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平凡な訪問者と非凡な事件

 翌日から放課後は應の離れに集まるのが日課となった。

僕の実技練習だったはずだが、いつの間にかみづはや和遊も実技の練習をしていた。


「なんだか『魔術部』って感じ!」 


みづはははしゃいでいたが、彼女たちが実技練習をしてどうするつもりなのだろうか……。

僕はと言えば、應や和遊の熱心な指導のおかげで(みづははせいぜい「違う!」とか「なんでできないの!」とか怒鳴る程度だ)みるみる上達した。もともと講師による放課後練習が嫌なだけで出ていなかったのだ。気心知れた友達が教えてくれるとあれば、喜んで練習した。

應の家の裏庭は広く、思いっきり練習できるのも良かった。


「それよりみづは! お前なんで扉のこと隠して僕に実技練習させようとしたんだよ」

「だってー……。最初から話すとさ、樹里はそういうとこ変に真面目だから絶対ダメって言うじゃん。そんなのつまんないじゃん。だから、引けない状況にしてから言ったほうが良いと思って……」


悪びれる様子もなく言う。まったくこいつは……。


「まぁ、今更やめるなんて言えないしな」

「ね? これで成績上がるなら一石二鳥!」

「もとはそっちがメインだっつーの」




その日もいつも通りの練習を終え、部屋に帰る。

夕飯はどうしようか……なんてことをぼうっと考えているとインターホンが鳴った。

こんな時間に訪ねてくる人なんていないはずだ。夜間在宅を狙った勧誘だろうか? 僕はドアの覗き穴から外を覗った。


そこには見慣れた姿があった。実際、その姿を見るのは久しぶりだが僕はこの人物を知っている。

胸元がざっくり空いた挑発的な服にミニスカート。その服装に引けをとらないくらいの出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる体。

長い髪の毛はゆるくウェーブがかかり、その豊かな胸の前に下ろしてある。手に持っているのはビニールの買い物袋だろうか?


「春乃さん!」


ドアを開けるとその美女はにこっと笑った。


「樹里! 久しぶりー!」


僕が顔を出した途端、急に抱きついてきた。体に柔らかいものが当たる。健全な十代男子には少し刺激が強い。


「ちょ、ちょっと待って! こんなところでなにしてるの?」

「なにって樹里に会いに来たに決まってんでしょ!」

「会いに来たって……。僕、春乃さんに家教えたっけ?」

「おばさまに聞いて来たの。あ、それとも彼女とか来てる?帰った方が良い?」

「そんなもんいないよ。とりあえず上がれば?」


彼女を招き入れる。春乃さんは嬉しそうに腕を絡ませ、部屋に上がった。今度は腕に柔らかいものが押し当てられる。


「まぁ座ってよ。いまお茶淹れるから」

「あら、ちゃんと一人暮らしできてるのねー」


僕が狭いキッチンからお茶を持って戻ると、彼女は四つん這いでなにかを探していた。スカートの隙間から薄ピンクの布が見えたような気がしたが、そこは健全な十代男子として何も言わず、二度見する。この人は自分の体や服装について、少し危機感を持った方が良い。


「なにしてんの?」

「え? えっちな本探してる」

「そんなもんないよ! ほら! お茶淹れたから!」 

「えー。ないのー? 男の子の一人暮らしならそんなものの一冊や二冊あるでしょー」

「いいから! お茶冷めるから!」


僕が無理やり座らせると彼女はつまらなそうに座り直した。


「で? どう? 元気にしてる?」


机に頬杖をつく。今度は胸の深い渓谷が見えている。白く透き通った陶器のような、それでいてマシュマロのように柔らかそうな山から、どこまでも深く続く谷……。ここでも、健全な十代男子らしくチラ見する程度に抑えておく。まったくこの人は……。



