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003

 


 003


 今日は朝から調子が狂いっぱなしで、自分が自分ではないような感じかする。正確には昨日からおかしいのかもしれない。昨日、自分の家の庭にある池に落ちて、そしたらそこが神界で、神様がいて神使がいて。そこで自分が全知全能の神の生まれ変わりで、今の俺に神に戻る力があって、だけど神に戻れば世界と神々が消えるって教えられて……目の前の朱い髪のヤツは俺の神使で……正直、まだどこか遠い国の話のような気がしている。


「天神ー、資料忘れちゃったんだけどー先生取りに行くのめんどくさいし、お前よそ見してたから社会科準備室から資料取って来て」

 やる気があるのかないのか分からない若い社会科教師の間延びした声に、教室中から笑いが漏れた。言われたとおり授業中によそ見していた俺は、短いため息を吐いて席を立った。

「いってらっしゃーい」

 ひらひらと手を振り見送るスイに、俺は恨めし気な視線を送ってやった。


 社会科準備室は渡り廊下で繋がっている旧校舎にあり、教室のある新校舎からは結構離れている。

 教室から出ると廊下には誰もいなくて、時折り各教室からくぐもった声が漏れてくる。授業中の教室と廊下は別の世界みたいだ。この世界と神界も例えるならこんな感じなのかな、なんてまた昨日のことを思い出した俺は、今日何度目か分からない考え事を始めた。そのままぼんやり歩いていると廊下と渡り廊下を隔てる扉の隙間から、微妙に入ってくる冷気を感じて我に返った。

 教室を出た時も少しひんやりしたが、外の空気に晒された渡り廊下はさらに寒くて自然と足を速めた。

 旧校舎は新校舎より日当たりが悪くて昼間でも少し暗い。授業では滅多に使われない旧校舎は静まり返っていて、なんだか気味が悪かった。またさらに別の世界に来たみたいだ。

 社会科準備室は旧校舎の一階にある。渡り廊下は二階と繋がっているため、階段を下りなければいけない。少しでも長居したくなかった俺は階段を駆け下りた。

 初めて入る社会科準備室は少し埃っぽかった。物置き小屋のように段ボールなどが無造作に置かれていて、それを避けて奥にある机に乗せてあった資料を抱えて廊下に出ると、窓の向こうに広がる裏山が目に入った。

 野生の動物でも住んでいそうな裏山の入口あたりに注連縄が巻かれた岩があり、その岩の前にはお供え物のようなものが置かれていた。なぜかそれが気になって窓に近づいてみても、ここからはよく見えなかった。

 早く教室に帰りたかったはずが、まじまじとその岩を見てしまっていた。

しばらくして腕に抱えていた資料が数冊滑り落ち、本来の目的を思い出した俺は慌てて教室に戻ったが、

「遅いぞー迷ってたのかー? まぁいいけど、遅かったから明日もお前が課題集めて準備室に持って来いよー」

 と、怒られはしなかったが、また新たな仕事を押し付けられた。

「結構遅かったけど、イッセーほんとに迷ってたの?」

 頬杖をつきながらうっすらと笑みを浮かべるスイ。

「……迷ってない」

「ふーん」

 俺はまた短いため息を吐いて席に着いた。



「裏山の岩ぁ? あー! あの縄かかってるやつ?」

 焼きそばパンを口いっぱいに頬張り、もごもごと話す春斗。

 昼休み、俺は女子に呼び出されたスイが居なくなったのを見計らい、春斗にあの岩のことを聞いてみた。昨日のこともあり、なんとなくスイには聞きづらかったのだ。

「うん。社会科準備室から見えたんだけど縄かかってたし、何かと思って」

 春斗は頬張っていたパンをごくんと飲み込んだ。

「お前知らねーの?」

「春斗は知ってたのか?」

「おぅ! あれ結構有名よ?」

「有名? 何で?」

「えーっと、たしか……“呪い岩”のタタラさん!」

「呪い岩? お供え物みたいなの置いてあったけど? なんでそんなとこに……」

「えー!? まじで!? それヤバくない!?」

「だから何がだよ」

「んーとねぇ……俺が聞いた話によると、むかーし昔に無念の死を遂げた女の怨霊があの岩に封じ込められててー……んであの岩の前に金平糖をお供えするとその人の恨みを晴らしてくれるって言われてるらしい! お供えされてたのって金平糖だった!?」

「いや、そこまではっきり見えなかったけど」

「けど呪い岩の前のお供え物なら金平糖の可能性高くね? うーわぁ……タタラさんまじだったんかぁ!!」

「……まだ分かんないだろ」

「そうじゃん! 明日課題持ってくついでに見てこれば?」

 いいことを思いついたと言わんばかりの顔をしている春斗。しかし俺からすれば何もいいことではない。

「なんでだよ、めんどくさい」

 何より怨霊なんて聞いたらそれがウソだったとしても、気持ち的には行きたくない。 

「えーつまんねーのー」

「じゃあ春斗が行けば?」

「やだよ。なんかこえーもん」

 正直なヤツだな。っていうか自分は怖いのに人に行かせようとしてたのかコイツは。

「多分、なんもねーのは分かってんだけどさー」

 春斗はそう付け加えて、パックのジュースを勢いよく啜る。

「まぁ、よくある都市伝説的なもんな気がするよな」

「そうそう、それそれ! あ、そういえばさー……――――――」

 そこから話題は別のことに移り、途中でスイも戻ってきてまた話題が変わっていき、話はころころと流れていった。


 

 それにしても……呪い岩のお供えものが金平糖ってどうなの。呪いとかお願いするときって、もっと厳ついお供え物のイメージだったんだけど。漫画だったかテレビだったか忘れたけど、呪いにはそれ相応の何らかの対価が必要だと言っていた気がする。例えば髪の毛とか血とか、なんかの骨みたいな。それが金平糖なんていう可愛らしい食べ物な時点で、もう胡散臭さしかない。

 でも岩の正体が分かってどこかスッキリした俺は、弁当箱に残っていた卵焼きを口へ放り込んだ。




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