003
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学校に着き校門をくぐると、明らかにいつもと違う雰囲気を醸し出していた。色で例えるならピンクや赤みたいな、そんな空気。
バレンタインデーなんてイベントがこの国で定着し始めたのは、俺にとってはまだ最近の出来事だ。たしか製菓会社の策略みたいな感じで始まったんだったっけ。
バレンタインデーというと、この国では女性が意中の男性にチョコを贈るのが定番だが、男性から女性に贈り物をする国もあったり、国によって異なるらしい。まぁこのイベントによって結ばれる男女が増えるのは、喜ばしいことだとは思う。だけどオレにとってはちょっと憂鬱だったりする。
人間から見て、いわゆるイケメンらしいオレは正直モテる。ラブレターもよく貰うし、現に今、下駄箱がとんでもないことになっている。気持ちはありがたいんだけど、オレは人間じゃないから誰の気持ちにもこたえてあげられない。それが申し訳ないし、彼女たちの気持ちを考えるといたたまれなくなる。
「うっわ、それどうすんのスイ?」
隣で見ているイッセーが軽く引くくらい、溢れかえるオレの下駄箱。
「どうしよっか……」
「さすがに鞄に入り切らないだろ」
「そうだね」
「スイがこんなにモテるなんて世も末ですわねぇ。絶対、一勢様のほうがかっこいいのに、見る目のない人間たちですわ! でも、私だけが一勢様のいいところを分かっていれば、私としてはそのほうが好都合ですけど!」
イッセーにくっつき肩から顔を覗かせているレンカは、オレがイッセーよりモテることに文句を言いつつも、その表情はどこか晴れ晴れとしていた。好きなやつのいいとこは自分だけが知ってればいいし、それを自分だけが知っているという優越感だろう。
オレがイッセーよりモテることに文句言いつつも、仮に一つでもイッセーの下駄箱にチョコが入っていようもんなら、嫉妬心丸出しで怒り狂っていたかもしれない。
「はよーっす! うおっ! スイ何それ!」
陽気な声とともにやってきた春斗もまた、オレの下駄箱を見てイッセーと同じく軽く引いている。
「おはよ。オレもびっくりしてたとこだよ」
「いやーお前さすがだな! ここまでくると羨ましいとか通り超すわ」
そう言って春斗は、リュックのように背負っていたスクールバッグから何かを取り出した。
「これ使う?」
春斗に手渡されたのは大きな袋だった。
「ありがと。助かるよ」
「春斗、何でそんな袋持ってんの?」
イッセーが不思議そうに尋ねると、
「えー? だってどんだけチョコ貰うか分かんないし、一応持ってきた!」
と、得意げに話す春斗。
「お前……今までそんなに貰ったことあったっけ?」
「……夢くらいみさせろい! 結果、役に立ったしいーじゃんかよ! なぁ? スイ!」
「うん。ありがと」
春斗がくれた袋のおかげで、なんとか下駄箱のチョコを回収出来た。
教室に向かう廊下で、レンカはきょろきょろと辺りを見回し、「ふっ」と勝ち誇ったように笑いをこぼした。イッセーは春斗と話していて気づいていない。
「どうかした?」
オレとイッセー以外の人間にレンカは見えていないので、前を向いたまま小さめの声でレンカに話しかければ、
「ふふふ。やはりどの女よりも私が一番、可愛いし、美しいですわ。つまり! 私が一番、一勢様にふさわしいということですわね!」
と、レンカは満足げに笑った。
なんかきょろきょろしてると思ったら、周りの女子たちを見てたわけね。
「そっか、よかったね」
レンカがうれしそうなのはいいんだけど、今日これからのことを考えるとオレは素直に喜べない。オレの予想では、今日イッセーにチョコを渡しに来そうな子が、少なからずいるからだ。オレはそのときレンカが何かしないように、注意を払っておかなくてはならない。
今朝、レンカの神使である真白が「今日のレンカは周りが見えていない可能性がある」と言っていたが、その可能性は非常に高い気がする。
教室に入ると、思っていた以上に早く、そのときはやってきてしまった。オレとイッセーは前後の席で、そこへ自分の机に鞄を置いた春斗がやってきて他愛のない話をしていると、一人の女生徒がオレたちのいるところへやってきた。
同じクラスの野瀬さんだ。
「おはよう。あのね、私、料理部なんだけど、昨日たくさんチョコ作ったからクラスのみんなに配ってたの。よかったらどうぞ」
野瀬さんは人当たりのいい笑顔で、一人ずつ手渡しでチョコを渡してくれた。
「おー! ありがと野瀬ちゃん!」
「……ありがとう」
「ありがと」
春斗、イッセー、オレの順番で手渡され、みんな次々とお礼を言った。
「ううん。あ、これクラスのみんなに配ってるし、本当にお返しとかはいいからね!」
クラスのみんなに配っているもので、見た目も中身もみんな一緒のもの。どうやら野瀬さんの本命は、ここにはいないらしい。まぁこれならレンカも大目に見てくれるだろう。
と、思ったオレが甘かった。
春斗と少し会話をして、野瀬さんがこの場を去ろうとしたときに、レンカはスッと手を出し野瀬さんの足元に向け、人差し指を動かした。その行動が意味することをよく知っているオレは、慌てて立ち上がった。
「きゃっ!」
野瀬さんは、いきなり何もないところでつまずき、思いっきり転びそうになったが、そのとき後ろにいたオレは、咄嗟に野瀬さんの腕を掴んで引き寄せた。
「大丈夫?」
「う、うん。大丈夫。ありがとう。何もないところでつまずくなんて恥ずかしい……」
野瀬さんはオレにお礼を言うと、顔を赤くしながら自分の席へ帰っていった。
さっきのは確実にレンカの仕業だ。
あれは神ならみんなが出来ることだから、オレはレンカの行動を見て何が起こるか予測できた。
悪いことをした人間に悪いことが起こると「バチが当たった」なんて言うけど、実際に神が悪いことをした人間を見つけたときに、ああやってお灸をすえることがある。
何もないところで転ばせたり、突き飛ばしたり……。
でも、野瀬さんは何も悪いことをしていないのにあんなことやっちゃいけない。
「レンカ、あれはダメだよ。あの子何もしてないでしょ」
オレは少し強めに言ったが、レンカは不服そうな顔でそっぽを向いた。
「次やったら強制送還だからね」
「…………ワカリマシタワ」
……棒読み。ほんとに分かってんのかな。




