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神様の水鏡  作者: 水月 尚花


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005

 

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「よしっ、これで全部か」

 俺はクラス全員分の重たい課題を持って教室を出た。放課後の廊下は人が多くて騒がしい。

 それが旧校舎に入ったとたんに一気に静かになったが、授業中とは違い、新校舎やグラウンドからの音が遠くのほうで聞こえている。

 社会科準備室へ課題を置いて廊下へ出ると、またあの岩が目に入った。今日はお供え物はないみたいだ。


 お供え物で思い出したのは昨日の光景。スイが和菓子を持っていくと、ナギがうれしそうに和菓子の袋を受け取って、そのまま茶室に案内してくれた。俺もナギが煎れてくれたお茶を飲みながら一つ饅頭をもらい、ナミは綺麗な花の形をした和菓子を食べずにじっと見つめていた。まぁ一番喜んでたのは、目の前に豆大福を積み上げていた茶々丸だった気もしなくもないが……


 窓の外を見ていると、バットにボールが当たったときの軽快な音がして、俺が立っていた窓の近くにボール落ちたのが見えた。何気に窓を開けると、慌てて走ってくる野球部員に「ボール見ませんでしたか?」と聞かれたので俺は「あっち」と指差して教えた。野球部音はあっという間にボールを見つけ、帽子を取って俺にお礼を言うと颯爽と走り去っていった。

 野球部員を見送った俺は、声にならない嗚咽のような音が聞こえ窓を閉めかけていた手を止めた。旧校舎が静かなため、かろうじて聞こえるくらいの声。恐る恐る窓から顔だけ出して見ると、旧校舎の建物の角からスカートの裾が見えた。おそらく告白して振られたとかそういう類だろう。気づかれてもめんどくさいので俺は窓を閉めようとした。

 が、タイミングがいいのか悪いのか校舎の角から顔を出した女生徒とバッチリ目が合ってしまった。その目には涙が溜まっていた。

「……気にしないでください!!」

 俺と目が合って驚いたあと、そう叫んだ女生徒はまた校舎の角に隠れてしまった。


 向こうが気にしなくていいという以上、気にしなくてもいいんだろう。しかしさっきの女生徒のどこか切羽詰まった表情が離れない。めんどくさい反面、放っていくのも気が引ける。

 旧校舎の一階から外に出てみると、壁を背にうずくまっている女生徒が居た。


「あの……」

 俺が声をかけるとビクッと肩を揺らし、顔を上げた女生徒は泣きはらした赤い目をしていた。


 声をかけたことにより彼女と話すことになった俺。今のところ分かったのは彼女の名前は寺井由希乃、同じ一年で二つ隣のクラスということだけ。

「で、寺井さんはここで何してたの?」

 とりあえず話だけ聞いて帰ろうと思った俺が本題を切り出すと、言葉に詰まった寺井さんは俯いてしまった。

 うずくまっている寺井さんの隣で立っている俺には、彼女の表情は見えない。黙りこくってしまった寺井さんに、これ以上下手なことを言えないと思った俺は話し出すまで待つことにした。


「……謝ってこいって」

 二、三分後、寺井さんは蚊の鳴くような声で話し出した。

「え?」

「タタラさんに謝ってこいって、言われたの」

「タタラさんって……あの岩?」

 寺井さんは静かに頷いた。

「謝るってなんかしたの?」

「私、何にもしてないの!」

「じゃあ」

「私ね……いじめられてるの」

「もしかして、それで?」

 寺井さんは左右に首を振った。

 彼女の話によると、少しふくよかな体型のため、同じクラスの女子四人にからかわれたり、悪口を言われたりしているらしい。そして昨日、今日たて続けに、彼女をいじめていた四人のうち二人が怪我をした。一人は階段から落ちて捻挫、もう一人は交通事故で骨折。

 そこへもってクラスの誰かが呪い岩に置かれていたお供え物を見たという話が広まり、いじめていたうちの二人に犯人にされてしまったのだ。そして自分たちの身を案じた二人は、タタラさんに呪いを撤回してもらうように言ってこいと有無を言わさず寺井さんに金平糖を渡したのだ。


「でもそれってさ……自分たちがいじめてる自覚があるってことだよな」

 だから次は自分の番かも、という行き場のない恐怖の矛先が彼女に向かったのだろう。

「たしかにあの四人は嫌いだけど、私絶対やってないのに……」

 寺井さんは両手で顔を覆ってまた泣き出してしまった。


 このままここに居ても何も解決はしないので、俺はある決断をした。

「それ貸して」

 俺は寺井さんが持っていた金平糖の入った瓶に手を伸ばした。

「え? どうして?」

「寺井さんはやってないんでしょ? それ置いてくるくらいなら俺がやっとくよ」

「……いいの?」

「うん。だから寺井さんは帰りなよ」

 寺井さんは少し戸惑いながらも俺に金平糖を渡した。


 俺は『呪い岩のタタラさん』なんてあんまり信じていない。きっとよくある都市伝説や学園七不思議のようなものだろう。だから俺が金平糖を置いてくるだけで解決するなら、と引き受けたのだ。

 さっさと置いてきて帰ろう。


 春斗に話を聞いたときは、胡散臭さは感じたものの出来れば近寄りたくなかったが、近くで見ると本当になんてことないただの岩だった。こんな普通の岩のどこが呪い岩だ。

 岩の前に金平糖を置いたあと、呪い岩と呼ばれるその岩にかけられている注連縄が斜めにずれていること気づいた俺は、何気なく縄に触れた。


 縄に触れた瞬間、縄に触れている手に言い知れぬ違和感を感じて咄嗟に手を離そうとした。しかし縄から手を離そうと頭では思っているのに体が動いてくれず、どれだけ脳が「離せ!」と指令を出しても体は微動だにしない。起きたまま金縛りにあっているような状態になってしまった。

 

 そうしているうちに視界の淵から黒が浸透してきて、またたく間に目の前が真っ暗になった。



 

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