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平凡な校則違反と非凡な兄弟

「樹里ー! 應くんー! 部活行こうー」

講義が終わり、教室にみづはの声が響く。

應と僕が恐ろしい仮説にたどり着いてから、一週間が過ぎようとしていた。僕と應はなかなかみづは達に言い出せず、ただ実技練習を続けるばかりだった。


「おー。ちょっと樹里と一緒に教授に呼ばれてるから、先に行ってて。これ、鍵。裏から入れば、家の人間に会わなくて済むから。終わったら走って追いかけるよ」


應が離れの鍵をみづはに投げる。もちろん、僕も應も教授に呼ばれてなんかいないのだが、おそらく今後の相談だろう。


「そうなの。じゃあなるべく早く来てよね! 行こう、琴ちゃん!」


みづはが和遊の手をひき教室を出て行く。

二人が完全に見えなくなったのを確認してから、應が口を開いた。


「さて、と。どうするかな?」

「どうする、って……。二人に空間が閉じたって言うんじゃなかったのか?」

「いや、言うよ。言うけどさ、それにはまず一度俺が一人で調べに行ったことにしなくちゃいけないだろ。この間、みづはに調べに行くって言ったらついていくって聞かなかったんだよ」


よほど食い下がられたのだろう。應はうんざりした表情で肩を落とす。


「その日は予定が入ったことにして行かなかったんけどさ。ミスったなー。調べに行くなんて言わなきゃ良かった……」

「じゃあ今日あたりに言ってみれば? 昨日はちょうど放課後集まらなかったし、ちょっと見に行ったら閉じてたとかなんとか言えば……」

「やっぱそれしかないかー。みづはが納得するかなぁ……」

「ま、そん時は僕も加勢するから。頑張ってよ」


應の肩を叩くと、彼はうなだれたまま僕に恨みのこもった視線を投げた。彼には申し訳ないが、こういう嘘をつくのは彼が適任だ。

僕はどうしても顔に出てしまうらしい。




「遅いよー」


應の離れに着くと、みづはと和遊は装具を手に取り準備万端だった。


「ごめんごめん。ちょっとみんなにさ、練習前に報告があるんだ」


應が深刻そうな表情をする。それを聞いた僕も神妙そうな顔をしてみる。


「なぁに?」

「実はさ、昨日練習がなかったからあの扉の様子を見に行ってみたんだよ」

「え?! 一緒に行くって言ったじゃん! 裏切り者!」


みづはが抗議の声を上げる。ここまでは想定済みだ。

應がさも申し訳なさそうに、みづはに謝っている。


「みづはには悪いと思ったんだけどさ。ちょっと時間もあったし、行ってみたんだよ。そしたら……」


ここでやや間を置く。とても僕にできる芸当ではない。大した役者だ。


「どうやら空間が閉じられてしまったらしい」

「そんな!」

「俺もおかしいと思っていろいろ調べてみたんだけど、もうどこにもあの秘密の空間はなかったんだよ。きっとあの空間は使われていない倉庫か何かで、誰かが封鎖したんだろうな。俺たちが机が動いているのに気づいたときも、あそこの利用者が調べるために入ったってとこだろう」


つらつらと用意してたであろうセリフを言う。僕も大げさにならないよう、少し驚いた表情をしてみる。


「えー……じゃあ何のために練習してきたのよー……」


みづはがうなだれて机に突っ伏す。途端、がばっと起き上がって僕を指差した。


「大体ねぇ、あんたの上達が遅いからこうなったんじゃない! 樹里がもっと早く上達してれば、封鎖される前に行けたのに!」

「そ、そんなこと言われても無理だろ! そんな早く上達できたら、俺は今頃首席だよ!」


まさかの口撃に思わず反撃する。すると、和遊が穏やかみづはをなだめた。


「まぁまぁ、みづはちゃん。空間には行けなかったけど、私達も実技が上達したじゃない。だから、ね。そんなに怒らないで?」

「琴ちゃん……」


和遊がにっこりと微笑む。和遊にここまで言われては、さすがのみづはも何も言えまい。しぶしぶ了承すると、天を仰いだ。


「あーあ。なんか『大冒険』みたいで楽しそうだったのになー」

「うふふ。でも、せっかくだからこれからもたまに練習しようよ。もちろん、粟國くんが良ければだけど……」


和遊が應の方を伺う。それまでのやり取りを見ていた應は、頷いた。


「もちろん俺は構わないよ。その装具も、もうみんなのもんだし。実技試験でも落第しなくて済むしな」


こうして、僕たち「魔術部」の新たな方向性が決定した。

僕と應はお互いに目で頷きあって、ひとまず第一段階をクリアしたことに安堵する。




 翌日。昼休みに應から声をかけられた。


「おい、樹里。いまちょっといいか?」

「なに?」


自然と声が低くなる。應も少しトーンを落として話しはじめた。


「とりあえず『決行日』だけどな。今日の夜、準備をすれば最速でも明日の夜行ける。お前の予定は?」

「明日の夜で特に問題ないよ」

「じゃあ決定だ。明日、講義が終了したらひとまず倉庫に行く。その後、教授達が帰ったら地下に戻るんだ」

「了解」


こうして決行日が決まった。あとは行動するだけだ。



決行日になり、僕は講義が終わるとしばらくぶらぶらして過ごした。いきなり倉庫へ向かっては、生徒や教授の目も多く目立ちすぎるからだ。

放課後残っていた生徒たちも帰り始めたころ、僕は一階の隅にある倉庫に身を潜めた。

倉庫に潜んでどれくらい経っただろうか。もう外からは何も聞こえない。

すると、急に倉庫の前で人の気配を感じた。

まずい……。この状況で教授に見つかったら、言い訳ができない。

「かくれんぼしてたんです」と言って、信じてもらえるだろうか。だいたい、鬼のいないかくれんぼをしてるのが分かったら「かわいそうに」とか言われて、病院に連れて行かれたりしないだろうか。

