004
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「ちょっと一勢」
春斗が俺の姉ちゃんの話をしているのを話半分に聞いていると、ついさっきまで話題にのぼっていた幼馴染が、俺の少し後ろで腰に両手を当てて立っていた。
「……何だよ?」
「あんた今日誕生日でしょ?」
そう言うと腕にかけていたトートバッグから何かを取り出し、座っている俺の太もものあたりに何かを落とした。不安定な場所に落ちバランスを崩し、床に落ちそうになったそれを俺は反射的に掴んだ。
「昨日クッキー作りすぎて余ったから、今日たまたま誕生日なあんたにあげるわ」
ふと手に掴んだものを見ると、綺麗にラッピングされた水色の袋だった。
「普通に渡せよ。今そこから投げたってか落としただろ」
「そうだった?」
「………………」
しらじらしい! 昔からだけど。
「とにかく! せっかく作ったんだからちゃんと食べてよ!」
「あーはいはい」
「あとこれ、五十鈴ちゃんに渡しといてくれる?」
そう言って、俺にくれた袋と色違いのピンクの袋を俺に手渡した。なんだこの扱いの差。
「いいけど……俺に頼むなんてめずらしいな」
「仕方ないでしょ。今日は友達と約束あるから遅くなるし」
「ふーん」
「頼んだわよ。あ、それと! 午後からは寝ないで授業受けなさいよ!」
「……は?」
「三限ずっと寝てたでしょ。あんたの席窓側だし、うちのクラス移動教室だったから反対の校舎から見えてたのよ。」
「………………」
「じゃ、私はそろそろ戻るわ」
希実は余計な一言を放ち、ポニーテールを揺らしながら自分のクラスへ帰って行った。
「なんだかんだ言ってさー、仲良いじゃんかよー!」
「ね、見事に二人の世界だったなぁ」
いつのまにか話終えていた友人二人。春斗は俺がもらったクッキーを指さし、スイは頬杖をつきながら楽しそうにこちらを見ていた。
「完全に気のせいだろ」
どこをどう見たらそう見えるんだ。
この話題で盛り上がられても困るので、希実にもらったものとカラの弁当箱を鞄に詰め込んでいると、ちょうど予鈴が鳴った。
放課後、部活や帰宅のために生徒が一斉に移動し始め、校内はざわざわとしている。俺とスイは部活には入っていないし特に用事もないので、部活に行く春斗と途中で別れ帰宅するため下駄箱の前にいた。
俺が下駄箱を開けると、隣からバサバサという音と同時に「あ……」という声が聞こえた。見なくても何の音か分かったが隣を見ると案の定、スイの下駄箱から崩れ落ちたラブレターの山。スイと出会うまでフィクションの世界でしか見たことのない光景が、ノンフィクションとして目に映る。現実ではありえないと思っていた光景に最初は驚いたが、何回も見ていればさすがに慣れる。
「また?」
「そうみたい。冬休み明けだし油断してた」
油断っていうか、ただ下駄箱を開けるのに警戒しながら開ける人なんてあまりいないだろう。
スイは落ちた手紙を拾って鞄に入れた。
「いつも持って帰るけど、それ全部読んでんの?」
「一応ね。全員に返事は出来なくてもせっかく書いてくれたんだし」
「……俺、顔だけじゃなくお前がモテるのなんとなく分かるわ」
スイは自分がモテることを否定しないが、変にひけらかすわけでもない。
「ん? 何か言った?」
「別に」
学校を出て他愛のない話をしながらいつもどおりの道を歩いていたが、しばらくして自然と話が会話が途切れた。
少しの沈黙のあと、
「ね、誕生日ってどんな感じ?」
と、スイが唐突に切り出した。
「は?どんなって……」
「んー……例えばうれしいとか、さみしいとか」
「特にないよ。いつもと特に変わんない」
「そういうもん?」
「そういうもんだろ」
「ちょっとくらい喜べばいいのにー」
「誕生日喜んでたのなんて、小学生までだな」
「ふうん」
「そういうお前はどうなんだよ?」
「忘れた」
「なんだよそれ。あれ? っていうかスイの誕生日っていつだっけ?」
「秘密ー」
「なんでだよ」
「だって俺の誕生日なんて公開したら大変なことになるじゃん」
「あー……うん」
スイは冗談ぽく言っているが、実際想像してみると本当に大変なことになりそうだ。主に女子たちが。誕生日なんてイベントがあった日にはきっと、下駄箱以外も大変なことになる。
「スイってさ、彼女作んないの?」
「そうだねぇ。今んとこ、あんまり興味ないし」
「……彼女欲しくて仕方ないヤツが聞いたら、ぶん殴られそうだなお前」
「イッセーは彼女欲しいの?」
「いや、俺はスイみたいにモテるわけでもないし、好きな人もいないから別にいいかな」
「……イッセーって、鈍感そうだよねー」
「どういう意味だよ」
「イッセーのこと好きな子もいるかもねって話。案外イッセーみたいな普通の男子が好きな子っていると思うんだよねーオレ」
「普通で悪かったな」
というか、スイから見たらほとんどの男子が普通だと思うぞ。