004
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イッセーは自分の鞄の中に手を入れ何かを探していて、レンカのしたことには気づいていない。
ほんと鈍感っていうかマイペースっていうか……
イッセーは探していたものを発見したらしいが、一瞬出すのをためらっているような素振りを見せた。
「イッセー、何してんの?」
オレが疑問を投げかけると、
「……なんか俺が渡すみたいでいやだけど……これ、姉ちゃんから!」
そう言ってイッセーは机の上に可愛らしい包みを二つ置いた。
見た感じチョコだけど何で二つあるんだろう? イッセーが貰った分も間違って出したのかな?
「五十鈴さんから!? ってか手作り!? 俺、これだけでしばらくやっていける!」
春斗は立ち上がって包みを天井へ向かって持ち上げながら回り、全身で感動を表現している。
「大げさだな……姉ちゃんは自分がチョコ好きでも、作るのがうまいかどうかはまた別だぞ」
「それでも俺は食う!」
「あっそ……あ、これスイにだって」
イッセーはもう一つの包みをオレに差し出した。
「オレに? オレ、イッセーのお姉さんに会ったことないよ?」
「俺が風邪ひいたときにスイが家に来たこと、母さんが姉ちゃんに話したみたいでさ」
「そんな気使ってくれなくてよかったのに。今度会ったら自分で言うけど、とりあえず今日はイッセーからお礼言っといてよ」
「覚えてたらな」
「それくらい覚えてよ」
予鈴がなりみんなが授業の準備などを始め、教室中が少し慌ただしくなり始めると、オレたちの会話を聞きながら、話している人の顔を見回していたレンカは、迷うことなくイッセーのところへ残った。
「で、あるからして――――」
授業が始まると、後ろから視線を感じた。オレはその視線の先にいる人物が誰なのか分かってはいるが、今は動きようがないから仕方ない。
チラッと後ろの席のイッセーを見てみれば、ものすごく助けを求める視線をくれた。
今、イッセーの膝の上にはレンカが座っていて、無理やりレンカを抱きかかえさせられているような体勢になっている。
「ん? 天神ーお前ちゃんと聞いてるかー?」
「は、はい」
「ならいいが、今度よそ見してたら当てるからなー」
案の定、教師に注意を受けたイッセー。
しかし、イッセーを注意したのが気に入らなかったらしいレンカは、隣の生徒の机から消しかすを取って、教壇の上の教師に向かって投げつけていた。
いや、レンカ……イッセーが注意されたの半分以上、お前のせいだよ。
オレは、レンカが投げた消しかすが頬に当たり、不思議な顔で頬を擦っている教師を見て心の中で謝っておいた。
ごめん、先生。
休み時間だけで大丈夫かと思っていたが、授業中も気が抜けない。
本日一回目の休み時間、またもや訪れたレンカの嫉妬対象。
イッセーの幼馴染みの葉山さんが、うちのクラスのドア付近で誰かを探している。誰かというより確実にイッセーに用があって来ているのは明白だ。彼女はイッセーにチョコを渡しに来る、とオレが予想していたうちの一人。レンカはまだ葉山さんには気づいていないが時間の問題だ。
さて、どうしようか。
「あ、一勢いた!」
考える間もなく葉山さんがイッセーの名前を呼んでしまった。
しかし、その声はイッセーには届いていなくて、かわりに真っ先に反応したのはレンカだった。
あ、まずい。
オレはレンカの動きに神経を集中させ、身構えた。が、意外にもレンカは野瀬さんのときのような凶行には出なかった。「次やったら強制送還」という言葉が効いたのだろうか。
凶行には出なかったが、かわりに着ている着物の袖を広げた。そしてそのまま、大きな袖でイッセーを包み込むように抱きしめた。
すると突然、葉山さんはイッセーを見失ったように、また辺りを見回している。
なるほどね。まぁこれなら……まだ許容範囲かな。
今、イッセーはレンカ共々、他の人間の視界から消えた。俗に言う神隠しのような現象が起きている。つまるところレンカは、自らの着物でイッセーを隠したのだ。レンカの向こう側にいる人たちに、イッセーは見えていない。オレとイッセーは窓際の席なので、オレかイッセーの前後に来なければイッセーは見えないのだ。
「スイー! お前に用があるって女の子が来てるぞー」
イッセーの後ろから現れた春斗がオレを呼びにきた。
「わかった、今行く」
「ほんとモテんねースイ! 俺らは男同士ここで大人しく語ってようぜイッセー!」
春斗はオレのところまで来ると、オレを送り出すように背中を軽く二回叩いた。
「イッセー、ちゃんとレンカ見張っておいてね」
オレは春斗に聞こえないように、イッセーに向かいさりげなく呟いた。
「そんなこと言われても俺、前見えないんだけど……」
レンカに抱き付かれているイッセーは、もはや諦めの表情を浮かべている。
「まぁ! 見張るなんてひどいですわ! 私何もしませんわよ!」
と頬を膨らませるレンカ。
何もしていない人間を転ばせようとしてたのは、どこのどいつだ……という思いを込めつつ、レンカに笑顔を向けると、レンカは口笛を吹くふりをして目をそらした。
オレは、なるべく早く戻って来ようと足早に教室を出た。




