008
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最終的に鈴鹿に言い負けた、というより茶々丸が何を言っても、のらりくらりとかわす鈴鹿に、茶々丸が折れるような形で二人の会話のやり取りは終わった。
「あーもうやってらんねー!」
茶々丸は頭から倒れるように寝ころぶと、両腕を放り出し、大の字になった。
「ぬしは千年以上たっても変わらんのぅ」
「お前もな。今も千年後も変わりゃしねぇぞ」
「そうか」
「おぅ」
茶々丸の声は天井に吸い込まれるように消えた。それとほぼ同時に、
「ところで……ぬしは一勢と言ったな?」
と、突然に鈴鹿から自分に向けられた目線と言葉に、俺は思わず背筋を伸ばした。
「え!?はいっ」
「ぬしは千五百年ほど前に、余のところへ来はせんだか?」
「……千五百年前?」
「おそらくもう少し前、千七百年ほど前になると思いますわ。姫様がおっしゃられるように、私もあなたに見覚えがあると思っていたのだけど……」
考えこんでいた俺に、青花はより詳しい年数を教えてくれたが、まったく記憶にない。これはもしかして……
「奴によう似てはおるが、余の見間違いじゃったかのぅ?」
「それはイッセーであって、イッセーではないぞ!」
……やっぱり。
梅のその一言で、俺の中の曖昧な考えは確信に変わった。
「あの、それは多分、前世の俺です。だけど俺、何も覚えてなくて……」
俺がそう答えると、鈴鹿は自身の顎に手を置き、少し首を傾げた。
「なるほど。そういえば、ぬしはあのとき、自分はそのうちに消えると言うておったな」
「前世の俺は神様だったみたいだけど、生まれ変わりの今の俺は、普通の人間で……今年の誕生日で、前世の俺が消えてちょうど三千年になるって聞きました」
「……ぬしは人間じゃったのか?」
鈴鹿はわずかに目を見開いた。
「え、はい」
「それにしては人間臭くないのぅ」
そう言って、軽く鼻をスンスン鳴らし、においを嗅ぐ仕草をした鈴鹿。
「たしかに、コイツのにおいって、ちょっと普通の人間とは違うんだよなぁ」
俺のほうを向き、上半身だけ起き上がらせた茶々丸。
「え……俺、何のにおいがしてんの?」
「何のって言われても、よく分かんねぇんだよ」
「そうじゃのぅ。強いて言えば、余が昔に出会った前世のぬしのにおいに近いかもしれぬ」
「あー言われてみれば……コイツ、今は人間でも、前世の姿に戻れる力があるからな」
「ほぅ、それは興味深い……ぬしは神には戻らぬのか?」
「それは……まだ決めてなくて」
「なぜじゃ?」
「え? なぜって……俺が神の生まれ変わりとか、神に戻れば世界が消えるとか……まだ聞いたばかりで……」
「ぬしがおる世界は、美しいか?」
「えっと……」
世界には綺麗なところもあるのだろうけど、完全に綺麗だとは言い切れず、俺が口ごもると鈴鹿は、
「人間は弱いくせに、世界を醜くくすることだけは長けておるからのぅ」
と嘲笑うような笑みを浮かべた。
「それは、俺にもなんとなく分かるし、否定はできないです……」
「それでも、ぬしを繋ぎ止める何かがあるのだろうな」
そうつぶやいた鈴鹿の声は、どこか遠くのほうへ向かけられているように感じた。
「鈴鹿、さんは……俺が神に戻ったほうがいいと、思ってるんですか?」
「余は人間は好まぬ。だが、ぬしのことは好いておる。ゆえに、ぬしには人間であってほしくはないのじゃ」
「へっ!?」
何のためらいもなく、艶やかな声で告白とも取れるようなことを言われ、俺の口から思わず驚きの声が漏れた。
「驚くことはなかろう。余がぬしのことを好いていなければ、同胞を使いに出したりはせん」
「……同胞?」
「懐かしいのぅ……ぬしが使いを求めて余のもとへ来たことを、今でも鮮明に覚えておる」
同胞? 使いを求めて?
話がどう繋がっているのか、全然理解できない。
「んっとな、神は前世のイッセーに創られたけど、神使になっている者たちは、人間の様々な念によって生み出されたんだ……それで、んーっと……それを知っていた全知全能の神が神を生み出すにあたって、自ら神使を集めたって、僕はそう聞いたぞ!」
頭の中で何も繋がらなくて内心焦る俺に、梅は記憶を思い出し、辿りながら俺に説明してくれた。
「そう、そして鬼の長である余のところへも、鬼を神の使いとして授けてはくれぬかと、やって来たのじゃ」
「そんなことが……」
「そのときのぬしが、神使になりえる族の頂点に君臨すると言っても過言ではない、不死鳥を従えておったのには、余も少々驚いたのぅ」
それって……スイ、だよな? 頂点って……どんだけ強いんだよアイツ。
俺は、今ここにはいない朱い髪のよく見知った人物を思い出した。
「一勢様……私の弟は、元気でやってます?」
俺はスイのふざけた顔を思い出し悶々としていたが、突然青花にそう尋ねられ、脳裏に浮かんでいたスイが消え、現実に戻った。
「……弟?」
「碧生は、青花の弟でな。ぬしに頼まれ使いに出した者じゃ」
「俺は、まだ会ったことないですけど……いつか会うことにはなると思います」
俺がそう言うと、青花は優しく微笑み、
「そうですか。出来の悪い弟ですが、その際はどうかよろしくお願いしますね」
と、深々と俺に頭を下げた。
「いえっ! あの――――」
「姫様っ!」
頭を下げられたことに焦った俺が、青花に頭をあげてもらおうとした瞬間、部屋のふすまが勢いよく開き、腰に刀を差した、見た感じ武闘派な男が部屋に入ってきた。
「なんじゃ騒がしい」
「実は――――」
その男は真剣な表情で鈴鹿の耳元に顔を近づけ、何かを伝えた。しかし鈴鹿は、
「その程度で騒ぐでない」
と妖しい笑みを浮かべただけで、動く気配はない。
俺はなんとなく嫌な予感がして、言いようのない不安に駆られた。




