006
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「レンカ、やっぱあの子ってイッセーのほう見てるの?」
「ええ、私にあの子の気が当たるということは、そういうことですわ!」
窓際にいるイッセーと廊下にいる黒髪の子の間には、レンカがいるからそれは分かるんだけど……
「レンカは見えてなくて、でも今ほかの人に見えないはずのイッセーは見えてるってこと?」
「いえ、きっと彼女は勘が強いから、一勢様が見えてなくても、なんとなく分かってるんだと思いますわ」
「へぇ……」
そういう人間、大昔はわりといたけど、このご時世にはちょっとめずらしい。今は世の中便利になりすぎて、第六感を使わなくても生活できちゃうから、ほとんどの人間が鈍い。
「オレ、あの子どっかで見たことあるような気がするんだけど、レンカ見覚えある?」
「……ないですわ。まさか! 前世の一勢様と何か関係が?」
「さぁ? それは今のところ分かんない」
「そんなことで大丈夫ですの!?」
レンカはオレに向かって声を荒立てた。
「……何の話?」
レンカに抱き付かれながらも、春斗に気づかれないように平静を装っていたイッセーが、ふいにオレとレンカの会話に仲間入りした。どうやら春斗は自席に戻ったらしい。
「気になる?」
「な、なんでもないですわー」
冗談っぽく自然に流したオレと、あきらかに不自然なレンカを見て不思議そうに眉をひそめたイッセーは、
「別に気にならないけど……」
と、ふてくされたように窓のほうを向いた。
授業の合間の休み時間は、毎時間現れた黒髪の女の子。ただ現れるだけで、近づいてきたり話しかけてきたりはしないことが、少し気味が悪いし、引っかかる。
その子はお昼休みには現れなかったが、今度は代わりに葉山さんが来たりしていたので、レンカはイッセーに抱き付き、怖い顔をしていた。もう一人、イッセーがタタラに会うきっかけになった寺井さんも、おそらくイッセーは用があるみたいでお昼休みに教室をのぞいていたが、レンカには黙っておいた。
お昼休みが終わって次の授業の後は、本日最後の休み時間。
お昼休み直後の授業中、オレはイッセーの隣に立っていたレンカを目線で呼んだ。オレは今、声を発せないので、レンカに伝えたいことをノートに書いて見せた。
“次の休み時間はイッセーから離れてて”
「どうしてですの?」
“イッセーの姿が見えてたら、あの子がどういう動きをするのか見てみたいから”
「………………わかりましたわ」
レンカは熟考したうえで納得してれた。
「その代わり、一勢様に何かあったら私、何かしない自信はないですわよ!」
“レンカが何かする前に善処できるよう努力するよ”
そしてやってきた本日最後の休み時間。
オレが頼んだとおり、レンカはイッセーから少し離れてくれてはいるが、目が据わっている。
オレはなるべく彼女に気づかれないように、いつもどおり会話に混ざりながら、廊下へ意識をとばした。
すると休み時間に入って二、三分後に彼女は現れた。
「来ましたわよ」
廊下のほうを見て鋭い視線を送り付けるレンカ。
「来たね」
やはり彼女は、レンカがいなくなって周りの人間に姿が見えるようになっても、相変わらずイッセーを見ていた。単純にイッセーのことが好きとかそういう目線ではなく、彼女の目線から好意的なものは感じられない。
しかし、イッセーの姿が見えるようになれば、何か行動を起こすかと思えばそうでもない。
一体、彼女の目的はなんなのだろう。結局分からずじまいで、休み時間は終わりを告げた。
「結局、何もしてくる気配なかったね」
「ええ」
「でもまぁ、引き続き注意はしとくよ」
「当然ですわ! 何なら私が毎日ついていて差し上げますわー!」
それはやめたげて……さすがに真白がかわいそう。
そのあと何事もなく今日の授業がひと通り終了し、あとは帰るだけなのだが……
「あ、メールだ」
受信を知らせ、震える携帯をブレザーのポケットから出したイッセー。
「希実……何だろう?」
どうやら、今日の休み時間、イッセーを見つけられなかった葉山さんは、チョコを取りに来てもらおうと自分の部活の部室に、イッセーを呼び出したらしい。
「ここでレンカと待ってるから行ってこれば?」
「うん。無視すると面倒だし、ちょっと行ってくる」
そう言って、教室を出ていったイッセーを不安そうな顔で見つめるレンカ。
「大丈夫だよ。多分なんもないから。でも……気になるなら行ってみる?」
「そうですわね! あの女のこともありますし……行きましょう!」
「その代わり何もしないって約束できる?」
「も、もちろんですわ!」
「……じゃ、いこっか。あ、面倒だからオレも姿消してこーっと」
オレとレンカはイッセーの後を追うため教室を出た。
本当なら嫉妬深いレンカを連れていくべきではないのかもしれないが、今回は謎の女の子のこともあるし、一応用心に越したことはない。
たしか葉山さんも野瀬さんと同じく料理部だ。料理部は家庭科室で部活をしていたはず。
教室から少し遠い家庭科室に向かっている最中、偶然にも野瀬さんを見つけた。野瀬さんはそわそわと不安そうな顔で、誰かを待っていた。そこへ教室から出てきた一人の男子生徒を、野瀬さんが真っ赤な顔で引き止めた。
「野瀬さんの本命、彼だったんだねー」
オレがわざとらしく呟くと、バツが悪そうな顔をしたレンカは一瞬、言葉に詰まった。レンカは野瀬さんには関係のない嫉妬心を燃やし、危うく怪我をさせようとしていた張本人だからね。
「……っ仕方ないですわね!」
レンカは素直じゃない言葉を残し、二人のところへ近づいていき、二人の前を通りすぎる前に、右肩からかかる羽衣を三回、左右に流した。その洗練された一連の動作は、瞬きするのも忘れるくらいに綺麗だった。
そしてレンカはそのまま二人の前を通り過ぎ、
「今回だけですわよ!」
と、さっきの綺麗な動作とは裏腹に、捨て台詞のように言葉を吐いた。
そんなレンカに苦笑しつつ、今はオレも周りには姿が見えていないので、レンカのあとを追い、二人の前を通り過ぎた。そのときチラッと目に入ったが、どうやら二人はうまくいったようだ。きっとレンカなりの罪滅ぼしだったのだろう。
「優しいとこあるじゃん、レンカ」
「ふんっ。私はちょっと手を貸してあげただけで、あの二人が続くかどうかは本人たち次第ですわよ!」
レンカは拗ねた子供のように、小さく頬を膨らませた。