そんなことをぐるぐる考えていると、倉庫の前の人物が扉に手をかける気配がした。

もうだめだ。とりあえず、可能な限り体を小さく丸め、外からすぐに見えない位置に移動する。

静かに扉が開き、誰かが中に入ってきた。扉が閉まる。ひたひたと静かに歩く音だけが聞こえた。足音はもうすぐそこまで迫っている。もうほかに隠れられるような場所はない。僕は覚悟を決めた。

思わず、目をつぶる。その人物は僕の前で立ち止まった。


「お前、何してんの?」


聞きなれた声がして、目を開けるとそこには應が立っていた。


「なんだ、應か……」


ほうっと息をつく。どうやら無意識のうちに息を止めていたようだ。


「丸まってなにしてんだ? 寝てたの?」

「違うよ。誰か来たと思って隠れたんだ」

「あぁ。それにしたって膝抱えて目つぶって、ビビリすぎだろ」


應が笑う。別にビビっていた訳ではない。でも、この状況で言っても彼は信じないだろう。


「それはそうと、どうやら教授はみんな帰ったみたいだぜ」

「お前は今まで何してたの?」

「地下の様子を少し伺ってから、俺も隠れてた。今日は、赤井もすぐ帰ってたし」

「赤井? あの生物(ビオロジー)の教授の?」

「そうそう。地下に実験室があるだろ。あそこにいつもこもって仕事してるんだよ。だから、あいつがいると地下で動けない」


僕は生物(ビオロジー)の教授を思い出してみた。いつも白衣を着て、メガネをかけていたはずだ。ああいった教授には珍しく、明るい性格で女子生徒からの人気も高いらしい。名前は確か……赤井(あかい) (まなぶ)とか言ったか。

