003
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クッキーを食べ終えたコハクの腹はぷっくりと膨れていた。そしてコハクはその腹を撫でながら満足そうな顔をしている。
俺は近くにあるゴミ箱へ手を伸ばし、コハクの食べかすとクッキーの袋を捨てた。一安心したせいか頭がぼーっとしてきて俺は起こしていた上半身をベッドに沈めた。
コハクは俺の顔の横までくると、小さな手で軽く叩くように俺のおでこに触れた。
「ふむ。三十八度六分といったところだな」
「触っただけで分かるのか?」
「分かるぞ! 小生は小さくとも神だぞ!」
「へぇ、神様ってすごいなやっぱ」
「……本当か!?」
コハクの声が弾んだ。
「え?」
「小生はすごいのか!?」
俺は横目で自分の顔の横を見れば、キラキラした眼差しを向けるコハクと目が合った。
「うん……っていうか俺はてっきり『そうだろう! 小生はすごいのだぞ』とか言うのかと思ってたのに」
「まぁたしかに小生がすごいのは当たり前なのだから仕方のないことだがなっ!……ただ三千年間、誰もそんな風に言ってくれたことはないのだ」
褒められて喜んでいるコハクは、普通の子供と何ら変わりない。だけど神様である以上、出来て当たり前のことを褒めてくれる人なんていなかったんだろう。
「お待たせしました。お粥出来ましたよー」
千羽矢はお皿と水を乗せたお盆を片手で持ちながらドアを開けた。
「遅いぞ千羽矢! 早くよこせ!」
「これはコハクのじゃないですよ!?」
横になったのも束の間、俺はまた上半身を起こした。
「大丈夫ですか? 食べられます?」
千羽矢は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「うん、大丈夫。ありがと」
俺は千羽矢からお盆を受け取り足の上に置いた。
「……いただきます」
「お口に合うか分かりませんが……」
俺はまだ湯気が立っているお粥をスプーンで掬って二、三回息を吹きかけてから口に運んだ。口の中にちょうどいい加減の塩味が広がった。
「……おいしい」
思わず俺の口から洩れた素直な感想を聞くと、千羽矢は胸をなでおろした。
「よかったです。まぁほとんど一勢さんのお母様が、あらかじめ材料を用意してくれてあったんですけどね」
「でもきっと俺じゃこんな風には作れなかったよ」
俺はまた一口、お粥を口へ運んだ。
スプーンでお粥を掬っていると、俺の手元に向かってくるように感じる視線。その視線の先にはスプーンに乗ったお粥をまじまじと見つめているコハクがいた。
俺は十分に冷ましたお粥を、お盆の近くに座っていたコハクの口元へ持っていってみた。するとコハクはスプーンの上のお粥の山をかじるように一口食べた。お粥の山は少ししか欠けていないが、コハクの口は膨らんでいた。
「あっ! コハク! 何してるんですか!」
「お前が作ったにしてはなかなかうまいぞ」
口をもごもごさせながら話すコハク。
「本当にすいません! 小さいのに食い意地張ってて」
「ふん」
「いいよ。俺一人じゃちょっと多いし」
それにいくら食い意地が張っていても、コハクが食べられる量はそんなに多くはないだろうし。
俺はそのあとも数回、コハクにお粥を食べさせながら全部平らげた。
「さて、次はお薬ですね」
俺がお粥を食べ終わると、机に置かれていた小さな紙袋から薬を取り出した千羽矢。そして俺に水の入ったコップを渡すと、薬の袋を開け始めた。
「千羽矢、それを貸せ」
コハクが千羽矢に向かって手の平を上に向けた。
「これですか?」
千羽矢が自分の手の平に乗せた錠剤を見せると、コハクは力強くうなずいた。
「まかせておけ!」
「……大丈夫でしょうね?」
自信満々のコハクを疑いのまなざしで見つめる千羽矢に、俺はちょっと不安を感じた。
「菓子と粥の礼だ! それに薬は小生の得意分野だぞ!」
「得意分野?」
「小生は病気平癒の神だと言っただろう! それゆえ薬も小生と関わりが深いのだ!」
「そう言われてみれば……そっか」
病気と言えば薬は付き物のようなものだしな。
「変なことしないでくださいね」
千羽矢はしぶしぶといった感じで錠剤を二粒、コハクの手の平に乗せた。
コハクは手の平に乗せた錠剤を、もう片方の手で覆うように被せた。そしてそのまま何かを念じるように小さく唸りながら力み始めた。
「……何してるの?」
コハクが錠剤を持って何かを始めてから三分ほど経った。俺は小さな声で千羽矢に話しかけた。
「……さあ」
千羽矢も知らないみたいで不思議そうな顔でコハクを見ていた。
五分後――――
「よしっ! もういいぞ!」
そう言って汗を拭う仕草をするコハク。
俺はコハクから錠剤を受け取った。
「……これ、普通に飲んでいいの?」
「いや、飲まずに噛んでみろ!」
薬は普通、飲むものだが噛んでもいいのだろうか? 薬って苦いんじゃなかったっけ? さっき何かしてたのは味を変えてくれたとか?
いろいろ考えるところはあるが、熱が上がりそうで考えるのも面倒だし、俺はコハクの言うことに従い口に入れた錠剤を噛んでみた。
噛んだ直後は何の味も感じなかったが……
「っ!にがっっ!」
俺は口から鼻に抜けていく苦さにむせ返った。そんな俺を見て慌てた千羽矢が渡してくれた水を一気に飲んだ。
俺が涙目になりながらコハクを見れば、コハクはなぜか得意げに両手を腰に当てていた。
「良薬は口に苦しというだろう!」




