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002

 

  一月十一日

  天神(あまがみ)家の朝は今日も平和だった。

  しかし一つだけ異変を感じた。いつもリビングに入ると漂ってくる朝食のにおいがしない。いや、正確にはにおいはするが、ご飯のおかずでもパンでもない不思議なにおい。気にはなるがその他変わった様子もないのでお茶を啜るじいちゃんの隣に腰を下ろす。


 「おお、おはよう一勢(いっせい)

  俺に気付いたじいちゃんは優しく微笑む。

 「んー……はよ」

 「誕生日くらいシャキッとせんか」

 「……あ」

  そういえば、今月誕生日だった。

  ふとカレンダーに目をやると、

 「なんだ、わしでも覚えとるくらい覚えやすい誕生日、忘れとったんか」

  じいちゃんは俺をからかうように笑った。

  悪かったな、老人以下の記憶力で。


 「お待たせー」

  さっきまで台所に居た母さんが、朝食が乗っているであろうお盆を持ってやって来た。俺とじいちゃんの前に置かれた器には、黒っぽい液体に浮かぶ白い物体。これ、なんだっけ?善哉?


 「今日は鏡開きの日でお餅がたくさんあったから、善哉にしてみたの! お雑煮はお正月に作ったばかりだから飽きちゃうと思って。たまにはいいでしょ」

 と、母さんはお茶を淹れながら、器の中身の正体を明かす。


  あ、善哉で合ってた!

  俺は最近あまり食べることがなかったこの食べ物の名前がどうしても思い出せなかったので、名前がはっきり分かってスッキリした。

  少し餡子の粒がついたお餅を口に入れると、口に中に甘さが広がった。


 「ねぇ一勢、今日のケーキはどんなのがいい?」

  それ、今聞く?

  別に甘いものが嫌いなわけじゃないが、特別好きでもない。だから甘さの種類は違っても、善哉を食べながらケーキを思い浮かべるのは、少々きつい。

 「……なんでもい――――」


 「チョコ!!」


 俺と母さんの会話を遮る声。

  ここからだと、床に散らばった茶髪のクルクルした髪の毛しか見えないが、じいちゃんの向かい側でコタツから頭だけ出して寝ていた姉ちゃんの声だ。

 「五十鈴(いすず)の誕生日はまだ先でしょ」

 「ぶぅぅー……チョコのが食べたいー」

 「いつもチョコ食べてるでしょ。今日はあなたのケーキじゃないんだからね!」

 「チョコのお菓子じゃなくて、チョコケーキがいいんだもんっ」

 姉ちゃんは“チョコケーキ”を強調して唇を尖らせている。

 「……いいよ、チョコで」

  今日のケーキに関しては俺に決定権がある。しかし特に希望もなかったので、俺はどうしてもチョコケーキが食べたいらしい姉ちゃんの意見を採用した。

 「やっったぁぁぁぁ!!」

  姉ちゃんは寝ころんだまま、俺の向かい側まで転がってきた。

 「もぅ、五十鈴ったら! 一勢、ほんとにいいの?」

 「うん」

 「そう、一勢がいいならチョコにするわ」

  若干ため息交じりの声で俺に最終確認をした母さんは、次の用事をするため部屋を後にした。


  残りの善哉を食べていると、コタツの中の姉ちゃんの足が俺の足を突っつき出した。そのうち止めるだろうと思い放置していたら、姉ちゃんは両足で俺の足を挟んだ。

 「……何してんだよ」

 「若さへの嫉妬ー。まだ十六なんてずるい! 分けろ!」

 「若さって……三つしか変わんないだろ」

 「高校生と大学生じゃ大きく違うの! 主に気持ち的に」

 「あっそ。っていうか足やめろ」

  俺がそう言うと意外とあっさり足を放してくれた姉ちゃんは、芋虫のようにコタツから這い出てきて机に顎を乗せた。


 「お姉ちゃんは今、とっても気分がいいです!」

 「は? それがなんだよ」

 「だーかーらー!! チョコケーキのお礼にー、優しい優しいお姉ちゃんが、誕生日プレゼントをあげようと思いまーす!! 何が欲しい?」

 「……いいよ別に」


 なんかあやしいし。


 「えーつまんなーい! あ……私は年齢的に普通に買えるし、え

っちぃ本でも平気だよ?」

  最後の部分だけ小さい声で聞いてくる姉ちゃん。どこをどう解釈したらそうなるのだろう。

 「誰がいつそんなもん欲しいって言ったんだよ!?」

 「いらないのー?」

 「だからいらないってば!」

 「巨乳がいい? ロリ? あ、女教師?」

 「聞いてた!? 人の話!」

  朝から何て話をしてくれてんだ。というか仮にもし、そういう類の物が欲しかったとしても姉ちゃんには頼まない。弟を何だと思ってるんだ。

 「もー照れ屋さんなんだからー」

  姉ちゃんは再び寝転んでコタツへ潜っていった。

  俺の隣では、じいちゃんが何事もなかったなかったかのように新聞を読んでいる。おそらく、さっきの俺と姉ちゃんの話は丸聞こえだったはずだが、聞こえないフリをしてくれていたのだろう。ちょっとはずかしい。ここに母さんが居なかったのが唯一の救いだ。






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