とりあえず、地下に人がいないと分かれば決行するなら今だ。

僕たちは静かに倉庫を出て、地下に向かった。



夜の学園は静まり返っていた。人がいなくなり、ひんやりと空気も冷たい。非常灯と月明かりを頼りに階段を下りる。


「よし」

地下にある例の机の前に立ち、應が深呼吸をした。

その時――――――




「お前らそこで何してる!」




突然声がして、振り返ると眩しい光が向けられた。

光の方を見ようとしても、目がくらんでなにも見えない。

僕たちが動けないでいると、急に笑い声が聞こえた。


「あははは! ごめん。そんなにびっくりするとは思わなくて……」


光が下げられる。するとそこにはみづはと和遊が立っていた。それぞれ、第二の装具をつけている。


「みづは! それに和遊も……。なにしてんだ、こんなとこで」


僕が驚いて声を上げると、また顔を照らされた。思わず眩しくて目を閉じる。どうやらみづはがライトを持っているようだ。


「それはこっちの台詞よ。男だけでこそこそしちゃってさ」

「ちょっ。眩しいからそれ下ろせ」

「どうしましょうかねぇ」


意地悪い声が聞こえて、顔の前でライトが揺れる。チラチラと光が動いて、目がくらんだ。


「君たちが。事情を話せば。やめてあげないことも。な・い・け・ど!」


言いながらライトを動かす。もう目がチカチカしてまともに前を向けない。


「もう、やめてやれよ。それにあんまり目立ちすぎ」


應が横から制する。ライトが消え、また薄暗い非常灯のみの世界になった。もっとも、僕はしばらく目が慣れず、よく見えなかったが。


「で、どういうことか説明してもらいましょうか?」


やっと慣れてきた目をみづはに向けると、みづはと和遊は制服姿のままだった。僕たち同様、どこかに隠れていたようだ。

和遊が少し怯えた様子で、みづはの後ろに隠れるようにして腕を掴んでいる。

それもそうだろう。僕だって少し怖い校舎の中を二人で歩いてきたのだ。


「分かったよ」


應が観念したように両手を上げ、前に進み出た。


「扉の中になにがあるか分からないし、こんな夜に学園の中をうろつくなんて女の子には危ないだろ」


あくまでもホーリープレイのことは伏せておくつもりらしい。

僕は何も言わず、ただ目を伏せておくだけにした。


「でも、(あれ)を見つけたのは私のおかげでしょう? 一言相談するのが普通じゃない?」


みづはが納得いかない様子で抗議する。僕と應が抜けがけしたのが気に入らないのか、だいぶ怒っているようだ。


「相談したところで、琴はともかくみづは(お前)は納得しないだろ」

「うっ……。それは、まぁ……」


應に痛いところをつかれ、みづはが押し黙る。


「だから内緒にしてたんだ。まぁ、ここまで来ちゃしょうがないからみんなで行くか」

「そうこなくっちゃ!」


喜ぶみづはの前に、應は人差し指と中指を突きつけた。


「でも、条件が二つある」

「な、なによ……」

「ひとつ、俺たちを前にして進むこと。ふたつ、なにかあったらみづはと琴はすぐ逃げること。俺たちを捨てて、だ。これが守れないなら、帰ってもらう」

「わかったわよ……」


みづはは少し納得いかないようだったが、ここで断れば應が絶対に連れて行ってくれないことを察したのか素直に従った。

彼がいなければ、空間すら開くこともできないのだから妥当な判断である。

應の真剣な表情を見て、和遊が怯えた声を出した。


「そんなに危ないところなの……?」

「ま。そういう可能性も無きにしも非ず、ってことだよ。学園内だから、そんなに危ないことはないと思う」


和遊を安心させるためか、應は能天気な声を上げた。

それを聞いて、和遊が弱々しく微笑む。


「じゃ。気を取り直して行きますか」


僕と應で机を端へどかし、壁の前に應が立つ。

彼はポケットから小さな入れ物に入ったチョークを取り出した。

壁に雑に魔法陣を書く。空間魔法を開くためのものだ。




―――――― 汝、我の呼びかけに応えよ。

     隠された世界を我の前に現し、我らを中へ招き入れたまえ。



小さく詠唱すると、魔法陣が光りそこには人がやっと通れるくらいの黒い穴がぽっかり浮かんだ。


「よし。結界の中じゃこのサイズが限界だ。俺から入るから、みんなついてきて」


應が腰をかがめ、穴の中へ入っていく。僕もそれに従い、和遊、みづはと続いた。


中は薄暗く、石造りの廊下のようだ。壁には等間隔で松明のような明かりが燃えている。


「さて。念のため閉めるから、離れて」


應は穴の前に再び立つと、空間を閉じるための詠唱を短く唱えた。

穴が音もなくすーっと小さくなり、消える。そこにはただの石の壁があるだけだった。


「じゃあ行くか。みんな気をつけて」


應、僕、和遊、みづはの順で暗い廊下を進んでいく。中へ進めば進むほど、気温が下がっているようだ。

すると、突然なにかに袖を引っ張られた。驚いて後ろを振り返ると、和遊が怯えた様子で僕の制服の袖を引いていた。


「あっ! その……ごめんなさい! なんか怖くて……気がついたら掴んじゃってて……。本当にごめんなさい」

「いや。びっくりしただけだから、大丈夫。和遊はこんなとこ来て大丈夫なのか?」


僕が振り返ると和遊は袖を離し、下を向いてしまった。


「うん……。みづはちゃんや粟國くんもいるし……。なによりその……冬城くんがいるから……」


なんだか頬が赤いのは気のせいだろうか?松明の明かりのせいで、全体が赤っぽく見えるせいかもしれない。


「んー。僕はそんなに頼りにならないかもよ? 應の方がずっと魔法は使えるし……」

「そんなことないよ! 冬城くんは実技の上達が一番早かったもの!」


こちらが驚くほど和遊がはっきりと否定したので、なんだか恥ずかしくなってしまった。


「そ、そうかな? 和遊に言ってもらえるとなんか自信が出るよ。ありがとう」


僕がお礼を言うと、和遊は首を横に振って微笑んだ。

この時、みづはが複雑な表情でこちらを見ていることに僕は気が付かなかった。



「ここだ」


それほど長く歩かずに、目的の扉は現れた。

まず、目を引くのは行く手を阻んでいる大きな木。

根は床を突き破り、石畳はところどころがめくれ、盛り上がっている。

木は壁と一体化しているのかと思うほど、ぴったりと扉にくっつき枝を茂らせている。

複雑に絡み合う枝と葉の隙間から、辛うじて木製の扉が見えた。

扉の横になにやら紋章のようなものが彫ってあることが確認できる。

これが應の言っていた、ラヴァルの紋章だろう。


「これは……。なんていうか予想以上だな」


素直な感想を口にする。果たしてこんな大木を枯らすことができるだろうか?

確かに練習で木を枯らすことはしたが、ここまで大きい木ではなかった。

僕の不安を察したように、應が口を開いた。


「全て枯らさなくても、扉のところを部分的にやってもいい。部分的にやるのが難しいなら、全体をある程度枯らすくらいで大丈夫だ。あとは俺が焼くから」


できればそうしてもらえるのが一番良い。ただ、今まで練習を見てもらった身としては、自分が出せる力全てを出してベストを尽くしたい。


「もし、駄目そうならお願いするよ。とりあえずやってみる」


幹のあるところまで進み、実際に木を触ってみる。

少しゴツゴツしている木は、今まで見たことのない種類だった。華道家の一家という家柄、普通の人より植物には詳しい僕だが、この木は僕の知っているどれとも一致しない。

まぁ、真面目に勉強していない僕が知らない植物なんて飽きるほどあるのだろうが……。


僕はポケットから、第二の装具を取り出し小指にはめる。

同じくポケットに入ってたケースを取り出し、中から小さい木炭を手に持った。

應のようにチョークで書いてもいいのだが、もとの材料が同じ木炭で魔法陣を書いた方が術の力は増幅する。

……と、これは和遊が教えてくれたことだ。

太い幹に直接魔法陣を書き込む。魔法陣自体はそこまで難しいものではない。僕自身、実家でやらされたものの応用だ。

魔法陣を書き終わると、一歩下がり深呼吸してから詠唱をはじめる。



―――――― 地と、それに満ちるもの、世界と、

        そのなかに住む者とは我のものである。


魔法陣が光りはじめる。良い感じだ。僕は集中力を切らさないようにしながら、詠唱を続ける。



―――――― 彼らを流れゆく水のように消え去らせ、

        踏み倒される若草のように衰えさせよ。



すると、今まで木についていた葉がバラバラと散り始めた。

細い枝から枯れはじめ、徐々に木が小さくなっていく。


(もう少しだ……)


