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神様の水鏡  作者: 水月 尚花


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006

 006



「小生のとうもろこし……」

 眠りから覚めて開口一番、眠気まなこでとうもろこしを探すコハク。

「とうもろこしの夢でも見てたんですか?」

 千羽矢は優しく問いかけた。

「とうもろこしの夢って……」

 俺にはまったく想像がつかない。

「コハクはとうもろこしの実を一粒ずつ取って食べるのが好きなんです。手が小さいから上手ですよ」

「……そういうことか」

「おはよーコハク」

 スイは俺の陰になっていたコハクを覗きこんだ。

「おお! スイ! 来ていたのか!」

「うん。今日はありがとね」

「なんてことないぞ!」

「コハクのおかげでイッセー熱下がったって」

「当然だ! 小生にかかれば風邪なんてすぐに治るぞ!」

 コハクは勢いよくベッドの上で立ち上がった。



「では、一勢さんも良くなってきましたし、スイさんもお見えになられたので、私たちはそろそろ帰りましょうか」

「うむ。だがその前に、あれやるぞ!」

「ああ! そうでしたね」

 そう言って千羽矢は、机に置いてあった大きな漆の箱を持った。

「……あれって何?」

 俺が小声でスイに聞くと、

「見てれば分かるよ」

 と、一言だけ返ってきた。

 前にもどこかであったようなやり取りだが、俺は言われたとおりにコハクと千羽矢を見ていると、千羽矢は箱を開け、コハクがうちの台所から貰ってきたお菓子を取り出した。そしてその箱に入れられていた鍵をコハクに渡すと箱は空っぽになった。

「少し窓を開けさせていただいてもいいですか?」

 俺が承諾すると、千羽矢は俺のベッドから少し離れたところにある窓を半分ほど開けた。

「イッセー! お前も風邪が早く治るように祈っておけ!」

 コハクは千羽矢の手の平に乗り、鍵で俺を指した。

「……うん?」

「では行くぞ!」

 そう言ってコハクは鍵を鍵穴にさして左に回した。

 すると開いている窓から箱に集まってくるように風が吹いた。箱に吸い込まれるように入っていく風が止むと、箱の底から何か細かいものが擦れ合うような音を立てて何かが湧き上がってきた。

 俺が今朝、病院で処方された丸い錠剤のようなそれは色がついていて、今見える限りでは白と青と赤と黄色の四色ほどあった。

「なにあれ?」

平癒丸(へいゆがん)。このあたり一帯の、人の祈りを集めたものだよ」

「平癒丸?」

「えーっと……たしか白は治る確率の高い病気で、青は精神的な病気、赤はちょっと重い病気で黄色は皮膚病だったかな」

 スイは考え事をするように顎に手をやりながら話した。


 平癒丸で箱がいっぱいになると、千羽矢は箱にふたをした。ふたを閉め、コハクが鍵を百八十度右に回してから左に九十度戻せば、最初に鍵をさした位置に戻った。

 箱の中でじゃらじゃらと音を立てる平癒丸の音が止み、コハクが鍵を引き抜くと鍵のあとから、ビー玉くらいの大きさの丸くて真っ黒な珠が出てきた。光もなくどす黒い珠からはなんだか不気味さを感じる。

 コハクがその珠を手に取り千羽矢に渡すと、懐から白い巾着袋を取り出して入れた。

「終わったぞ!」

 コハクは鍵を千羽矢に渡した。

「ええ、これで一安心ですね」

「今はな……だが、言い忘れていたことがある」

 そう言うと、コハクは再び俺の太腿あたりに飛び乗り、俺と向かい合うと、今日初めて見るような真剣な顔を見せた。コハクがいきなり真剣な顔をしたため、俺は思わず背筋を伸ばした。


「小生は病気平癒の神だ。しかしながら、みなの病気を治してやれるわけではない。小生は人々の祈りを浄化し、遠くから見守ることしかできないのだ」

 コハクの声は落ち着いていて、さっきまでの元気さはなかった。コハクは腰の横に掛けられた神玉を、小さな手で握った。

「病は気から、と昔の方は上手に言ったものですが、本当にその通りでもあるんです。特に現代の人々は、精神の状態によっていろいろな病気を発病してしまう方がたくさんいます。時には気を強く持っていても、運命には逆らえないことだってありますが……」

 と、手に持っていた箱に目を落とした千羽矢。

 コハクは握っていた神玉から手を離し、その手で俺を指さした。

「今のうちに言っておくが……これからお前が人間であり続けるならば、大病にかかることだってあるかもしれない。だが、そこで気持ちが負ければ小生がいくら浄化しても、それは意味を成さないのだ…………だからな! 気持ちで負けてはいけないぞ! さすれば小生がいくらでも力を貸してやる!」

 途中まではシリアスな感じで話していたのに、最後には両手を腰にふんぞり返っているコハクを見て、俺は少し安心した。

「よかったね。心強い味方がいて」

「……うん。ありがとうコハク」

 言い慣れていないお礼を言うのが少し照れくさくて、俺が小さめの声でお礼を言うと、コハクは一瞬クリッとした目で俺を見て、すぐにふいっと横を向くと、

「小生はすごいからな!」

 とまた腰に手を当てた。



「さて、私たちは早くこれを浄化しなければいけないので行きますよ」

 千羽矢は巾着袋を、自分の顔のあたりまで持ち上げた。

「……そうだな」

「え? あれで終わりじゃないの?」

「ええ。これを神界に持って帰って、泉に入れるんです」

「泉に?」

「今は黒いですが、泉に入れると色が抜けてこの珠は消えるんです」

 そう言って巾着の中身を見せてくれた千羽矢。

 巾着の中にはすでにたくさんの黒い珠が入っていた。

「コハクの神界にある泉ってすっごい綺麗だよね」

 スイがそう言えばコハクは得意げに、

「そうだろう! イッセーも治ったら見に来るがよい! もてなしてやらんこともないぞ!」

 と、子供らしい無邪気な笑顔を浮かべた。



 翌日、ウソみたいに熱が引いた俺は、またいつもどおりの朝を迎えた。



 そして小さな神様は今日もまたどこかで、病気で苦しむ人や、その人を思いやる人の祈りを浄化しているのだろう。

 

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