005
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教室を出て、その場で渡されるのかと思えば、「ここじゃ恥ずかしいから中庭までついてきて欲しい」と頼まれついていったが、正直オレはレンカが何かしないか気になって仕方ない。
校舎を出てから、女の子に気づかれないように教室に目をやった。窓際の席でイッセーは春斗と話していて、レンカは相変わらずイッセーにへばりついていた。ここから見るとまるでイッセーに憑りついている霊みたいだと思ったが、口が裂けてもそんなこと本人には言えない。
何回か教室を見ているうちに、一回レンカと目が合ったが、わざとらしくそらされた。
……なんで目そらしたの。
「スイ君?」
「え、ああごめん」
「ううん。こっちこそごめんね。こんなとこまで来てもらって」
「いや、大丈夫だよ」
「えっと……これ、受け取ってくれますか?」
中庭に着いてすぐ、彼女はピンク色の可愛くラッピングされた包みを俺に差し出した。
「あ、あの! 別に告白とかじゃなくて、えっと……スイ君が彼女とか作らないの知ってるけど、どうしても渡したくて! でも今日スイ君の下駄箱とか机とかいっぱいだったし、その……」
真っ赤な顔で必死に話す彼女は、計算とかではなく、ほんとに純粋な気持ちで、オレにこれを渡しに来てくれたんだと分かった。その姿は、そのへんの男なら簡単に落ちちゃうんじゃないかってくらいに可愛らしい。
こういうの計算でやってたら性質が悪い。けど実際いるんだよねーこの年でこういうこと計算で出来ちゃう女の子。それが悪いとは言わないけど、末恐ろしいとは思う。だけどオレはすぐに見抜けるから、この子は違うってすぐに分かった。
「ありがとう。気持ちしか受け取れなくてごめんね」
オレはピンクの包みを受け取って、笑顔を返した。
「いいの! 受け取ってくれてありがとう!」
彼女もまた、笑顔を返してくれた。
いろんな女の子がいるけど、どんな女の子相手でも、こういうときは少し心苦しい。決して弄んでるわけではないけど、元々住む世界が違うし、人間ではないオレにはどうしようもできない。
休み時間が終わりかけた頃、教室に戻って気が付いた。
オレは今、教室の入り口にいるがここから見たら、レンカがイッセーにへばりついているせいで、他の人には春斗が一人で話しているように見えるということ。
しかし周りを見てみると、バレンタインデーということも関係しているのか、誰も窓際を見ていなかった。気にしていないふりをして、実はチョコを待ちわびている男子が気にするのは、周りの女子や廊下を歩いてくる女子だ。女子は女子で、誰かにチョコを渡したい子はそわそわと友達と話している。
春斗が変人扱いされていなくてよかった、とホッとして席に戻ろうとしたとき、ふと視線を感じて振り返った。
オレに対しての視線じゃない。イッセーと春斗のほうへ向けられている視線。その視線を発していた人物は、流れるような黒髪の、端正な顔立ちの女の子だった。その瞳はたしかに一人で話す春斗を映しているはずなのに、驚きなどはなく、ただ瞳の奥に何かを見据えていた。
オレはまさか……とは思いつつ、一人で話す春斗を見ても、彼女が騒ぎ立てる様子のないことに、少し警戒心を覚えた。
稀に神様の声が聞こえる人間はいても、神様の姿が見える人間はそうはいない。
彼女はオレの視線には気が付かなかったのか、はたまた気づいていたが気に留めていなかったのか、チャイムが鳴ると何事もなかったように颯爽と帰っていった。
オレはその黒髪が視界から消えるまで、彼女を目で追った。
授業中、ずっと気になっていたのだが、オレはあの黒髪の子をどこかで見たことがある気がする。まぁ同じ学校にいるのだから、偶然どこかで見ただけなのかもしれないけど。
しかし、一回だけなら偶然で済まされたかもしれないが、彼女はまた、次の休み時間にも現れたのだ。
誰かに話しかけるわけでもなく、廊下にいる人に溶け込んでこちらを見ている。こっちを見ているのか、その先を見ているのかよく分からない瞳。その瞳からは何の感情も読み取れない。
ここから見てみて思ったが、オレが彼女を見ていても目が合わないということは、イッセーか春斗を見ているのだと思う。
「スイ、さっきからボーっとしてどしたん? めずらしくね?」
春斗が首をかしげて、オレの顔を見ていた。
「そう? 疲れてんのかなーオレ」
「おーおーモテる男はツラいですなー!」
オレが冗談っぽく返すと、春斗も冗談っぽく返して笑った。
「スイでも疲れるんだな」
そう言ったイッセーは、本当に疲れた表情をしていた。
レンカは授業中はイッセーの膝に座ったり、横に立っていたりするが、休み時間はイッセーをガードするようにへばりついている。
「イッセー、お疲れ様。がんばって」
オレは小さい声で、イッセーを労っておいた。
「ね、レンカ。ちょっと聞きたいんだけど……」
春斗とイッセーが話し始めたのを見て、オレはこっそりレンカに話しかけた。
「なんですの?」
「あの子、レンカのこと見えてる?」
オレが廊下にいる黒髪の彼女を目線で教えると、レンカは振り返って俺の目線を辿った。
「…………見えてはいないと思いますわ」
「そ、ならよかった」
オレの思い過ごしかな。
「よくないですわ! あの女、絶対に一勢様には近づけないで! すごく嫌な感じがしますわ!」
間髪入れず、すごい剣幕で迫るレンカは、真剣な顔をしたあと彼女を睨み、イッセーを抱きしめていた手に力を込めた。そのレンカの様子から、ただの嫉妬ではないことが読み取れた。
レンカがそう言うってことは、オレの思い過ごしではなさそうだな。
神使はだいたいみんな勘は良いけど、神の勘のほうが確実性がある。
「……分かった」
久しぶりの危機感だが、不安よりも自信のほうが断然強く、オレの口許は弧を描いた。
悪いけど、生まれて十年ちょっとのやつとは、くぐってきた修羅場や経験値が違うよ。もし敵だとしても、何か出来るなんて思わないでいただきたいね。