すでに僕の力は限界が近づいていた。それでも術を発動し続ける。

ようやく幹本体も枯れ始めているのが見えた。まだだ、もう少し……。

どれくらい発動していたが分からないが、木の葉が散り続ける中で應の声が聞こえた。


「樹里。もう大丈夫じゃないか?」


舞い散る木の葉でよく見えないが、目を凝らすと枝が崩れ去り、扉があらわになっているのが確認できた。


ここでようやく術の発動をやめる。

しばらく木の葉が落ちていたが、それもまもなく止んだ。

木の枝を見ると、先ほどまで青々と茂っていた葉が一枚残らず散っている。


「すごい! 樹里、やったじゃん!」


みづはが喜びの声を上げ、僕に抱きついてきた。


「わっ! なんだよ、お前! ちょっと離れ……」


みづはが僕に抱きつくなんて子どもの頃以来だ。相変わらず、僕に飛びつく力はなかなか強いが、ほかの感触は子どもの頃とは似ても似つかないものだった。

今まで嗅いだことのないような甘い匂い、首をくすぐる髪の毛、密着している体のやわらかさ……。幼なじみの女としての成長を感じ、慌てて僕は離れた。


「何なんだよ、いきなり……。お前はちょっと興奮しすぎ」


頬が赤くなっているのを悟られないように、わざとぶっきらぼうに答える。

しかし、みづはは現れた扉に気を取られ、僕のことなど気にしてないようだ。


「開けてみようよ!」

「ちょっと待って……」


扉に駆け寄るみづはを制し、應が扉の前に立つ。

木製の立派な扉の取手は、真鍮でできているようだ。そこにはまだ蔓のようなものが絡まっている。


「みづは。これ、俺が焼くから取手のところ冷やして」


應が短く詠唱したと思うと、小さく火が上がり瞬く間に蔓が焼け落ちた。

みづはもすぐにさく詠唱し、取手に水がかかる。

ジューっと金属が急速に冷める音が聞こえ、煙が上がった。


「行こう」


取手が熱くないことを確かめてから、應が扉を開いた。






 扉の向こうは十畳ほどの部屋だった。

あかりが一つついているが、あまり明るくない。

暗く、じめじめとした雰囲気の部屋には古びた机が一つ置かれていた。


「なにか……置いてある」


僕が机に歩み寄ると、小さな小瓶が二つ置いてあるのが分かった。

小瓶の中には砂のような物が詰まっている。

それぞれにラベルが貼ってあるが、見たこともないような文字で書かれていて読むことができない。


「なんだ、これ?」


小瓶の一つを手に取り、明かりにかざしてみるがよく分からない。

砂よりももっと細かく、白に近いくすんだ色をした物体だった。


「これ、灰だな」


残ったもう片方の小瓶を持ち上げた應が言った。


「灰? ってなんの?」


みづはが聞く。和遊はまたみづはの後ろで怯えている。


「うーん。こうやって見ただけじゃ分からないな。ただ、ものすごい高温で焼かれたってのだけは分かるな」


應が小瓶を観察しながら答える。

しばらく小瓶を眺めていたが、僕は机に小瓶を戻して誰に問うでもなく言った。


「でも、なんでこんなものがここに……?」


 





 その時だった。


「困るんだよねぇ。勝手に入られちゃ。」


急に背後で声が聞こえ、僕たちは弾かれたように振り返った。


明かりを背後から受け、影となったその人物の顔はすぐには分からなかった。

その人物が入口から一歩中へ踏み出すと部屋の明かりでその正体が判明した。


「赤井……先生」


言ったのは應だ。僕は言われて初めて、その人物が生物(ビオロジー)の教授だと気づいた。


「君たち、こんなところで何してるの? そこの木枯らしたの誰?」


にこやかに問いかけてくる。しかし、なんとなく有無を言わせない気配が漂っている。なぜ彼がここにいるのだろうか……。

僕たちが答える前に、彼は僕たちを見回して言った。


「粟國くん、君は炎魔法が得意だから違うよね。安田(あんでん)さんは水。和遊さんは風だっけ? となると、残るは君だけど……。君、名前は?」

「冬城…樹里です」


彼は僕の名前を覚えていなかった。当たり前だ。僕は他の三人のように、成績が良いわけでも目立つ存在というわけでもない。


「あぁ。冬城くん。そういえばそんな名前だったね。で、君がやったの?」


仕方なく僕は頷いた。相変わらず、赤井先生は笑顔だ。白衣のポケットに両手を突っ込んで、僕たちを眺めている。

ここに入って来られたところを見ると、ここは彼の管轄なのだろうか?

ここまで落ち着き払った様子を見ると、もともと紋章があった場所をたまたま使っていたということか?

いろいろな仮説が頭をめぐり、何も言わないでいると赤井先生の方から口を開いた。


「駄目だろう、学園内で勝手に術を使っちゃ。大体、その装具もどこで手に入れたかわからないし……。君たち、なにが目的なんだい?」


彼は少し困った顔をして、僕たちに問いかけた。

気まずい沈黙が流れたが、その沈黙をみづはが破った。


「あの……。私が言い出したんです。学園内を探検しようって。そしたらここを見つけて、みんなに無理やり協力してってお願いして……。全部私が悪いんです。ごめんなさい!」