(かすみ) 春乃(はるの)さん。僕の親戚だ。

僕が産まれる少し前、本家の人間がどこかの愛人に産ませた俗に言う「妾の子」というやつだ。

本家には子どもがなく、家元を継ぐはずだった僕の父が死んだため一時は彼女を認知して家元に、と言う話もあったようだ。

そこで母の妊娠が分かったため、その話はなくなったが、今後に備えて……ということで正式に認知され、本家の霞家の子となった。

僕が産まれた事で彼女が家元になる話はなくなったため、本家ではかなり疎まれていたらしい。今はもう独立してあまり本家にも帰っていないようだが。


「まぁ、それなりに元気にやってるよ」

「そう。あ、おにぎり買ってきたよ。食べる?」

「それってさ、女の人が男の部屋に来たらご飯作ってくれるもんじゃないの?」

「なに? 期待してた?」

「そんなことないよ。ただ、僕にはおにぎり渡して自分は酒飲むってどうなの」


僕の呆れた顔を尻目に彼女は袋から取り出した缶を開けた。ぷしゅっと小気味いい音が響く。


「細かいことは気しないの。それとも樹里も飲む?」

「僕は未成年なので、結構です」

「相変わらず真面目ちゃんだねぇ」


それから僕たちはしばらくお互いの近況について語り合った。まぁ、主に聞かれるがままに話していたのは僕の方だが……。


「うっそ! 歴史(ヒストリア)の教授まだいんの?! いつお迎えが来てもおかしくないのにねー」


だいぶ酒が回ってきたのか、春乃さんもかなり饒舌になってきた。春乃さんは僕の六歳年上で、魔術学園の先輩でもある。

本家が養子にするだけあって、かなり優秀だったらしい。


「ちょっと飲みすぎじゃない?」

「だいじょぶ、だいじょぶ。大した量じゃないよ。それにもう親からどうこう言われる年じゃないしー」


親のことを言われ、本家の人たちのことを考えた。


「なんかもーさー。やんなっちゃうよねー。あーしろ、こーしろとか、あれしちゃだめ。これしちゃだめ、とかさ。私が邪魔ならそう言えばいいのにさぁ」


何も言えず押し黙る。僕の様子には気づかないのか、春乃さんはしゃべり続けている。


「もう笑っちゃうよね。自分たちで呼んだくせにさ。邪魔だけど、死んだ当主のじじいの子どもだから変なこともできなくて隔離してんの。まぁ、おかげで私は良い生活できたし、勉強もさせてもらえたからそれだけでも儲けものだけど」

「ごめん……」


耐え切れず思わず謝る。春乃さんはきょとんとした顔でこっちを見ていた。


「ごめん……。僕のせいで。僕が産まれたから、春乃さんは次期家元候補じゃなくなって、本家で爪弾きにされたんでしょう? 僕が産まれなければ春乃さんが……」


下を向いて拳を握りしめていると、春乃さんの笑い声が響いた。


「なーに言ってんの。樹里のせいじゃないでしょ。悪いのは全部自分たちの良い様にことを運ぼうとする本家(うち)の連中でしょうが」

「でも……」

「でももへったくれもないよ。あんたは悪くないの」


明るく微笑む春乃さんを見て、長年疑問に思っていたことを思い切って聞いてみた。


「なんで……。なんで春乃さんは僕に良くしてくれるの?」

「は?」

「僕が産まれなければ春乃さんはこんな扱いを受けないはずなのに。なのに、春乃さんは最初から僕に優しかった。なんで?」

「なんでって……」


春乃さんは困ったように手に持った缶を見つめた。


「覚えて、ないかぁ」

「なにが?」

「私が本家に来てしばらくしてさ、あんたが順調に育ってるから私の家元の話がなくなったの。その途端、優しかった家中の人間が冷たくなったんだよね。その時、少なからず樹里のことを恨んだの。『あいつなんか産まれなければ良かったのに』って」

「じゃあ……」

「まぁまぁ。そんな風に思ってたんだけど、ある日私が本家の人間にいじめられて泣いてるとき、励ましてくれた子がいたんだ。『おねえちゃん大丈夫?』って。ちっちゃい手で頭なでてくれてさ。味方のいない家で、すごく救われた気持ちになった。『大丈夫?』なんてずっと言われてない言葉だったから」


春乃さんは空き缶を手に持ったまま、昔を懐かしむように続けた。


「その時その子が言ったんだよね。『おねえちゃんごめんね。僕のせいで。』って。そこで気付いたんだ。この子が私の憎んでいた樹里だって。と、同時に自分が恥ずかしくなったんだよね。こんなにちっちゃいこの子は、自分のせいでいじめられている私を気遣ってくれてる。それなのに私ときたら、自分が良い暮らしをしたいがためにこんなに優しい子を恨んでいたんだ、って。それじゃあまるで本家の人間みたいじゃない? だから私はその日から樹里のことは恨まなくなったよ」


