004
004
「今日寄りたいとこあるんだけど、ちょっと付き合ってくんない?」
「うん……?」
放課後、寄り道に誘われた俺は特に用もなかったし、今日は家に帰ってもずっと同じことを考えているだけだろうと思い、誘われるがままスイに着いていった。
途中でいつもは通らない道に曲がり、駅前の商店街へ出た。
「どこ行くんだよ?」
「ここ」
スイが立ち止ったのは、老舗のような雰囲気を醸し出す和菓子屋さんの前だった。和菓子屋さんに入ると独特のにおいが鼻をかすめた。
店に入るとすぐに、和菓子が綺麗にディスプレイされているカウンターの奥から、バンダナを巻いた和菓子職人らしきおじさんが出てきた。
「いらっしゃい! お、今日はお友達と一緒かい?」
おじさんと目が合った俺は軽く挨拶をした。
「そうだよ。あれ? 今日おばさんは?」
「あー今ちょうど買い物に出てってな。あいつ兄ちゃんのこと気に入ってるから残念がるなぁー」
「そりゃどうも。入れ違いだったんだね」
会話からしてスイはおじさんと顔見知りらしい。
「今日もいつものでいいかい?」
「うん。あとこれとこれもよろしくー」
「あいよ」
おじさんは豆大福を十個と綺麗な花の形をした和菓子を二個、串団子を十本とお饅頭を十個取り出した。おじさんが大量の和菓子を包んでいるのを見て、俺は声を小さくしてスイに話しかけた。
「豆大福はだいたい誰のか察しがつくけど、あんなにたくさん誰が食べるんだよ?」
「茶々丸。ナギとナミがそんなモリモリ食べると思う?」
「……思わない」
あんまり想像出来ないし、したくない。
「いつもありがとなー」
「ここの和菓子すっげぇ気に入ってるヤツがいるからね。あ、もちろん俺も好きだよ」
「うれしいこと言ってくれるねぇ」
「じゃ、また来るからおばさんにもよろしく言っといて」
「おぅ! 気を付けてな!」
和菓子を包み終えたおじさんはわざわざ外まで出てきて気持ちよく送り出してくれた。
「さっきの和菓子屋さん、よく行ってんの?」
「うん。茶々丸はめんどくさがってあんまり自分で買いに来ないからね」
「買いにって……茶々丸って人間の姿になれんの?」
「なれるよ。神使っていうのは読んで字のごとく、神の使いだからね。神に使わされて人間の姿で人間の元へ行ったりも出来るんだよ。まぁほとんどの神使が人間に見えないように姿を隠してるんだけどね」
「……その原理で行くと、スイも姿隠せるってこと?」
「まぁね。でも今のイッセーは人間だし、オレの場合は隠す必要ないじゃん?」
スイはそう言って笑っているが、俺はなんとなく申し訳ないような気持ちになった。
商店街からまっすぐ俺の家に向かい、着いてからそのまま庭へ向かった。そして池の前まで来たのはいいが……
「あのさ、スイ……」
俺は池の水面とにらめっこをしている。よくよく考えたら昨日はスイに落とされて不可抗力で落ちたので、どうすればいいのか分からなかった。
「普通に水の上歩くように足入れれば入れるよ」
「ほんとだろうな」
「ほんとほんと。じゃ、お先にー」
スイはふわっと水面に足をつけ、そのまま水の中に消えていった。
俺もマネをするように、目を瞑って恐る恐る足をつけ、次に目を開けたときには昨日と同じ橋の上だった。
「ほらね?」
橋の欄干に腰かけていた待っていたスイと歩いて神殿へ向かった。
歩き出してすぐ、「オレ飛べるし運んでってあげよっか?」とスイに聞かれ、飛んでいくほうが楽だとは思ったが若干のプライドが許さなかったので断った。
「これさ、ほとんど茶々丸が食べちゃうんだけど、ほんとはナギとナミのお供え物みたいなものなんだよ」
スイは歩きながら和菓子の入った袋を軽く持ち上げた。
「お供え物?」
「そ。恋愛とか学業とか交通安全の神なんかはいろんな神社に祀られてるでしょ? 人間の世界にある神社には、その神の式神とか神使がいるんだよ。だからそこで供えてもらったものや参拝者の願いを、そいつらが神のもとへ届けてる。けど、あの二人の社はあっちにないから」
たしかに因果応報と輪廻応報の神様がいる神社なんて聞いたことがない。
「……それはつまり、お供え物をしてくれる人がいないってことだよな?」
「そういうことになるね。別にナギもナミも見返りなんて求めてないけど、何にもないのもなーって思ってさ」
「ナギとナミも神様であることに変わりないもんな」
昨日、空が水面みたいになっていた光景を思い出して空を見上げた。
「この話、二人には内緒ね? オレや、たまーに茶々丸が勝手にやってることだから」
「……分かった」
神殿に近づくにつれ聞こえてきた笛の音。耳を澄まして聞いてみると、昨日とはメロディが違うような気がした。
「これ、昨日とは違うよな?」
「これはナギが趣味で吹いてるんだよ。ナギは何でも吹けちゃうからね」
「へぇ、すごいな」
「当たり前じゃん、笛歴三千年だよ?」
「笛歴三千年て……でも言われてみれば、そういうことになるな」
俺とスイが門の前まで来ると笛の音はピタッと止み、門が開いた。
「ただいまー」とスイが入っていけば、ナギの「おかえり」と茶々丸の「大福よこせ!」という声が重なって聞こえた。茶々丸はスイの持っている袋に向かってピョンッと飛んだが、スイが袋をひょいッと上に持ち上げたため、袋を取れずに着地した。
「あっ! テメー!」
「テメーって誰ですかー?」
スイに文句を言う茶々丸に、スイは袋をひらひらさせながら揶揄うように笑っている。それに腹を立てたのか、結果は同じなのに懲りずに袋を奪おうとする茶々丸。
その光景を苦笑いで見ていたナギが制止するまで、茶々丸の無謀な挑戦は続いた。