みづはが頭を下げた。それを見ていた赤井先生は困ったように微笑み、みづはに頭を上げさせた。


「うーん……。まぁ、校則違反は校則違反だからね。然るべき対応はさせてもらうよ。とりあえず、ここから出ようか」


彼に促され、僕たちは部屋をあとにした。

なんとなく気まずくなって、口を開く者は誰もいなかった。


部屋の扉を後ろ手に閉めたとき、赤井先生が僕たちの方へ振り返った。


「君たち、もうこんな危ないことはしちゃだめだよ?」


僕たちは素直に頷くしかなかった。「然るべき対応」とはなんだろう……。停学もしくは退学なんてことも有り得るのだろうか……。

僕が近く訪れるであろう、最悪の将来に悲観していると應がおもむろに口を開いた。


「モンストル・サクレ……」


その瞬間、赤井先生の表情が凍りつくのが分かった。


「粟國くん……。どこでそれを聞いたんだい?」


すぐに穏やかな表情に戻り、平静を装ってはいるが明らかに様子がおかしかった。


「やっぱり……。先生は……。いや、お前はホーリープレイの信者だな」


應が赤井先生を睨みつける。


「そうか……。もう、そんなことも知ってるのか」


先生がにっこりと微笑む。みづはと和遊は状況が飲み込めず、ただ目を丸くしている。


「なにも知らなければ、監視付きくらいにしてあげたのにね。もうそこまで知ってるんなら、しょうがないよねぇ」


相変わらず、顔にはあの笑顔が浮かんでいる。

どういうことだ? 赤井()がホーリープレイの信者?

まだ完全には状況が飲み込めていなかったが、これからどうすれば良いのだろう。

心臓が早鐘のように打っている。頭がじんじんと痛む。

当たり前だ。さっきあんなに強力な術を発動したばかりだ。


「なにが、目的だ?」


應が赤井を睨みながら質問する。

すると、彼はふっと馬鹿にしたような笑を浮かべた。


「君たちのような一般人には分からないよ。我らの偉大な『目的』はね。君たちは生物実験室へ忍び込み、魔法の練習をして遊んでいたところ、悲しい事故で死んでしまうんだ」


白衣のポケットから右手を出したかと思うと、右手の上にはボッと炎がともった。

まずい……。なんとかしてこの状況を切り抜けなければ……。

しかし、僕の使える魔法は植物だ。植物と火の相性はすこぶる悪い。

僕が頭を悩ませていると、誰かが前に躍り出た。みづはだ。


「なんだか話が見えないけど、あんたが私達を殺そうとしてるのは分かった!」


そう叫ぶか否かで、詠唱を始めた。



―――――― 海の響き、大波の響き、

        もろもろの民の騒ぎを静めよ。


     我は御力をもって海をわかち、

        水の上の龍の頭を砕く。



女神の航海デア・ナヴィガーディオ!」


みづはが叫ぶと、大量の水が赤井を襲った。

火には水が有効的だ。ジュウっと火の消える音がして、あたりが水蒸気に包まれた。


「やった!」


みづはが言うと、應が声を上げた。


「いや、まだだ!」


水蒸気の向こう側から小さな炎が飛んできた。

間一髪でそれを避ける。


「水蒸気が邪魔だ! 琴、風で飛ばせるか?」


應が叫ぶ。和遊は頷くと、詠唱を始めた。



―――――― 彼らを風の前の塵のように細かに砕き、

       ちまたの泥のように打ち捨てよ。


神のため息ウェンティ・インジニス!」


和遊の起こした突風により水蒸気が晴れ、すかさずみづはが水を呼ぶ。

すると、先ほどやつが無事だった理由が明らかになった。

みづはの起こした水が、赤井の体の周りを覆う炎によって蒸発している。

余裕の表情で一歩進み出た赤井が言った。かけていた眼鏡を外し、胸ポケットにしまう。


「けっこう、けっこう。炎には水。ちゃんとセオリー通りの攻撃ですね。しかし、安田さん。あなたは実践における、力関係というものを分かっていない。僕の得意魔法は炎なんです。炎は炎でもね、大きな炎の前には小さな水は無力なんですよ。ほら、『焼け石に水』って言うでしょう?」


右手にはあの火球だ。先ほどの三倍はある。次、あれが来たら避けるのは不可能だ。

僕は熱を持ってじんじん痛む頭で考えた。

みづはの力じゃ蒸発させられてしまう。

和遊の風で、相手に炎を向けることはできるか? いや。だめだ。

赤井が炎をしまえば風の意味はなくなる。

僕たちの中で一番能力が高く、戦闘向きの能力持ちは應だ。

しかし、互角に戦えることはあっても赤井を退け僕たちが脱出するとなると話は別になる。同じ能力同士で全力の戦いをすれば、周りの被害は計り知れない。

應も同じことを考えているのか、術を発動する気配がない。

そうなれば、あとは僕だ。しかし、植物で炎に対抗できるのか?

植物で攻撃しても、焼かれるのは目に見えている。完全に負かすことはできなくても、一瞬で良いから脱出の隙を作れないか……。

植物が燃やされないためには……。植物……燃えない……。

鈍く痛む僕の頭に電流が走る。これだ。

しかし、そのためには時間を稼がなければいけない。


「もうおしまいですか? 優秀な生徒もいるかと思ったんだけど、残念です。では、お別れです」


右手の火球の大きさが増す。僕はみづはに向かって叫んだ。


「みづは! とりあえず火を消せ!」

「えっ? でもすぐ蒸発しちゃ……」

「いいから消せ! 火だるまになるよりいいだろ! 何発か打ってれば消えるかもしれない。それにこっちは四人で向こうは一人だ。そのうち力尽きたら総攻撃だ!」


僕が叫ぶと、みづはは小さな水たまりをたくさん放った。

案の定、水は赤井の周辺を囲む火に触れて蒸発した。水蒸気が立ち込める。


「冬城くん……。君がそこまで無知だとは。僕はもっと君を教育してあげるべきだったね。いくら四対一とは言え、僕は見習い(ディシプロス)の中でも上級(セニア)の称号を拝しているんだ。君たち見習いの見習い(ヴェスティ)とは圧倒的に力の差があるんだよ」


