007
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俺の知るかぎり、朱い髪のヤツは一人しかいない。
よく知る人物を映した煙は、溶け込むように消えていった。
「なんでスイが?」
「さぁな。だが、こやつは恨みを晴らしに来たわけではないぞ」
「……じゃあ、うわさになってる呪い岩の金平糖は、全部スイが置いてたってことですか?」
「そうでもないぞ。本当に置きに来た人間は幾人もおる」
「それじゃあ呪いは……本物?」
「そうじゃのぅ、わらわが恨みを晴らしてやったこともあるな……わらわの手を煩わせるとは、まったく人間とは愚かしいものだ」
「…………それは、俺に否定出来ないですけど」
「……よりにもよって人間として生まれ変わってくるとは、物好きなやつよのぅ」
タタラはまぶたを押し上げ、瞳に影を落としていた睫毛が上を向き、その虚ろな瞳に俺を映した。
「楽しいか?」
「え?」
「人間は楽しいか?」
「楽しいか楽しくないかで聞かれれば……多分楽しくない、です。俺は」
「そうか。……しかしそれならば、神に戻れば済む話であろう?」
「それは……まだ出来ないです」
「何ゆえに?」
「俺はまだ、何も知らないから…………ナギとナミ以外の神様に会ったのも、今日が初めてなんです」
「お主、みなと会う気か?」
タタラの瞳がわずかに見開かれた。
「いや、あの……」
「何年かかると思うておる」
「え? 神様ってそんなにいるんですか?」
「お主は本当に何も知らぬようだな」
再び吐き出された煙が俺の横を通り過ぎた。さっきスイの姿が映っていた煙を思い出し、つい煙を目で追ってしまったが今回はただの白い煙だった。
「……わらわの事を教えてやろうか?」
煙が消えたあと、煙の代わりにタタラが吐き出した言葉は俺の聴覚に溶けるように入ってきた。祟り神のことを聞くのは少し怖い気もしたが、聞かなければいけない気がして、俺は静かにうなずいた。
「お主、神社とやらに行ったことはあるか?」
「……あんまりないです」
「神にも陰と陽のようなものが存在する。例えるなら神社の神は陽で、わらわのような神は陰じゃ」
「陰と陽……」
「陽の神にすがれば加護を受けるが、わらわのところにすがる人間は罪をつくりに来ているようなもの」
「罪をつくる?」
「人を呪わば穴二つ」
「……えっと」
「何のためにナギとナミがおると思うておる」
「因果応報……と輪廻応報?」
「そう、わらわにすがるまでもなく悪は悪、善は善となって人へ還るのが理」
「だから、罪をつくることになるんですか?」
「放っておけば還っていくものを、わらわにすがりに来ることで余計な業を背負うことになるであろう」
「……そういうことか!」
「相手がいくら悪人でもそれは変わらぬ」
悪いヤツがこっぴどく痛い目をみればいいと思う気持ちは俺にも分かる。でもそれはナギとナミが還してくれている以上、それ以上の報いを相手に受けさせた場合、祟り神にすがった人もその分また新たな報いを受けることになるのだ。
人間の世界もその点はわりと上手に出来ているのかもしれない。
「お主には、恨んでいる者はいないのか?」
「俺は……そこまで思った人は、まだいないです」
そりゃあ嫌な人は多少いても、呪ってやるとか祟ってやるとかそこまで物騒なこと思ったことはさすがにない。
「……わらわにはおるぞ」
「え?」
「祟っても祟り切れぬヤツが一人だけ」
祟り神が祟れない人って……
「その人は……」
タタラは煙管を口へ運ぶと深く息を吸って、一気に吐き出した。
そこに映ったのは――――
「お主じゃ」
タタラは、しばらく留まったままの煙に映る人物を虚ろながらも鋭い瞳で見つめていた。