001 習うは一生
001
「えー、分かってると思うが、来週からみんなお待ちかねの学年末テストだ。気合い入れてけよー」
気合いを入れろというわりに、気の抜けた担任の声に、教室中からも気の抜けた返事やため息が聞こえた。
例にもれず、俺も小さくため息を吐いた。学生の本分は勉強なんて言われるが、テストが好きな学生なんて、実際のところあまりいないと思う。それでも学校という組織にいる以上、避けては通れない。しかし勉強は好きじゃないが、高校で留年するのは避けたい。
だから今までも一応勉強らしきことはしてきて、赤点だけは何とか免れてきた。とりあえず、今回もそんな感じで大丈夫だろうとは思うが、学年末ともなればちょっと不安もある。
「イッセー……どうしよう、俺」
いつも無駄に明るい春斗が、暗い声でつぶやいた。
「……テスト?」
「うん……今回のテスト、マジでやばい」
「今回も、だろ?」
春斗は昔からテストの前になると、毎回こんな感じだ。
「スイー半分くらい脳みそ分けて」
「いや、分けるって……」
スイは困ったように笑った。
たしかにスイは頭が良い。勉強なんてしなくても高校生のテストなんて朝飯前だろう。
ま、三千年以上生きてりゃいろんなこと知ってるのは当たり前か……
「今回、学年末ってこともあってさー、成績悪い部員は部活で強制的に勉強させられるんだよなー」
春斗は机に突っ伏した。
「家じゃやらないんだし、よかったじゃん」
「よくねーわ! 明日から毎日だぞ! せっかく部活短くなったのに遊べねーじゃん!」
「テストやばいとか言いつつ、遊ぶ気だったのかよ」
「いーじゃんかよー! イッセーだって一週間前から勉強なんてしねーだろ!」
「まぁ、そりゃあそうだけど……」
「だろー!? っていうことで俺、今日お前ん家遊びに行くから! スイも行こーぜー!」
「別にいいけど……切り替え早いな」
「さすが春斗だね」
スイの言うとおり、春斗の切り替えの早さは、いつものことながらさすがだと思う。
「イッセー、チャリここ置いといていいー?」
「うん」
春斗の希望どおり、学校が終わってから俺の家に来たスイと春斗。
「「おじゃましまーす」」
スイと春斗の声に反応したように、母さんが部屋から顔を出した。
「一勢おかえり。あら、春斗君と、この間来てくれたスイ君じゃない!」
「こんにちは、お邪魔します」
「お久しぶりっす!」
スイと春斗が母さんとそれぞれ二、三言交わすのを待ったあと、俺の部屋へと向かった。
俺の部屋へ入るなり、
「俺、イッセーの部屋来んの久々だなー」
と言いながら、まるで我が家のようにくつろいでいる春斗。
しばらく母さんが置いていったお菓子とジュースを、食べたり飲んだりしながら他愛のない話をしていると、俺の部屋のドアが少し開いた。座っている場所的に、ドアの隙間から見える人物は俺にしか見えていない。
「……何してんだよ」
俺がドアに向かって話しかけると、スイと春斗も自然とドアのほうを見た。
「……五十鈴さん!」
姉ちゃんの姿を見て声を弾ませる春斗。
「わぁーはるちゃん久しぶりー!」
俺の部屋に入ってきた姉ちゃんは、ごく自然に春斗の横へ座り、男子高校生の輪に溶け込んだ。
「お久しぶりっす! あ、バレンタインのチョコ美味しかったっす!」
「ほんとー!? よかったー! ん?」
姉ちゃんはスイを見て、動きを止めたかと思えば、
「……えぇー!! 一勢に、こんなイケメンのお友達がいたなんて!! 聞いてない!!」
と騒ぎ始めた。
「うるさい。母さんから聞いてただろ。だからお見舞いに来た子にもチョコ渡せって言ってた――――」
「あー! もしかしてスイ君!?」
姉ちゃんは俺の言葉を遮り、スイを指さした。
「えーっと、はい。なんか俺までチョコ貰っちゃって……ありがとうございました」
スイはさわやかに笑った。
「佐々木君より全然かっこいい!」
「誰だよ」
「私が高校時代にモッテモテだった同級生!」
「あっそ。っていうかほんとに何しにきたんだよ?」
「そうだった! みんなでゲームしよう!」
「はあ!? なんでだよ?」
「一人でやってたけど飽きたから!」
「じゃあ、やめとけばいいだろ」
「えーやだー! ちょうどキリのいい人数だし! ね、はるちゃん!」
姉ちゃんは隣にいた春斗の肩を掴み、同意を求めた。
「もちろんっす! やりましょう!」
迷うことなく姉ちゃんに同意した春斗は、握りこぶしを作り、肘を曲げた。
結局、この日は姉ちゃんにつき合わされ、四人でゲームをすることになった。格闘ゲームやレーシングゲームなど、主に対戦ゲームをやったのだが、俺はスイと同じチームだったため、自分がゲームに負けてもチームは負けなしだった。「やったことない」とか言いつつ、無敗のスイ。
テレビゲームまで無敵とかどんだけだよ……
しかし、勝っても負けても楽しんでいる姉ちゃんと春斗を見て、つくづく似た者同士だと思った。
「じゃ、また明日なー!」
ひとしきりゲームをしたあと、スイと春斗もうちでご飯を食べ、家から送り出したのは夜九時を過ぎてからだった。
「さて、オレもかーえろっと」
自転車で帰った春斗を見送り、スイは庭の池へ向かった。
「あ、そうだイッセー」
「ん?」
「イッセーも明日から大変かもしれないよ?」
「……なんかあったっけ?」
「それはねー……明日になってからのお楽しみー! じゃあね」
スイは意味深な言葉を残し、池の中へ消えていった。