水蒸気のせいで周りが一切見えない。辛うじて見えるのは、近くにいる三人だけだ。

僕は急いで應に駆け寄り、耳打ちした。


「應。あいつに攻撃してくれ」

「なに言ってんだよ! 俺もあいつも火炎魔法だろ! 俺じゃ逃げる隙は作れないし、周りの被害が想像できない」

「分かってる。だから、うまいこと軽い攻撃にして欲しいんだ。時間を稼ぐだけでいい」

「お前なに企んでるんだ?」

「成功するか分からないけど、このままだとあの火球をまともに受けることになる。せめて、あの火球を防ぐくらいはできるかもしれない」


僕が言うと、應は何か言いかけたがやめた。


「仕方ねーか」


應はそう言うと、赤井のものよりずっと小さい火球を水蒸気の中に向けて放った。

赤井の笑い声が聞こえたということは、当たっていないらしい。


「おや? 粟國くんですか。もっとまともなのを期待してたんですけどねぇ。僕と君では決着がつかないでしょう。それに、ここが崩れ落ちるかもしれない」


と、すると水蒸気の中から赤井の姿が現れた。


「あんまり離れるとめんどくさいんで、近づいてみようかな。そろそろ終わりにしましょう」


火球の勢いが増す。一歩、また一歩と赤井が近づいてくる。

赤井が近づくたび、彼の周りにある炎によって水蒸気が晴れていく。


「あんまり君たちが不出来だとね、『可愛い教え子を失って悲しむ第一発見者の教師』っていう演技がしにくくなるから。それじゃあ……」


赤井が僕たちから二メートルの距離にきたところで、僕は術を発動した。


途端に、地面からものすごい勢いで木が生えてくる。厳密には、木が絡み合ってできた低い塀だ。

僕たちと赤井の間に立ちはだかり、ついでに赤井の足にも絡みつく。


「っ?!」


赤井の動きが止まる。自分の足元を見つめると、あの笑顔でこちらを向いた。


「冬城くん。君はどこまで僕を馬鹿にするのかな? 木は炎で燃えるでしょう!」


赤井は声を荒げたかと思うと、僕たちに火球を放った。

気の壁に火球が当たる。しかし、壁は燃えなかった。


「なにっ!」


赤井が驚きの声を上げる。他の三人も驚いたように僕を見た。


「先生、ナナカマドってご存知ですか? 七回かまどに放り込んでも燃えないことから、この名前がついたそうです。まぁ、まったく燃えないわけじゃありませんが、先生の炎を防ぐくらいならできます」


僕が静かに語りかけると、赤井の顔から笑顔が消えた。


「あと、バオバブも知ってますか? あれって樹皮がものすごい固い上に、幹に水分をたっぷり含んでるから山火事とかが起こっても、なかなか燃え移らないそうですよ。この盾は、ナナカマドとバオバブを絡ませて作りました。先生を倒すことはできませんけど、逃げるくらいならできますよね?」


