ち葉を集めていた。
「おっまえ、さすがのイケメン発言だな」
と、春斗がスイの発言に関心していると、
「ちょっと男子ー! ちゃんとやってんのー!?」
「あ、スイ君以外の男子ね!」
という女子の声が、中庭に響いた。
「んだよー! 分かったよ、やればいいんだろー!」
春斗がふて腐れながら、女子たちに言い返すと、
「当たり前でしょー!?」
「やっぱりサボってたのね!」
と、さらに言い返された春斗は、それに返す言葉もなく、しぶしぶホウキを動かし始めた。
「なんか、女子って強いよね」
「……うん」
春斗の姿を見て、スイがボソッとつぶやき、俺も密かにうなずいた。
男子三人、女子二人で、ひと通り中庭を掃けば、意外とゴミが出てくるもので、ゴミ袋が二袋出来上がり、あとはその集めたゴミを捨てに行くだけになった。
「ふー、やっと終わったぜー」
「まだ終わってないわよ! これ捨てに行かなきゃいけないんだから!」
「ってか、男子行って来てよ」
「えーなんでだよー」
「あんた最初サボってたんだから、これくらいやんなさいよ!」
「そーよ! か弱い女の子にさせる気ー?」
「どこがだよ。全然、か弱そうに見えねーんだけど」
「「なんか言った?」」
「……イエ、ナニモ」
最終的に、春斗は女子の威圧感に気圧され、言葉がカタコトになった。
俺は別にゴミ捨てに行ってもよかったのだが、春斗が勝手に女子二人とゴミ捨ての押しつけ合いを始め、俺とスイは黙って事を見守っていたのだが、案の定、あっさりと言い負けた。
「じゃ、あとよろしくねー」
と、女子二人は、ご機嫌な様子で教室へと戻って行った。
「くっそー、あいつらめ」
「ってか最初からお前に勝ち目なんてなさそうだったのに、よく立ち向かっていったな」
「だってまず言動が可愛くないっ! まぁ俺もちょっとは悪いけどさっ」
「まぁ、お互い様ってやつだね。とにかく、これやったら終わりだし、早く終わらせちゃおうよ」
中庭に残された男子三人は、俺とスイがゴミ捨てに行き、春斗は全員分のそうじ道具を返しに行くことになった。
ゴミを捨てに焼却炉まで行くには、旧校舎の裏を通ることになり、必然的に裏山の前も通ることになる。俺は何気なく裏山の入り口に目をやった。そこにある岩の中には、祟り神のタタラがいるのだが……
「…………え!?」
「あ、タタラだ。何してんだろ?」
岩のところに誰かいると思い、よく見てみると、タタラが岩の上に腰かけて、煙管をふかしていた。
スイは歩く方向を変え、タタラのいる岩のほうへ向かい始めたので、俺もスイの後を付いていくように、タタラのほうへ足を向けた。
「タタラ、なにしてんのー?」
「また、やかましいのが来たな」
スイが駆け寄ると、タタラは煙を吐き出しながら、相変わらず抑揚のない声でつぶやいた。
「もしかして、今日タタラのとこにも来てたの?」
「ああ、今しがた、ようやく帰って行ったわ」
「それって……今日来るって言ってた――――」
「そ、お金の神様ね」
やっぱり!
「あやつ、お主のところにも行くのか。まぁお主相手なら、なおさら積もる話もあるだろう。精々、話相手になってやってくれ」
タタラはまた煙を吐きながら、俺に向かって視線を流した。その姿が妙に色っぽくて、俺は思わず目を泳がせた。
「え、えっと……よく喋る人、っていうか神様なのか?」
「うん」
「ああ」
スイとタタラは間髪入れずに、二人揃って即答した。
俺は先に情報を得てしまい、お金の神様に会うのが、さらに不安になってきた。
今日は春休み前ということもあり、学校の掃除が終わったあとは、たいした授業もなく、あっという間にいつもより早めな放課後がやってきた。
そして朝の通学中、スイに頼まれたとおり、お茶菓子を買うのに付き合ってはいるが、なんとなく気分は重い。
別にお金の神様に会うのが嫌なわけではない。
ただ、よく喋る神様に対し、俺はそんなに話がうまいほうではないし、俺と話したってつまらないんじゃないかと思う。
そして、あともうひとつ……どちらかと言えば、もうひとつの理由のほうが、俺の中では大きいかもしれない。今朝、ニュースを見ながら、遅刻しそうになるくらい、ぼんやりと考えていたことが頭の中をよぎる。
「イッセーさ、お金の神様に会うの嫌?」
神界に足を踏み入れ、心の中の緊張が増す中、スイが痛いところを突いてきた。半分、図星だから余計に肩に力が入ってしまい、俺は鞄の取っ手を握った。
「……っなんだよいきなり」
「だってさー、さっきからずーっと顔が強張ってるよ? あとここ来る途中も、何話しても生返事しか返ってこなかったし」
「え、ウソ!?」
「やっぱり」
平静を装ったつもりが、あっさりとバレた。
「…………別に、会うのが嫌なわけじゃないけど……なんていうか……俺さ、あんまりお金にいいイメージなくて……」
『結局、世の中金なのか』、なんて思っていたことは言いづらくて、自分の中で、出来るだけ柔らかい言葉を探しながら、思っていたことを打ち明けた。
「なるほどね。ま、そうだよね」
俺が思っていた、もうひとつの理由。言いながら俺は正直、怒られるかと思ったが、スイはあっさりと俺の言ったことを肯定したので、少し驚いた。
「人は、お金のために人をだましたり、殺したりするからね」
「……うん」
「でもさ……それは神様だって分かってるんだよ。だからそのためにナギとナミだっているし、お金の神様だって悪いやつじゃないからさ」
「それは、俺だって分かってるよ」
「そ。なら大丈夫だよ」
そう言って、俺を安心させるように微笑んだスイは一呼吸置いた後、神殿の扉を開けた。
「おー邪魔してんでー!」
「おかえりー。ボクら、ちょうどええときに来たなぁ」
関西弁!?
扉を開けるなり、聞こえた関西弁。
ふと前を見れば、頭のてっぺんで結ばれ、噴水みたいなっているポニーテールで、全体的に黄色っぽい、煌びやかな着物を着た同年代くらいの女の子と、頭に狐のお面を付けた、爽やかな笑顔を浮かべるお兄さんが振り返って俺を見ていた。
どっちが神様で、どっちが神使なのか分からないが、どちらかが神様であるというのは確かで……いきなりの神様の登場に、俺は心の準備なんて出来ているはずもなく、ただその場で茫然と立ち尽くしていた。




