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神様の水鏡  作者: 水月 尚花


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「で、調子はどうなの?」

「どうって……」

 ぶっちゃけ悪化したような気しかしないが、落ち込んでいる千羽矢を見ていると、間違ってもそんなことは言えない。

「熱計ってみれば?」

 俺が返答に困っていると、スイが机に置いてあった体温計を差し出した。俺は体温計を受け取り、脇に挟んだ。

 しばらくすると体温計から電子音が鳴り響いた。

「……三十七度五分……下がってる」

 俺は体温計に映った意外な数字を見た途端、少し気が楽になったように感じた。

「下がってるならよかったじゃん」

 スイがそう言うと、千羽矢は安心したように息を吐いた。


「コハクは理由もなく走り回ってたわけじゃないんです……多分」

 千羽矢が遠慮がちに口を開いた。

「走り回ってたんだ」

 スイはコハクを見て、その姿を想像したかのように笑った。

「理由って?」

「迷信ではありますが……汗をかけば熱が下がると言われているでしょう? もちろん、その方法が合う人と合わない人がいますが、コハクは今の一勢さんにその方法が合うと分かっていたんだと思うんです」

 だとすれば、走り回って部屋を荒らしたり、エアコンを必要以上に高い温度設定にしたのもそのせいだったのか。

「ずいぶんと荒療治だけど、おかげで早く治りそうだし結果オーライなんじゃない?」

 手を口元に軽く当てているスイは、笑いを耐えているように見えた。

「……まぁたしかに」


「あの!」

 突然、千羽矢がさっきよりも強く大きな声を上げ、俺とスイは反射的に千羽矢を見た。

「コハクのこと、嫌いにならないであげてくださいっ!」

「へっ?」

 俺は千羽矢の予想外の言葉に、気の抜けた声を出してしまった。

「えっと、その……俺、コハクのこと嫌いだなんて思ってないんだけど……」

「本当ですか!?」

「う、うん」

「よかった!」

 千羽矢は気が抜けたように床に座り込んだ。

「……私たちは昔から、あなたが体調を崩すとここに来ていたんです」

「え?」

 初耳だ。昔からっていつから!?

 昔から来ていたというのが気になったが、俯いてぽつりと弱弱しく、呟くように話し始めた千羽矢に聞くことは出来なかった。俺は疑問を飲み込み、千羽矢の話に耳を傾けた。

「ですが、十六になって神界に入るまでは、あなたには神も神使も見えなかった……だからコハクは、今日ここに来てあなたに自分の姿が見えて、触れられることが嬉しかったんですよ。まぁ、嬉しさのあまり、走り回っては数々のご迷惑をおかけしてしまいましたが……」

「コハクは結構イッセーのこと好きだもんね」

 スイの言葉に、俯いたままうなずいた千羽矢。

 好かれているのは嬉しいが、その中に少し照れくささもある。

「えっとさ……びっくりはしたけど、一人で寝てるよりは気が紛れたし……来てくれてよかったよ」

 気の利いたことは言えないが、俺は今、言葉に出して言える精一杯の気持ちを伝えると、顔を上げた千羽矢の目には涙が溜まっていた。

「そう言ってもらえてよかったです! もう二度と来るなとか言われるかと思ってー!!」

「言わないよ!」

 大きな声で叫ぶように話す千羽矢の声に、俺は耳を塞いだ。

 隣を見ると布団から頭だけ出しているコハクが目に入ったが、大きな声で話しているのに、相変わらず寝息を立てていた。



「あのさ……昔から来てたって……」

 俺はさっき飲み込んだ疑問が、喉の奥に引っかかったまま飲み込めなくて、どうしても気になってつい聞いてしまった。

「ああ、それね。オレは風邪だしほっといても大丈夫だと思ってたんだけど、イッセーが体調崩すたびにナミがコハクを呼べってうるさくってさ」

「ナミが?」

「そ、イッセーが生まれた日に芽が出た花あったでしょ?」 

「……うん」

「あれイッセーの体調と関係してるみたいでさ、イッセーが風邪ひいたりすると花も元気なくなるんだって」

「え!?」

「ま、微々たる変化だし、ナミ以外のヤツはすぐ気づかないよ。ナミは毎日見てるから見てすぐに分かるみたい」

「へぇー……」

 なんとなく恥ずかしくなってきて、これ以上聞きたくなくなってきたので話を変えようとしたが、肝心の話が思いつかず、その間にスイが話を続けた。

「ちなみに今日の朝、多分ナミここに来てるよ」

「はぁ!? 俺、会ってないけど」

「寝てたんじゃない? 今日もナミが最初に気づいてたし、ここまで様子見に来たんだと思うよ。朝、神界(あっち)に居なかったみたいだし」

「……まじか」

「まじまじ。ほんとみんな過保護だよねー」

 と、スイは冗談ぽく笑っているが、俺にとっては笑い事ではない。

 俺の知らないところでそんなことがあったなんて……みんなが知ってることを俺だけ知らなかったみたいな、そんな羞恥心にも似た感情が沸き上がってきた。

 聞かなきゃよかったかも……

 顔には出さないようにしても、どうしても恥ずかしさが尾を引き、俺はさり気なく顔を反らした。

 俺の目はそのまま自然と、窓から見える庭の中の小さな池へと向いたが、

「ん~……はっ! とうもろこしっ!」

 と、池を見て何か思う間もなく、小さなうめき声のあと、いきなり大きな寝言が聞こえ俺は思わず肩を揺らした。

 先程まで寝息を立てて寝ていたコハクは、大きな寝言を言ったあと自分の声で目が覚めたらしく、うっすらと目を開けた。

 っていうかとうもろこしって何……どんな夢見てたんだ。


 小さな神様が、短い眠りから目を覚ました。


 

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