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001 触らぬ神に祟りなし

 


 001


  ――――タタラさん、タタラさん。私の恨みを晴らしてください……





 俺が全知全能の神の生まれ変わりだという、とんでもない真実を知ってしまった次の日も、いつもどおり朝は訪れた。

 いや、昨日よりいつもどおりかもしれない。朝食はご飯とみそ汁と焼き魚とお浸しという和食メニューだし、昨日は雪で早めに出勤していた父さんも今日はゆっくり新聞を読んでいる。他の家族もいつもとだいたい同じことをしていた。

 一つ決定的に違うのは、もうすぐニュースが始まる時間だというのに俺がまだ悠長にご飯を食べているということ。

 そしてニュースが始まってからも動くことなくテレビを見ていたが、相変わらずロクでもないニュースばっかりで少し逃げたい気持ちになった。去年の自殺者数、どこかの国の戦争がどうとか、未知の感染症が確認されたとか、南極の氷が解けてるとか、記録的豪雪とか……

 根拠のない罪悪感から根拠のある罪悪感に変わっただけで、罪悪感が消えたわけじゃない。俺はブレザーのポケットに入っている神玉を握りしめた。


「一勢君や」

 俺が気持ち半分にテレビを見ていると、向かい側でいつものようにコタツから頭だけ出して寝ている姉ちゃんの声がした。

「何?」

「学校楽しい?」

「は?」

「いじめられてない?」

「何の話だよ」

「ほらー今テレビでやってたじゃん! いじめられてること家族に言えなくて自殺しちゃった子もいるって!」

「……それと俺がなんの関係があるんだよ」

 姉ちゃんはコタツから出てきて顎を机に乗せた。

「もしもいじめられたらお姉ちゃんに言うんだよ! ぼっこぼこにしてやるんだから!」

 別に俺がいじめられているわけでも、いじめられたと言ったわけでもないのに目がすわっている姉ちゃん。

「そうだぞ一勢。もしそんなことがあったら、ちゃんと言うんだぞ」

 姉ちゃんの話を聞いていたらしい父さんまで話に混ざってきた。

 俺はそんなにいじめられているように見えるのだろうか。っていうか高校生にもなって誰かをいじめてるやつなんてあんまりいないと思うけど。まぁ世の中にはいるんだろうけど、少なくとも俺の周りにはいないから、いまいちピンとこない。

 心配してくれているのは分かるが、俺はなんとなく居づらくて部屋を出た。


  「あら、今日はゆっくりなのね」

 玄関で靴を履いていると洗濯物を干し終え、空のカゴを持った母さんが俺の後ろを通りがかった。

「忘れ物ない? お弁当持った? あ、教科書は?」

 俺の周りをうろうろしながらいつも聞かないことを聞き、やたらと世話をやく母さん。

「忘れ物なんてないよ。なに急に」

「いつもより時間遅いから一応確認したの! いつもと違うことをすると、何か忘れてたりすることってあるでしょ?」

「そういうことか」

 俺は鞄を持って立ち上がった。

「まぁ大丈夫ならいいわ! いってらっしゃい」

「んー……いってきます」

 玄関のドアを開けると同時に、後ろで母さんがカゴを落とした。その音に少しびっくりして振り返ると、慌ててカゴを拾っている母さんがいた。

「……なにしてんの?」

「急に、一勢が久しぶりにいってきますって言ってくれたから、ちょっとびっくりしちゃったわ」

 と、母さんはうれしそうにはにかんでいた。

「っ! あっそ」

 無意識に『いってきます』と言ってしまった俺は、何だか気恥ずかしくて逃げるように玄関を出た。


 今日も家から学校までの見慣れた道を歩く。が、今日はある意味で見慣れたおばさんと出くわした。俺の家からは少し離れた場所に住んでいるこのおばさんは、うわさ話が大好きでよく近所を徘徊している。

「おはようございます」

 俺は引きつり気味の笑顔を作って挨拶をした。

「まあまあ! 天神さん家の子ねぇー大きくなって」

 立ち止まると面倒なことになりそうだったので、軽く会釈をして通り過ぎた。


 小学生の頃、希実と通っていた習字教室の帰りに初めてあのおばさんに出くわした。希実はおばさんに挨拶をしていたが、俺にとっては知らないおばさんだったので俺は何も言わなかった。

 そのとき希実に、

「あのおばさんには挨拶したほうがいいよ。あそこの家の子は挨拶も出来ないとか悪口言われちゃうんだから」

 と教えられた。

 もちろん俺だって、知ってるおじさんやおばさんには一応挨拶はしていた。なのに、なんで知らないおばさんに挨拶しなかっただけでそんなこと言われなきゃいけないんだと、そのとき思った。

「なんで? 知らない人だよ?」

「一勢が知らなくても向こうは知ってるんだよ! 私だってあの人のことあんまり知らないもん」

 正直、子供ながらにゾッとしたのを覚えている。学校とかそういう組織の中ならまだしも、知らない人に一方的に知られてて見られているなんて気持ち悪い以外のなにものでもなかった。

 きっとあのとき希実に聞いていなかったら、今でもあのおばさんに挨拶をしていなかったかもしれない。その場合「あそこの子は常識がない」とか「悪い友達でもいるんじゃないか」とかあらぬことを言いたい放題言われていただろう。

 気持ち悪いし、めんどくさい。俺の中であのおばさんの印象は最悪なのだ。

 朝から嫌な人に会ってしまった。


 やっぱり明日からまた、登校時間早くしようかな……


 


 一度でも嫌な思いをすると、何でもすぐにそこで諦めたくなって、結局いつも全力出す前にやめる。別にそれでも今まで生きてこれたし、これからもきっとそれで生きていける。でも、それでは俺の世界は何も変わらない気がした。現時点で変えたいと思っているわけではないけど「このままではダメだ」「何かしなきゃ」と、どこか俺の本能的な部分がそう言っている気がする。どうやって行動していけばいいいのか、まだ全然分からないけど。

 

 だけど、ただ一つだけ確実に変わったものもある。いや、この場合は変えられたものというほうが正しいかもしれない。

 

 自分の意思で変わったわけではないが、たった一日で俺の意識は明らかに昨日までとは向いている方向が変わったのだ。昨日まで毎日の習慣みたいなものだったのに、何を考えながら登校していたのか、今の意識に上書きされてほとんど思い出せないほど影響を受けている。


 周りは何も変わってないのに、俺の世界だけ一瞬でガラリと変わってしまったと思えるほど、俺の中での大きな変化。それなのに、多少の戸惑いはあっても意外とそこまで動じていない自分がいる。


 もう昨日までの俺に戻ることは一生無理だと、そうはっきり言い切れる。俺は生まれてから十六年経つのに、まるで今からこの世界で生きるような感覚でここに立っている気がした。










 



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