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「みんな必死だね」
休み時間、教室を見渡して呑気に呟いたスイ。
「そりゃ、来週テストだからな。お前は勉強しなくても大丈夫なんだろうけど、普通の高校生はそうもいかないだろ」
「それはそうだけど、やっぱ順位付いちゃうから、余計必至にもなるんじゃないの? オレはこんなんで順位付けんの、やめときゃいいのにって思うけど」
「なんで?」
「んー? 人にはそれぞれ得意分野があるよねってこと。人間ってたいして好きでやってないことでも、順位付くとなると、出来るだけ上に行きたくなる人多いじゃん?」
「それは分かるけど……」
「まぁ全然勉強しなくなっちゃうのもダメだし、仕方ないのかもしれないけどね。だけど勉強だけで、人の優劣は図れないよ」
言われてみれば、なんで順位なんて出るんだろう? 中学のころからテストで順位がつくようになって、それが当たり前だと思っていた。
俺は中学のころからずっと、テストの順位は真ん中かちょっと下くらいを行き来しているが、そこまで上に行きたいと思ったことはない。しかしスイの言うとおり順位を気にしている部分も少しはある。とりあえず、学年全体の人数の五分の三くらいまでの順位には入っておきたい、という俺のテストのときの小さな目標。
ふと教室を見回すと、雑談をしている人たちの中に、借りたノートを必死で写す人や、友達にわからないところを教えてもらっている人がちらほらといる。
「これ、やる!」
窓に背を向け教室を見渡していたら、いきなり目の前に突き出されたプリントの束。
「春斗、何これ?」
「これ先輩にもらった去年の学年末の問題。役に立つかどうかは分かんねーけど、イッセーとスイにもやろうと思ってコピってきた!」
俺とスイは春斗からプリントを受け取った。
「ま、スイは頭いーから、いらねーかもしれないけどさ」
「そんなことないよ、ありがと。先輩優しいんだね」
「んーってか俺があまりにもやばいから探してくれたみたい」
「どんだけやばいんだよ?」
「俺、たしかに点数は悪いけど、赤点はギリないんだけどなー」
「それって、ほぼ全教科だったり?」
少し遠慮がちに聞いたスイに対し、
「おう!」
と、両手を後頭部に当て、のんきに笑う春斗からは全く危機感が感じられない。
大丈夫なんだろうか。俺も人のことをとやかく言えるような成績ではないが、さすがに少し心配になる。
「あーあ。今日から勉強させられっから部活行く気しねー」
放課後、いつもなら真っ先に部活に向かう春斗が、机に伏せていた。
「テストまで我慢しろよ」
「えー無理ー! 俺、死ぬー!」
「勉強で死ぬとかないだろ」
往生際悪く喚く春斗に、俺が軽くため息を吐くと、スイが何かひらめいたと言わんばかりに、握った手をもう片方の手の平に落とした。
「ね、春斗」
「んー? なんだよー」
「テスト終わったら、またイッセーん家遊びに行こうよ。そしたら春斗が大好きなイッセーのお姉さんに会えるかもしれないよ?」
「行くっ!! 俺、がんばる!! じゃあな!!」
スイに説得され、いとも簡単にやる気を出した春斗は、机に両手をついて立ち上がり、勢いよく教室を飛び出した。
「スイ……何勝手に約束してんだよ」
「友達がやる気出してくれたんだし、大目に見てよ」
と言いつつも、まったく悪びれた様子もなく笑うスイ。
「他人事だと思って……」
「まあまあ。っていうか次はイッセーの番だね」
「はあ!?」
「帰れば分かるよ」
なんとなく嫌な予感を感じつつ、スイに急かされ学校を出た。
「オレ、ちょっと神界戻るから、部屋の窓のカギ開けといてね」
「……お前、どこから入って来る気だよ」
家の玄関の前でスイと別れ、俺は家の中へ入った。
「あら、おかえりー」
自室へ向かう途中、取り込んだ洗濯物の入ったカゴを持った母さんに遭遇したが、俺は生返事を返して自室へ向かった。
そういえばさっき、帰れば分かるってスイが言ってたけど、何しにくるんだろう? しかも窓のカギ開けとけって……
俺は一抹の不安を抱きながら、自室のドアを開いた。
そこにスイの姿はなかったが、俺の抱いた不安は的中したのかもしれない。俺はドアノブを持ったまま、一時停止した。
学習机の椅子に座り、くるくる回っている小さな女の子に、部屋の中心に置かれた机に正座をして座っている眼鏡の男性。
「ああ、これはこれは。お帰りなさい。お邪魔しております」
俺を見るなり、眼鏡の男性が淡々とした口調で話しはじめた。その声にハッとして、俺はドアを閉めて自室に入った。
「失礼、自己紹介がまだでしたね。私は学業の神、サイカクと申します」
「僕は梅!」
「梅、あなたは女性なのだから、僕ではないでしょう?」
「サイカクだって男のクセに私っていうだろう!」
「ぐっ……まぁいいでしょう」
サイカクは中指で眼鏡の真ん中を押し上げた。
よく見ると、シャツの上から着物を着て、袴を履いているサイカクは、色鮮やかな群青色の神玉を首から下げていた。梅は名前と同じ梅柄の浴衣を着ていて、髪を片方だけサイドに上げている。どちらかというと、少女より幼女のほうが近いような年頃に見える。
「……それで、えーっと、サイカクはどうしてここに?」
「どうしてって、あなたに学業を教授して差し上げようと思いまして」
「えぇ!? い、いいよ別に!」
「いいえ、いけませんよ」
そう言ってサイカクは、机の上に置いていた分厚い本を開いた。そして一度咳払いをすると、
「一年A組 天神一勢。この間の二学期末テスト、現代文75点、数学43点、英語52点、化学60点、生物6――――」
「わー! ちょ、ストップ!」
本の開いたページを見ながら、正確に俺のテストの点数を読み上げ始めたサイカク。あまり良いとは言えない点数を読み上げられ、俺は思わずサイカクの言葉を遮った。
「なんで俺の点数知ってんの!?」
答えの代わりに、長いため息が帰ってきた。
「今は人間でも、元は全知全能の神ともあろうお方が…………ああ! 嘆かわしい!!」
サイカクは、大げさに両手を床につけて嘆いている。
なんかキャラが変わってきたような……
「サイカクは、たまに情緒不安定になるから気にするな」
嘆くサイカクを見て、梅がいつものことと言わんばかりの表情で話した。
「私はね……何もあなたに完璧を求めているわけではないんです」
ゆっくりと姿勢を正したサイカクは、また中指で眼鏡の真ん中を押し上げて治した。
「人間が、一生の中で身につけられる知識は限られています。ですが、あなたは神に戻ればすべてを知りえることが出来る…………つまり、あなたはこの世界を見定めなければいけないんです」
「……見定める?」
「ええ。あなたが神に戻れば世界は消える、というのは、そういうことです。ですから、あなたには出来るだけ、たくさんのことを知って学んで欲しいのです……と、言うわけで! まずは学校のお勉強から学びましょう! テストまで毎日、私が指導に参ります!」
「え、毎日!?」
「よかったねーイッセー」
俺がサイカクの一言に固まっていると、いつの間にか窓のサッシに座っていたスイが、にこやかに笑っていた。
「明日から大変かもしれない」「次はイッセーの番」「帰れば分かる」
やっと、昨日からスイが言っていた言葉の謎が解けた。




