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  電車はポツポツと空席があり、空いている席に腰をかけた。膝に父さんに頼まれた書類の入った封筒を乗せ、背を預けた瞬間、

 「……やっぱり一勢だ」

  隣から、聞き覚えのある声が聞こえた。

 「え……なんだ、希実(のぞみ)か」

 「なんだって何よ? 何かどっかで見たことあると思ったら、まさかあんただったとはね」

 「悪かったな、俺で」

  同じ駅から乗ってきて、偶然、俺の隣に座ったのは幼馴染みの希実だった。

 「あんた、どこで降りるの?」

 「楓が丘」

 「じゃあ、私の一駅前だ」

 「ふぅん」

 「おじさんの会社行くんでしょ?」

 「……なんで分かったんだよ?」

 「それ」

  希実は、俺の膝の上の封筒を小さく指さした。

  これで分かったのか。相変わらず、なんていうか……目ざといな。

 「そういうお前は何しに行くんだよ」

 「私? 私は買い物よ」

 「一人で? めずらしいな」

 「そうでもないけど? 私、買い物は一人でゆっくりしたい派なの」

 「へぇ……女子って、何かにつけてつるんでんだと思ってた」

 「なによそれ……まぁ、分からなくもないけど……一緒にしないでよね!」

 「あーはいはい」

  俺が適当に返すと、希実は少しだけ怒り気味に「もうっ」と漏らした。

  それからしばらく沈黙が続いたが、だいたい昔からこんな感じだから、俺も希実も慣れっこだ。携帯見たり、窓の外の景色を見たり、各々違う行動を取っている。

  “次は楓が丘ー、楓が丘ー”

  俺は携帯を弄っていたが、降車駅の名前が車内アナウンスで流れ、反射的に顔を上げた。

  あ、次か。案外、早かったな。

  電車が減速し始めたころ、椅子に預けていた背を起こした。

  駅を目前にして、立ち上がろうとしたとき、

 「ねぇ」

  希実の声が聞こえた。

 「なんだよ?」

 「あんたさ、何かあったの?」

 「は?」

 「今日も思ったけど、ここ二、三日、教室でもあんまり元気ないように見えたけど?」

 「……気のせいだろ」

 「ならいいけど。じゃあね」

  ……びっくりした。まさか、希実にまで気づかれてたなんて。そんなに隠しきれてなかったのか?

  俺は電車を降りたあと、外の空気を吸い込み、一気に吐き出した。



  一応、駅構内の地図で父さんの勤め先の会社の場所を確認して駅を出ると、いつもと違う景色が広がった。いくつもビルが立ち並んでいるオフィス街。高校生の生活とはかけ離れた場所に、少し新鮮さを覚えた。

  ここ、真っ直ぐだったよな?

  俺は周りの建物を確認して、頭の中で地図を思い出しながら、足を進めた。

  あ、あれかも!

  社名の看板が見えてきた。看板の前までたどり着くと、意外とすぐに見つかったのはよかったのだが、想像していたよりも大きな建物で、なぜか妙に緊張がしてきた。道からビルまで結構な距離があり、その間はちょっとした公園みたいになっていて、昼食を食べているOLさんたちがちらほらと見受けられる。

  ここって……もしかして、結構な大企業だったりすんのかな?

  俺はとりあえず、目立たないように少しだけ遠慮気味に敷地に足を踏み入れ、父さんに電話をかけた。

  三、四回コール音が鳴ったあと、

 『もしもし? もう着いたのか?』

  携帯から父さんの声が聞こえて、少しホッとした。

 「うん」

 『今どのへんにいるんだ?』

 「道からちょっと入ったとこ」

 『分かった。すぐ行くからそこで待っててくれ』

 「うん」

  電話を切ったあと、改めて会社の風景を見てみると、なんだか別世界にいるみたいに感じた。お弁当を食べたり、話をしたりという行為自体は同じなのに、高校生と社会人では何か雰囲気が違う。やっぱり大人、だからなのかな。

  ぼんやりと景色を眺めていると、会社の建物から小走りで出てきた父さんが目に入った。でも、場所が場所だからか、いつもと違う人のように見えた。スーツを着てる姿なんて何度も見たことがあるし、見慣れてるのに、家で見るのとはまるで雰囲気が違う。

 「おーごめんごめん! 待たせたな」

  父さんは、軽く息を切らしていた。

 「そんな急いで来なくてもよかったのに……はい、これ」

  俺は、家に置き去りにされていた封筒を手渡した。

 「おーこれこれ! ありがとな。そういや一勢、お昼食べて来たのか?」

 「……ここ来る前に食べた」

  朝ご飯だけど。

 「そうか。ジュースでも飲んでくか?」

 「え、あ……うん」

  一瞬、この慣れない雰囲気から早く抜け出したくて断ろうとしたが、それではせっかくのチャンスを無くしてしまうということに気が付き、うなずいた。

  父さんは俺に二千円とジュースの小銭を渡した。二千円は電車代と封筒を届けたお礼だと、おこずかいとして俺にくれた。

  二千円は財布に仕舞い、自販機でジュースを買って父さんがいるところへ戻ると、膝にお弁当箱を乗せていた。

 「いつも外でお昼食べんの?」

 「いや、いつもは自分のデスクが多いけど、今日は会議前だからかなんとなく空気が張りつめてるから、外で食べようと思ってな。ちょうどお前も来るから話相手もいることだし」