赤井の目は怒りに燃え、こちらを見据えていた。

見えないふりをして言葉をつなぐ。


「生物の教授なんですから、燃えにくい樹木があることも覚えておいてください」


僕が言い放つと、應が吹き出すのが聞こえた。


「あ、ちなみに。その足元の罠も同じ素材です」


僕はそう言い残し、塀を延長させてその場をさろうとした。

しかし……


「貴様ぁ!」


赤井が吠え途端、熱いものを顔に感じて一瞬目を閉じると、赤井の足元が燃え盛っていた。


「まさか!」


僕が発動した罠は、ただの焚き火のように燃えていた。

まさか赤井にそこまでの力があるとは思わなかったのだ。


「なんだ、あいつ。あれじゃあ自分も大やけどじゃないか」


應がそう言い、赤井の顔を見ると先ほどまでの爽やかさはなく、目はギラギラと光っていた。

完全に狂気の沙汰だ。

ブスブスと足元が黒い煙を上げているのにも構わず、赤井は一歩ずつ僕たちに近づいてきた。

まずい。あの威力でこの盾を焼かれたら……。


「お前たち……。お前たちに理解できるものか。我々の崇高な目的など……。お前たち愚民に理解はできない……」


赤井はよろよろと歩きながら、うわ言のように繰り返している。

今、背を向けて走るのは危険だ。僕の本能がそう告げていた。

しかも、出口は赤井の後ろにある。この状況で、こいつに近づいていくのは自殺行為に思えた。


「僕をコケにして……。お前たちの顔を一人ずつ焼いてやる。直接、この燃える手で処刑してやる……」


赤井はもう目の前だ。僕たちの前にある低い塀が、凄まじい勢いで燃え落ちた。

目の前に赤井が立つ。もうだめだ。そう思い、目をつぶった瞬間だった。


「ぐあっ!」


赤井の悲鳴が聞こえ、恐る恐る目を開くとやつの白衣の右脇が赤く染まっていた。赤井がその場に崩れ落ちる。

なにが起こったのか僕たちが理解できないでいると、赤井の背後から声が聞こえた。



「あー。外しちゃったかぁ」


この声は……。まさか。


「春乃さん?!」

「兄貴?!」


僕と應が声を上げたのは同時だった。

もうもうと水蒸気が立ち込める中、暗い入口の前に立っていたのは春野さんだった。

後ろには長身の男性がいる。


「樹里、あんたなにやってんの? あとでお説教だよ」

「なにって……。春乃さんこそ」

「私はオシゴトよ」


よく見れば、春乃さんも後ろの男性も軍服のような制服を着ていた。

二人とも腰には長剣が下げられている。

仕事ということは、ガーター騎士団か。

應が「兄貴」と叫んだところを見ると、後ろの男性は副団長の和火(かずひ)さんということになる。


「お前ら……。邪魔……するな」


赤井がふらふら立ち上がり、二人の方へ向き直る。


「春乃さん!」

「ほらほら。おこちゃま達は黙ってなさい。樹里、あんたさっきの防壁もう一回出せる?」

「大きいのは無理だけど、僕たちを隠す分くらいなら……」


僕が答えると、春乃さんは剣を抜き不敵に笑った。


「それで充分。ほら、さっさと出しなさい」


言われるがままに最小限の防壁を作る。しかし、僕たちは四人とも壁から頭だけ出して様子を覗った。


「あんたね。私の可愛いまたいとこに怪我させようとしたのは?」

「邪魔するものは容赦しない。お前の顔も焼いてやる」

「全く。レディーの顔を焼くのがどれほどの重罪か分かってる? そいういうやつは全女性からフルボッコにされればいいんだわ」


春乃さんは余裕の表情である。抜いた剣が徐々に凍り始める。

彼女の得意魔法は、僕と同じく植物と……。あとは氷結魔法だ。

薄く張り始めた氷は、彼女の足元にまで及んでいる。


「馬鹿め。氷結魔法など、火炎魔法の前では無力だ。お前の放つ氷を溶かし、そのままお前を炎に包んでやる」


春乃さんは何も言わず、にやりと笑った。


「思い邪なる者に災いあれ」


そうつぶやくと彼女は詠唱を始めた。


―――――― 水よ、あられよ、雪よ、霜よ、御言葉を行う嵐よ

         我が要求に応えよ。


氷上の貴婦人イーチェ・デュミナーエ!」


春乃さんが剣を突き出すと、鋭いつららのようなものが一直線に赤井へ向かって飛んでいった。

赤井は先ほどのように全身に炎を纏う。

やはり、氷はとかされてしまう――――――。

そう思った瞬間、つららが赤井の腹部に突き刺さる。


「ぐはっ……。なぜ……溶けない……」


赤井はその場に再び崩れ落ちた。

和遊が思わず顔を覆い、みづはがそれをかばう。


「絶対零度ってご存知? あれって全ての分子活動が停止するの。だから、炎は炎じゃなくなるのよ。私だってそりゃあずっと絶対零度を保てたら無敵だけど、そうはいかないのよね。相手に刺さるほんの一瞬だけ、絶対零度になるの」


