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『おはようございます。ニュースの時間です』
ニュースが始まった。姉ちゃんのせいで生まれた微妙な沈黙のせいか、ニュースを淡々と読み上げるアナウンサーの声がやけにはっきりと聞こえる。
俺はこの頃なぜか無性にニュースを聞きたくなくて、耳に届くニュースが聞こえないように、自分の気を紛らわすために急いで身支度を始めた。少し前までニュースはあまり見なかったし気にもならなかったのに、聞き流していたニュースが最近はやたらと耳に残るようになったからだ。
なぜかそのすべてが、まるで自分のせいであるかのように思えてならなかったのだ。そんなはずはないと分かってはいても、言い知れぬ不安は拭えなかった。
それが嫌で、冬休みが明けてからはニュースが始まる頃には、逃げるように家を出るようになった。
「あら、もう行くの? 最近、早いのね」
玄関で靴を履いていると、後ろから母さんが話しかけてきた。俺は振り返ることもなく生返事を返した。
「いってらっしゃい! 今日は雪が積もってるから気を付けるのよ!」
俺はまた生返事を返して、足早に玄関を出た。
昨晩、降り積もった雪がまだ溶けずに残っているだけあって、いつもより寒かった。それでも俺の心には安堵感が広がった。
学校まで徒歩二十分。線路をのろのろ走る電車や、雪に足を取られながら慌てて駅に向かう学生を見ると多少味気無さも感じるが、こういう日は学校が徒歩圏内でよかったとつくづく思う。
通い慣れた道をくだらないこと考えながら歩くのが俺の日課のようなもんだ。
昨日、ちゃんとセーブしたっけ?とか、一限の数学だるいとか、雪うざいとか…………大体そんな感じ。我ながらくだらないとは思う。それは自分の誕生日だろうが変わらない。でもそれでいいと思う。
こんなくだらない世界で、くだらないこと考えて何が悪い。俺だってくだらない世界にいる、くだらない人間だけど…………それでいいよ。
本当に神様がいるなら、こんな世界いっそ跡形もなく壊してくれればいいのに。俺が神様ならとっくに滅ぼしてるな、きっと。
まぁ、俺一人がこんなこと考えてても世界は簡単には滅ばないし、どう考えようが俺の自由だ。
こんなことばっか考えて、ほんとにくだらないな、俺。
吐いた息が白くなって消えた。
誕生日だからといって、特に変わりなく時間は過ぎていった。まぁ世間一般的に、男子高校生なんて彼女でもいない限りこんなもんだろう。
「なーイッセー!! お前、今日誕生日じゃね!?」
隣の席でおにぎりを頬張りながら唐突に話を切り出した友人、水沢春斗とは小学生の頃からの付き合いだ。ちなみにイッセーというのは俺の名前を若干雑に呼んだあだ名のようなものだ。
「そうだけど」
「だよなー! 俺、人の誕生日なんてあんま覚えらんねーけどお前の誕生日、超覚えやすいからな」
「たしかに。俺さっき初めて聞いたけど忘れなさそう」
そう言って朱羽スイは、俺の前の席で窓を背に放り出していた長い足を組み直した。
スイは高校の入学式の日、たまたま席が前後で話すようになり、気付いたら仲良くなっていた。髪が朱くて、背が高い美少年。女子だけではなく、周りの視線を一気に集めるほど目立っていた。正直、第一印象では絶対に仲良くならないタイプだと思っていたのに、話してみると飄々としているが意外と話しやすかったのを覚えている。
「とりあえずさーこれしかないんだけど、おめでとー! と言うことで、はい」
春斗は俺の目の前にプリンを置いた。
「…………なにこれ」
「さっき購買で買ったプリン! 誕プレ代わりにやる!」
「あー……そういうこと」
「じゃあ俺も。おめでとー」
今度はスイが春斗の置いたプリンの横にイチゴオレを置いた。
「……どうも」
今日は朝から甘いものづくしだ。朝の善哉に始まり、夜は姉ちゃんリクエストのチョコケーキが待っているが、気持ちはありがたいので素直に受け取った。
「そーだ、葉山チャンから誕プレもらったりとかないの?」
春斗が何か期待しているような顔で、俺の幼馴染である葉山希実の名前を話題に出した。
「希実から? なんで?」
「なんでって、幼馴染じゃん! 家隣だし、なんかこう……ないわけ?」
「なんかって何だよ」
そんなどこぞのドラマやアニメみたいに幼馴染だからって、みんながみんなくっついてたら全国幼馴染カップルだらけだぞ。
「葉山さんって確か隣のクラスで、たまーにイッセーのとこ来る大人っぽい子でしょ?」
スイが春斗のほうを向いて少し首を傾けた。
「そーそー! 同い年だけどお姉さんって感じの!」
「春斗は葉山さんみたいな子タイプなの?」
「たしかに葉山チャンは綺麗だ! だがしかしタイプかどうかと聞かれたらちょっと違うかなぁ。それにダチの幼馴染だしさ」
チラッと俺を見た春斗。
「それがどうした。ただの幼馴染だろ」
「えーつまんねーのー」
何がだ。
「まぁ……姉ちゃんとは仲良いから家にはしょっちゅう来てるけど、俺とはほとんど喋らないし」
ふと春斗を見れば目がキラキラと輝きだした。その理由に気づいて話題を変えようとしたときにはすでに遅し。
「五十鈴さん!! かーわいーよなー!!」
春斗は【姉ちゃん】というワードに見事に食いついた。
「そういやオレ、イッセーのお姉さんって会ったことないかも」
「五十鈴さんね、超かわいい! 年上だけど超かわいーの!! かわいいしおっぱいもでかい! あ、この間駅前でぐーぜん会ったときも『はるちゃーん』って声かけてくれてさ――――」
姉ちゃんのことを熱く語る春斗に、スイがめずらしく若干引いているように見える。
どんだけ好きなんだよ。っていうか友達の幼馴染より友達の姉のことを好きなほうが気まずいだろう、普通。
あの姉ちゃんのどこに惹かれたのか……俺には理解できない。