 「ふぅん……喧嘩してても、ちゃんとお弁当作ってくれたんだ、母さん」

  父さんが開けたお弁当箱の中身を見て、思わず思っていたことをボソッとつぶやいてしまった。

  やばい、聞こえたかな? こんな切り出し方するつもりじゃなかったのに……

 「そうなんだよ…………って、え? 気づいてたのか!?」

  聞こえてたみたいだ。こうなったら仕方ない。

 「うん。二人の空気明らかに違ったし」

 「子供ってそういうの敏感なんだな、やっぱり」

 「俺だけじゃなくて、じいちゃんと姉ちゃんも知ってるよ」

 「隠せないもんだなぁ。考えてもみたら一つ屋根の下に住んでてバレないほうがおかしいか」

 「うん」

 「「………………」」

  会話が途切れ、俺はそれを紛らわすようにジュースを飲み、父さんも少しお弁当に手を付けた。

 「……理由」

  静寂を遠慮がちに切るように、父さんが小さな声でつぶやいた。

 「ん?」

 「みんな、喧嘩の理由は知ってるのか?」

 「え、あぁー……たぶん、なんとなくは……」

  言いづらかったが、ウソをつくのも気が引けて、俺はやんわりと本当のことを言った。

 「そうか」

 「でも俺も姉ちゃんもじいちゃんも、父さんのこと疑ってはないんだ」

 「それはありがたいけど……肝心の母さんがなぁ……」

 「父さんさ、母さんとちゃんと話した?」

 「……いや……しないといけないとは思ってるんだが、なかなかな。そもそも喧嘩なんてあんまりしたことなかったし、どうやって切り出したらいいもんかと思って」

 「普通に話せばいいんじゃないの? 母さんとしては父さんが何も言ってくれないほうが不安なんじゃない?」

 「え?」

 「あのさ……俺、母さんは父さんのこと好きだから怒ってんだと思うんだ。好きじゃなかったとしたら、父さんが何やってようが知ったこっちゃないから怒らないだろうしさ」

  なんて、ベニの受け売りだけど。だけど、ベニから聞いてなるほどなって思ったから、父さんにもそのまま伝えた。

  そして、ふと父さんを見ると、びっくりしたような顔で俺を見ながら固まっていた。

  え!? なに!? 俺、なんかまずいこと言ったかな!?

  俺が内心焦っていると、父さんが突然笑い出した。

 「ちょ、何笑ってんの!?」

 「いやぁ、ごめんごめん。お前もそういうこと考えられるようになったのか。そりゃ俺も年取るはずだ。まだまだ子供だと思ってたけど、大きくなったな」

 「っへ!?」

 「おかげで踏ん切り付きそうだ。いつまでもこのままじゃダメだもんな」

 「……そうだよ」

  父さんと話をして、少しだけ解決に向かってきたような手ごたえを感じたのはよかったが、なんか照れくさい気分だ。

  それから違う話をしながらお弁当を食べ終わると、父さんは何か吹っ切れた顔で会社に戻っていった。




  父さんの背中を見送った俺は胸をなでおろし、空き缶を捨て帰ろうとしたのだが、思いがけない人物に声を掛けられた。

 「あなた、天神部長の息子さん?」

  二十代後半くらいで、肩まであるサラサラの髪を靡かせたその人は、俺を見て微笑んだ。

  この人、さっき入り口で父さんとすれ違って、会釈してた人だ。っていうか、役職名なんて聞いたことないけど、天神部長って……父さんのことだよな?

 「あ、はい」

 「やっぱり。雰囲気が似てると思ったの」

 「……あの――――」

  俺が口を開いたそのとき、外でお昼休憩をしていたらしき二人組の女が通りがかった。みんな同じ制服を着ているから、おそらく同僚だろう。

  その二人は俺の目の前にいる人を見て、「やだちょっと、今度は若い子?」「年の差ありすぎ。犯罪でしょー」と、わざと聞こえるくらいの声でつぶやきながら通り過ぎて行った。言っていることの意味はよくわからないが、好意的ではないことは分かった。

  気になってそっと前を見ると、悲しそうな顔をして顔を伏せていたその人は、

 「ごめんね。私が気軽に声なんてかけちゃったから……」

  と、少しだけ顔を上げて、無理に笑みを浮かべた。そして俺が何か言葉を返す間もなく、横を通り抜けていった。ハンカチだけ残して。

  ん? これって、まさか……あの人の落とし物?


  

  さっきのただならぬ雰囲気を感じ取った俺は、正直、そのハンカチを届けるかどうか迷った。

  届けるか放置するかの選択肢以外に思いつかなかった俺は、一瞬見て見ぬふりをしかけたが、良心に後ろめたい思いが出てきて、気づけば後を追っていた。





  

  

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