現に赤井の腹部からは血が流れているが、つららは溶けて赤井の血を薄めるただの水と化していた。


「そこの坊ちゃんたち出てらっしゃい」


春乃さんに言われるがまま、僕たちは塀の外へ歩み出た。


「さーて。自分たちが何したか分かってるわよね?」


僕たちは無言で頷いた。


「私がどうこうできる話じゃないけどさ。まずは、赤井(こいつ)の手当かな?」


そう言って赤井に視線を落とすと、後ろにいた長身の男性が前に進み出た。


男性が赤井の腹部に手を当て、何事か低く詠唱するとジュウと音を立てて傷口がふさがった。

少し、肉の焦げる匂いがしたが気にしないことにする。


「私は、こいつを連行します。それでは」


春乃さんは男性に向かって言うと、男性は小さく頷いた。

赤井に軽い浮遊魔法をかけ、軽くしてから春乃さんはやつを連行していった。


「和火兄……。なんでここにいんだよ?」


それまで黙っていた應が口を開く。やはりこの男性は應のお兄さんのようだ。

よく見ると、目の色や髪の色も同じだし、どこか似ているところがある。


「それはこちらの台詞だ。私がお前の侵入に気がつかないとでも思ったか?」


應はなにも言い返せず、黙ってしまった。


「まったく……。今日は、私個人と霞くんの個人的な用向きでここに来ている」

「それは……つまり?」


僕が恐る恐る聞くと、和火さんはこちらへ視線を向けた。

近くで見ると、なかなかの美丈夫だった。長い髪は後ろで一つに束ねられており、背は高い。

体は完璧に鍛えられており、制服がよく似合っていた。決して華奢ではないが、粗野な印象は全くなかった。

むしろ上品さが全身から漂っていた。


「冬城くん。君と應、そしてその同級生の捜索ということで来ている」

「でも騎士団の制服で来てるじゃんか」


應がすねたような声を上げる。どうやらこのお兄さんには頭が上がらないようだ。


「勤務中に抜けてきたんだ。着替えている時間なんてないだろう。それにしてもお前……」


和火さんが周りを見渡す。ところどころで煙か水蒸気か分からない、白いものが立ち上り、焼け焦げた木や地面を突き破って出た木があちこちに生えている。


「いくらこの中では結界の干渉がないとは言え、えらいことをしてくれたもんだ……。同級生の女の子危ない目に遭わせて。」


和火さんが和遊とみづはを一瞥する。應は下を向いてしまった。

見かねたみづはが前に進み出る。


「あのっ! これは私のせいなんです。私が探検したいって言って……。今日も無理やり連れてけって言ったんです」


みづはと和遊へ視線を戻した和火さんは静かな声で言った


「安田さん、と言ったね? いくら君の意志だったとしても、この状況は変わらない。それに君たちもお咎めなし、というわけにはいかないだろう」


そう言われると、僕たちはもうなにも言えなかった。

四人で肩を落とし、黙り込む。


「このことは学園側に報告させてもらう。ただし……」


そこで和火さんが言葉を切ったので、僕たちは顔を上げた。


「君たちのおかげで犯罪者を確保できたのは事実だ。この状況も鑑みて……」

「報告は学長へのみ、しておくよ」


喜んでいいのか、悲しんでいいのか分からなかった。

学園全体に報告されないことを喜ぶべきなのか、それとも学長の耳に入ることを嘆けば良いのか。

僕たちが決め兼ねていると、再び和火さんが言った。


「今回のことは学長先生にはもう説明してある。私が應に学園内をそれとなく探るよう伝えた、と。そこで、君たちは赤井の目にとまり拘束された……」


話が見えずにぽかんとしていると、和火さんがここに来て初めて笑顔を見せた。


「というのが今回のシナリオだ。いいね?」


ようやく状況が飲み込めた。僕たちへ「校則を破った不良生徒」ではなく「被害者」になれ、と言っているのだ。

事態が理解できた僕たちは、和火さんへ口々に感謝を述べた。

実の弟ただ一人を除いては……。


「さて。私は本部に戻るとしよう。奥の部屋の小瓶は持ち帰らせてもらうよ」

「どうすんだよ?」


應が聞くと、寛容な兄は小部屋から小瓶を持ち出し言った。


(セント)マグヌス研究所で解析する。あそこはうちの直轄だ」


春乃さんの前職場だ。和火さんはそのまま出口へと向かい、こちらを振り返った。


「早く来なさい。ここは封鎖する」


壁の空間魔法は和火さんによって封鎖され、何事もなかったように校舎は静まり返った。


外を見ると、東の空がうっすら白み始めている。

このまま本部に戻るという和火さんと別れ、僕たちは家路についた。


「ねぇ、さっき言ってたホーリーなんとかってなぁに?」


道中にみづはが僕らに聞いてきたが、こんなに疲れきった状況であの説明を一から行うのには無理があった。


「うーん。明日ちゃんと話すよ」


疲れた声で返答すると、みづはもそれ以上は聞いてこなかった。

しかし、代わりのことは聞いてきた。


「そういえば、さっきの女の人だれ?」

「あれ? お前会ったことないっけ? 本家の霞 春乃さん」

「ふーん……。親戚?」

「まぁ、いろいろあって遠縁だけどそうなるな。ていうか、本家の人間だって言ったろ」

「本当に親戚?」


なぜか食い下がってくる。春乃さんのなにがそんなに気になるのだろう。


「嘘ついてどうするんだよ」

「ふーん……。親戚ねぇ。遠縁の、ねぇ……」

「なんだよ?」

「いや。なーんかおっぱいのおっきい色っぽいお姉さんだなーと思って」

「ばっ!お前なに言ってんだよ」


思わず電柱にぶつかりそうになる。みづはに抗議の声を上げると、本人は適当に答える。


「いいよねー。巨乳ー」

「お前な、あの状況でそんなとこ見てたのか?」

「そんなとこってなによ。だって制服の前ボタンぱっつぱつだったもの」


みづはに言われ、僕も思い出した。あれは戦闘中に弾け飛んでしまったりしないのだろうか……。

頭に浮かんだ不謹慎な妄想を振り払う。


「あ。今想像したでしょ!」

「してない!」

「絶対してたなー。どーせ私は貧乳ですよー!」

「お前なー……何言ってんだよ。こんな時に……って和遊なにしてるの?!」


何の気はなしに横を見ると、和遊が自分の胸を触って確かめているところだった


「えっ……?やっぱり、男の子ってそういう方がいいの……?」

「いやいやいや! そんなんじゃないよ!」


(サイズじゃないくて形だよ!)と心の中で叫んだが、声には出さないでおく。

そんなことを言っている和遊やみづはだって、けっこうあるのだ。

春乃さんのような「爆乳」とまでは行かなくても、薄着になればけっこう目を引くくらいは……ある。

なんて馬鹿なことを考えていると、分かれ道に差し掛かった。


みづはは和遊を送って、そのまま和遊の家に泊めてもらうという。

僕たちはそこで分かれた。

それからの帰り道、應に僕は尋ねた。


「なぁ。あの春乃さんが言ってた『思い邪なる者』なんちゃらって、あれなに?」

「ん? どうした、急に」

「いや、聞いたことない詠唱だなーって」

「思い邪なる者に災いあれ。ガーター騎士団の精神だよ」


そう言われて納得だ。今日初めて騎士団を見た僕が、聞いたことがないのも当たり前だ。


「しっかし、兄貴にまんまとやられたなー」


應が空を仰ぎ、両手を頭の後ろに組んだ。


「まぁ、寛大な計らいで良かったじゃん。実質、お咎めなしってことだろ。お前の兄さん、すごい人格者なのな」

「いや、あれは……」

「なに?」

「いや、なんでもない。お前がそう思ってるなら、そのままが良いよ」


應が言いにくそうに口ごもる。彼にしては珍しい。

僕は余計気になってさらに聞いた。


「なんだよ、言えよ」






「和日兄って仕事の時とかは厳しいけど、兄弟に甘いんだよな」

「え?」

「まぁ、早い話がツンデレなんだよ」




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