001 病は気から
001
「喉が腫れてるし熱も高いし、風邪ですね」
消毒くさい診察室に内科医の言葉が響く。内科医の前には、朝から怠くてフラフラしていたら病院に連れてこられた俺。
「あ、どうだった?」
「ただの風邪だって」
「そう。インフルエンザじゃなくてよかったわぁ」
診察を終えて待合室に戻ると母さんが料理雑誌を読みながら待っていた。
「あ、でも今日家に誰もいないから、母さん家にいようかしら?」
たしか母さんは今日友達約束があると言っていたような気かするが……
「いいよ別に。子供じゃあるまいし自分で出来るから」
別にちょっと放置されたからって、風邪くらいで死ぬわけでもないし。
「本当? 一勢は無頓着そうだから心配だわぁ」
「なんでだよ、そんな心配しなくても大丈夫だから行ってこれば?」
「えー本当に大丈夫なの?」
母さんはなんとなく納得のいかない顔をしていたが、受付のお姉さんに名前を呼ばれ話途中でお会計へ向かった。
「いーい? ちゃんと水分取るのよ? あとお薬もちゃんと飲むこと! お薬飲む前は少しでもご飯食べるのよ。あ、あと誰か来ても出ちゃだめよ? 熱もあるし、もしも変な人だったりしたら危ないから!」
結局、出かけることにした母さんは、出かける前にしつこいほど俺に言い聞かせた。っていうか一体俺をいくつだと思ってるんだ。
「じゃあ母さんなるべく早く帰ってくるから」
「うん」
母さんが俺の部屋から出ていくと部屋の中は一気に静かになった。しばらくして玄関の扉を閉める音が聞こえ、家の中はさらに静寂に包まれた。
静かすぎて寝れそうになかったが、目を閉じてみれば意外とすぐに俺の意識は沈んでいった。
俺の瞼のずっと奥のほうで映し出されているような映像が映った。そこは俺が一番最初に入った神界だった。橋の欄干からずっと続く川が見え、しばらく川を眺めたあと、ゆっくりと鳥居に向かって歩き始めた。
俺が見ている映像は俺の目で見ているはずなのに体は俺の意思ではなく、勝手に動いている。それでも俺は抗うことなく誰かに動かされるままに進んでいく。流れる川や風に揺れる木々の、自然が奏でる音だけが耳に届けられる。
俺の視覚映像は神殿までの道をゆっくりと、大木を見上げたり立ち止まって辺りを見回したりしている。
時間をかけ、ようやく神殿の前の門をくぐると俺の視覚は違和感を拾った。神殿は真ん中の大きな神殿しかなく、綺麗に咲いていた花々がなくなっていた。
『ナギ、ナミ?……茶々丸……スイ?』
俺は心の中で今ここにはいない人物の名前を一人一人、確認するように呼んでみたが、誰も現れないまま映像だけがどんどん進んでいく。
大きな土地にポツンと佇む立派な神殿がさみしそうに見えた。
神殿の扉の前で止まると観音開きの扉は緩やかに開いた。神殿に入っていくと開いていた扉はまた閉じていく。扉が完全に閉まると音がなくなり静寂に包まれた。
そのまま進んでいくと、丸いものが見えた。あれはスイに教えてもらった、すべての始まりでもある丸い輪だ。
しかし近づくにつれ、輪だけではないことが分かってきた。ちゃんと中身があるのだ。輪の真ん中にある小さい円は普通の鏡のように見えるが、その鏡の周りはまだはっきりと見えない。
もしかするとこれは、輪の中身が無くなる前か、もしくは再生したあとか。でも人間に生まれ変わった俺はまだ全知全能の神に戻るか決めていないし実際戻ってもいない。だとすると前世の俺がまだ全知全能の神だったころ?
どちらにしろ早く真実を確かめたくて、ゆっくり進む映像とは裏腹に焦る俺の心。
だが、もう少しで真ん中の鏡の周りが見える!と思った瞬間、コンコンとドアをノックする音が聞こえ、俺の意識はスッと浮上した。
目を薄っすら開けると自分の部屋の天井が見えた。寝起きでぼんやりしていると再びドアをノックする音が部屋に響いた。
「……母さん?」
もう帰ってきたのか?
俺はベッドに寝転んだまま視線だけドアへ向けた。
「あのー……すいません」
という男の人の声が聞こえ、遠慮がちにゆっくりと開いたドアから顔を覗かせたのは優しそうな顔をした男の人だった。知らない人のいきなりの訪問に驚いた俺は上半身だけ素早く起こした。
「……誰!?」
「だ、大丈夫です! 私たちはスイさんに頼まれて来たものですので!」
そう言いながらその人は片手を慌ただしく振っていた。
スイと聞いて俺が思い浮かべるスイという名前の人物は一人しかいない。
よく知っている名前が出てきたことにより少し冷静になった俺は落ち着いてその人を見てみた。少し長めの髪を束ね、着物のような服を着ていて手には箱を持っている。
「スイを知ってるってことは……神様?」
「いいえ。私はスイさんと同じく神使です」
「じゃあ、神様は――――」
「小生はここにいるぞ!」
どこからともなく小さな男の子のような高めの声が聞こえ、俺は首を動かして部屋中を見回した。しかしどこにも姿が見当たらず、ドアのところにいる神使の男の人を見ると困ったような笑顔を浮かべ、
「ここですよ」
と、自分の肩を指さした。
俺がその人の肩を見ていると、肩の上によじ登ってきたのは両耳の横で細長い団子のように髪を束ねた、人の肩に乗れるほど小さな男の子だった。