まったく覚えていなかった。僕の古い記憶の最後は、もう春乃さんと遊んでいる記憶しかない。そんなことがあったのか。


「その時から私は……」

「え?なに?」

「なんでもないよ。その時から優しい子だな、と思ってたの」


春乃さんが急ににこっと微笑んだので、僕は恥ずかしくなって下を向いた。


「それに能力のこともあるしさ。出生だけが原因じゃないよ」

「あ……」


魔法使いになる者のほとんどが、幼少期からその片鱗を見せる。

もちろん、厳しい訓練によって身につけるものもいるがごく稀だ。ほとんどがその血脈を受け継ぎ、一族が似たような能力を身につける。

彼女の場合、本家の人間の能力を受け継ぎ植物魔法の才能を見せたが、同時に氷結魔法も得意であることが分かった。

一人の人間が複数の魔法を得意とすることは不思議ではない。むしろ訓練せずに複数種を扱えるのは、才能がある証だ。

しかし、本家の人たちはその組み合わせが気に入らなかったらしい。

例えば、水と植物であれば相性が良い。雷と植物もだ。雷は植物の成長を促す。しかし、氷結は植物と相性が悪い。植物は凍り、やがて枯れてしまう。

植物魔法を最大限に生かす「華道家」にとって、相反する能力に特化してしまうのは好ましくないことだ。

幸い僕は、植物魔法が辛うじて使えるかどうかだった訳だが……

そんな不幸も重なり、春乃さんの本家での立場は、彼女が才能を開花させればさせるほど危ういものになっていった。


「ま、そんな昔のことはいいじゃない」


なんとなく気まずい沈黙が流れたあと、春乃さんの携帯が鳴った。

彼女は素早く携帯を確認するとすぐに伏せてしまった。


「いいの?」

「いいの、いいの。どーせ仕事だし」


机の上に肘をつき、体勢を変える。その度に白い山が柔らかに形を変えながら、山頂が見えるか見えないかの微妙な角度で焦らしている。

ふと視線を落とすと、薄ピンクの布とともに山頂が見えそうになり慌てて視線を逸らした。見えない時は「もう少しで見えるのに……」と残念がるくせに、見えると慌てて見ないようにする。健全な十代男子はなんとも臆病なものだ。慌てて目を逸らしたことにより、気にしていたことがバレるような気がして急いで話を続けた。


「し、仕事って今なにしてるんだっけ? 研究所?」

「あー。ちょっと前まではね。今はそこを直轄してる部隊に異動したの」

「部隊って?」

「ガーター騎士団」


その名前自体を聞いたことはあったが、何をしている団体なのかまでは分からなかった。


「春乃さんのいた研究所って、違法装具の調査とかするところだよね? そこを管理する部隊ってどういうところなの?」

「んー。早い話が魔術専門の公安機関かなぁ。ざっくり言うとね。一般的な公安機関では処理しきれない、高度な魔術関連の事件とか、政治的要素が絡んだりすると騎士団(うち)のお仕事になるかな」

「なにそれ、カッコイイ」

「まぁ、響きはカッコイイけどさ。実際カッコイイのって、部隊の上にいる一部の人間だけだよ。あとの人たちは『その他大勢』って感じ」

「忙しいの?」

「んー。私が入団してしばらくはそうでもなかったんだけどねー。ここしばらくは忙しいかなぁ。なんか厄介な輩が多くてね」

「厄介って?」


耳慣れない職業に興奮した僕が矢継ぎ早に尋ねると、彼女は口の前で指を交差して色っぽく笑った。


「ここからは言えません。捜査中の案件に関しては、箝口令が出されているので」

「なにそれ、つまんないなー」

「まぁ、可愛い『またいとこ』のあんたには少しだけ教えてあげる」

「なに?」

「最近、魔術学園に通う生徒や未成年の見習いの見習い(ヴェスティ)が行方不明になる事件が発生してんのよ」


初耳だった。ニュースでやっていただろうか? しかし、そんな物騒な事件ならもっと大事になっても良いはずだ。


「初めて聞いたよ」

「でしょうね。一人目が行方不明になったのがおよそ一ヶ月前。三日前に二人目の行方不明者が発覚したばかり。未成年の行方不明って、家出かそれとも誘拐か、不鮮明なことが多いからすぐには報道されないのよ」


