010
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スイは神殿の扉を開き、先に俺を神殿の中へ通した。そのあとスイも中へ入り、扉を閉めると薄暗かった部屋に明かりが灯った。
だだっ広い部屋を奥へと進んでいくスイ。この部屋に入ってから無言のスイに、話しかける言葉が見つからない俺。足が床を蹴るたび、床から二つの足音が響き渡る。
スイの言う、大事な話ってなんだろう? 俺が全知全能の神の生まれ変わりでスイがその神使で…………それ以上に、まだ何か大事な話なんてあるのだろうか?
一つ足音が止んだことに気づき、俺は足を止めた。
丁寧に広げて掛けられた着物、鞘に納められた刀、数珠のようなもので出来た装飾品類、丸い輪のようなもの。そのすべてが展示されているように丁寧に置かれていた。
「これは…………?」
「これは全知全能の神の……遺品、みたいなものかな」
「遺品?」
「そ、全知全能の神が消えたとに残ったものだからね。これは全部イッセーのものだよ」
前世の自分が残したものだと言われても、当然ながら見た覚えのないものばかり。それでも遺品が綺麗に保管されていることに、感動に似た気持ちを覚えた俺が居て、それが自分でも不思議だった。
「イッセー、ポケット見てみ?」
スイに言われ、両手を左右それぞれポケットに入れた。手に何か感触があった右手でそれを掴み、取り出した。手の平には家の鍵と鍵に絡みついた濃紫色の紐。紐の先には光りを放つ小さなもの。鍵と紐を解いてみると紐は首飾りのように輪になっていて光る透明なものが通されていた。
「俺、こんなの入れた覚えないんだけど……」
「あーそれね。入れたのオレ」
「いつ!?」
「イッセーん家の前で鍵奪ったときー」
にっこり笑って顔の横でピースしているスイ。俺はそのときの映像が脳裏によみがえり、鈍感すぎる自分が少し恨めしくなった。
「……それで、何なんだよこれ」
「それも全知全能の神が残したものの一つ、神玉だよ」
「神玉?」
「そ、っていうかそれこそが一番重要な役割を持つ神器で、今のイッセーにとっても重要なもの」
「俺にとっても重要って……」
「ナギもナミも、他の神たちもみんなそれぞれ違うもので出来た神玉を持ってる。ちなみにナギとナミのは水晶で出来てて、イッセーが持つその神玉は鏡石で出来てる」
手の平で光りを放っていたものをよく見てみると、勾玉のような形をしたものに自分の顔が映り込んだ。
「そしてあれが、その神玉の元になったもの」
スイがそっと指を指した先には、全知全能の神の遺品の中にある丸い輪のような、あるいは中身のない額縁のようにも見えるものだった。
「これが……神玉の元?」
「最初はちゃんと中身があったんだよ。それが全知全能の神が自分の力を切り離し、神を創っていくうちに輪っかだけになった」
「だから重要なのか?」
「うん。言い換えれば、神たちから神玉を集めてきて、それがすべて揃えば……この輪が再生するとともにイッセーは全知全能の神に戻れるってことだからね」
一気に血の気が引いた。考えることを後回しにしていた俺は、まさかこんなにも早く真実の核心部分に遭遇するなんて思ってもみなかったのだ。
「で?どうする?」
「……どうするって」
耳に響く自分の声が震えているような気がした。
「イッセーが全知全能の神に戻りたいならオレ、今すぐに神玉集めてきてあげるよ?」
「そんな、いきなり!」
「いきなりだと、結論出し切れない?」
「当たり前だろ!」
「へぇー意外。だってイッセーは、あの世界が嫌いでしょ」
「それはっ……」
スイの言う通り、滅んでしまえばいいなんて思うくらい嫌いだった世界。だけどそれはきっと人任せで、自分で世界を滅ぼしたいなんて考えてもいなかったし、世界を滅ぼせる力が自分にあるなんてもっと考えてもいなかった。
「だったら何を迷うことがあるの?」
スイの口調はいつもと何も変わらないのに、まるで責め立てられているように感じた。
俺は無責任に世界が滅べばいいなんて思っていたことを初めて後悔した。