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神様の水鏡  作者: 水月 尚花


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005

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「僕個人としては戦国時代がよかったけど、イッセーは真っ先に斬られそうだと思ったから、平安時代にした!」

「そういう問題!?」

 俺が大声で叫んでいるのを聞いて、さっきまで通り過ぎていた通行人たちが、少し距離を置いたところで立ち止まり、俺と梅を囲むように輪が出来ていた。浴衣の梅はさほど違和感なく溶け込んでいるが、フードの付いたトレーナーとジーパンという、現代ではいたって普通の普段着だが、平安時代ではとてつもなく目立っていた。

 しかも「あの子、どこの子やろう?」「人さらいじゃないか」とかひそひそ声が聞こえてきて、居心地が悪い。見慣れない服装の俺が、幼女を連れまわしているように見えるのだろうか。

「とりあえず、ここでは目立つから移動するぞ!」

 周りの視線に気が付いた梅は、俺の手を引いて小走りで走り出した。

「あっ! 俺、靴履いてない!」

「我慢しろ!」

 靴を履かずに外を歩くのは抵抗があったが、この場合は仕方がないと思い、俺はあきらめて梅と一緒に街中を走り抜けた。靴下は履いていたが、たまに踏む小さな砂利が少し痛い。途中で後ろを振り返ってみたが、走っている俺と梅を目で追うだけで、追いかけて来る人はいなかった。

 ほとんど人のいないところへ出ると、梅は足を遅めた。そして大きな木の下で立ち止まった。

「ここまで来れば大丈夫だろう!」

「ここまで来ればって……俺、帰りたいんだけど……」

 息が切れ、両手を膝に付けて息を整えていると、

「あ……僕、帰り方分かんないや」

 という、とんでもない発言が聞こえ、俺は顔を上げた。

「はあ!? どうするんだよ!?」

「まぁ、なんとかなるだろうっ」

 俺にとっては一大事なのに、無邪気に笑う梅を見て、俺は言葉を無くし、うなだれた。その俺の様子を見た梅は、

「……帰り方も分からず連れてきたことは謝るが、これはイッセーのためでもあるんだぞ!」

 と、人差し指を立てた。

「俺のため?」

「歴史があるから今がある。だけど、人のことに興味のないイッセーが、昔の、歴史上の人物になんて余計に興味持てないだろう? だから、ここに連れて来れば、少しは興味を持ってくれるかと思ったんだ!」

 俺は梅の言うとおり、歴史の勉強なんて、昔の人のこと知って何の役に立つんだ、と思っていた。まぁ他の科目も同じような理由で、適当にやってたけど……。

「……梅は歴史好きなのか?」

「好きというより、僕も一応ずっとこの世界を見てきたから、それなりに詳しいんだ」

「……梅は、いつからサイカクの神使だったんだよ?」

「最初から!」

「最初?」

「多分、サイカクが生まれて直ぐくらい! それからずっと、僕がサイカクの神使だ」

 そういえば、神使って……どこから生まれたんだろう?

 スイは俺が全知全能の神に戻れば、今いる神々は消えると言っていたが、神使は神に創られたものじゃないから、おそらく消えはしないと言っていた気がする。

「一つ聞きたいんだけど……神使って――――!?」

 突然、俺の頬を掠めるように鋭い風が通り抜けた。

 風が通っていったほうを見ると、木の幹に矢が垂直に刺さっていた。



 今、俺と梅は再び走っているのだが、今度はただ走るだけではなく、命がかかっている。俺たちの後ろには武器を持った農民や、刀や弓を持っている武士が三、四十人ほど、まるで化け物でも退治しにきたかのような形相で追いかけて来ているのだ。

 たまに物が飛んできたり、弓矢が俺の横を通りすぎていく。俺が今生きている世界でも、戦争や凶悪事件などで命を落とす人間がたくさんいるが、実際に俺自身がここまで命を危険にさらされたのは初めてで、味わったことのない緊迫感に襲われた。

 梅がときどき後ろを見ながら、俺に物や矢が当たらないようにしてくれているのだが、俺は怖くて振り返ることが出来なかった。飛んでくる武器も恐怖だが、あんな嫌悪感や狂気が溢れる顔で見られたことなんて記憶になくて、初めて心から人間が怖いと思ったのだ。

 俺は走りながら固く目を閉じた。


 走っても走っても距離が開かず、そろそろ息が上がってきて限界に近づいてくると、

「このままでは埒があかない!」

 と、梅は立ち止まって振り返り、追いかけて来ていた人たちと向かい合った。俺たちを追いかけていた人たちは、一瞬怯んだが、そのあと、全員そろってこちらへ向かい襲いかかってきた。

 俺は再び固く目を閉じたが、何も衝撃はなく、代わりに男たちの悲鳴が聞こえてきた。

 うっすらと目を開けると、着物を着た小学校低学年くらいの少年が、男たちに跳び蹴りをかましているのが目に入った。隣にいた梅もぽかんとしている。

 いつの間にか、俺と梅を追いかけてきていた人たちは、半数以上が少年にやられて伸びていた。その風景をただ呆然と見ていると、

「ぼさっとしてんな! こっちだ!」

 と、まだ声変わりしていない高い声で、少年は俺たちを呼んだ。

 その声にハッとして我に返ったが、右も左も分からない世界で、見ず知らずの少年について行ってもいいのだろうか、と思っていのたが、結局考える間もなく、梅に引っ張られて少年についていった。

 しばらく少年のあとをついていくと、山道に入っていた。俺は後ろを振り返ったが、もう誰も追ってはきていないようで、ホッと胸をなでおろした。

「ったく、情けねぇ面してんなよテメー!」

 少年は腕を組みながら俺を見ていた。

 よく見ると、その少年は貴族の子供のような上等な着物を着ていて、顔はとても可愛らしい。しかし、口が悪い。

 あれ? どこかで会ったことあるような?

「助かったぞ、茶々丸!」

 え? 茶々丸?

「梅、テメーこのやろう! 助かったぞ、じゃねぇ! テメーのせいで俺様がこんなところまで来るはめに――――」

「茶々丸ー!?」

 俺は目の前にいる少年ではなく、いつもの茶々丸の姿を思い出した。そして、その二つの姿を頭の中で重ね合わせ、思わず声を上げてしまった。

「テメー! 今更気づいたのか!」

「だって、お前いつも犬の姿じゃんか!」

「犬じゃねぇ! お犬様と言え!」

「なんだよそれ……」

「ところで茶々丸。今からどこに?」

 周りを見回したあと、茶々丸を見て首をかしげた梅。

「覚えてねぇのかよ! ここらへんには奴らの里があるだろ。とりあえず、そこで匿ってもらえってよ」

 梅は何かを思い出したみたいで、一瞬目を見開いた。

「そうだった! その手があったな!」

「やっと思い出したか! じゃ、さっさと行くぞ!」

「うん!」


 ……奴らの里ってなに?

 俺が尋ねるよりも早く、茶々丸と梅は山道を歩き始めた。



 

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