なるほど。誘拐事件であれば、犯人を刺激しないためにもしばらく発表はされないということか。


「それに行方不明者はまだ二人だし、連続事件なのかも分からないから各教育機関へも内々でしか通達してないの。だから、一般生徒やその他の人は知らないってわけ」

「ふーん……。でもそんな不確実な行方不明事件をさ、なんで騎士団が調べてるの?不確実なら警察の領分じゃない?」

「おっと……。ここからは本当に言えないよ」

「えぇーー。ここまで言っておいて?!」

「まぁまぁ。美女に焦らされるのも良いでしょ」


すると彼女は実に色っぽく、そして自然にウィンクして見せた。惚れっぽい男子ならイチコロだ。あいにく僕は、彼女のこういう行動には耐性がついている。


「とにかく、ね。あんたも気を付けないよ。まぁ、その心配は限りなく低いだろうけど」

「それ、どういう意味?」

「まぁそのまんまの意味かな。とりあえず用心するにこしたことはないから」


なんとなく馬鹿にされたような気がして、僕は少しむっとした。


「さてと。そろそろ帰るかなー。さすがに親戚の家とは言え、未婚の女性が一人暮らししてる男子のところに泊まるなんて危険すぎるもんねー」

「どういうことよ」

「えー。だってぇ。夜這いでもかけられたらこわぁい」


春乃さんは急にぶりっ子の真似をしてみせた。

突然の爆弾発言を受けて、僕はしどろもどろになってしまった。


「そっ、そんなことしないよ!」

「あはは。赤くなっちゃって可愛いねぇ。ま、あんまからかうと怒られるし、本当にそろそろ帰ろうかな」


腰を上げた彼女を玄関まで見送ったところで、急に彼女が振り返った。

やや上目遣いになり、真剣な顔で僕を見つめる。


「ねぇ」

「な、なに?」


あまりにも真剣な表情だったので、少しどぎまぎしながら返事をした。


「本当にえっちな本ないの?」


呆れた。まさかのまさかのまさかで、別れのキスでもねだられるのかとほんの少しでも考えた自分が馬鹿みたいだ。

僕は限りなく、彼女へ呆れたのが伝わるよう答えた。


「ないって」

「ふーん……。あ。彼女がいるからそんな必要ないのか」

「だから、そういうのもないんだってば」

「え?! 樹里、彼女いないの?」

「いないよ」


何度も確認されるとさすがに腹が立つ。どうせ僕は灰色の青春だ。


「ふーん。そっか」

「なにか問題でも?」

「べっつにー。ご愁傷さま☆」


春乃さんは明るく僕の心の傷をえぐると、前に向き直った。


「良かった」

「え? なんか言った?」

「なんでもないよ。それじゃお休み!」


いきなり鼻先でドアを閉められてしまった。慌ててドアを開けて外を見ると、ちょうど彼女がスキップしながら帰っていくところが見えた。

転ばなければいいのだけれど……。






 春乃さんが僕の家を訪ねてきた翌日、放課後に應から呼び止められた。


「樹里。お前今日もうち来るか?」

「あぁ。みんなが行くならそのつもりだったけど、行かない方が良いのか?」


僕たちの実技練習はすっかり習慣となり、週五日あるうち三日か四日は放課後に應の家に集まることが当たり前になっていた。


「いや。来てくれた方が助かるんだ。例の……件で」


應が急に声をひそめた。「例の」とはなんのことがすぐに分かった。

あの謎の扉だ。僕たちはひとまず実技練習に専念し、扉自体のことは應が調べる手はずになっていた。


「わかった。じゃあ今日はまず話し合いからだな。他の二人も来るんだろ?」

「実は……。二人には『団体』のことは言ってないんだ。危ないかと思って。俺が調べてみて、特に問題がないようであれば二人には同行してもらうつもりでいる」

「もし、危険と分かったら?」

「お前も無理にとは言わない。でももしお前が行ってくれるなら、二人には空間魔法が閉じられた、とかなんとか言ってごまかすよ」

「うーん……。まだなんとも言えないけど、とりあえず詳しい状況を聞いてからだな」

「もちろんそれで構わない。さっき琴とみづはが教授に呼ばれてたから、今のうちに俺んちに向かおう。二人には今日は無理だって言ってある」


こうして女人禁制の秘密の作戦会議が開かれた。

いつもであれば、應の離れに荷物を置き、第二の装具を持ってすぐ裏庭に行くのだが、今日は違う。離れに着くと、應は部屋の扉をきつく閉じた。


「さて……。あれから『holy prey(聖なる犠牲)』についてちょっと調べてみたんだ」

「どうやって? そんな公に活動してるもんなのか?」

「とんでもない。立派な地下組織だよ、あれは。ただ、その歴史は古くていくつかの書籍にはそれらしい団体の記載はあった。あとは噂とか人の話だな。それと……」


應が人の悪い顔になった。こういう顔をするときは大抵なにか法をおかしたか、校則を破ったかのどちらかだ。


「ちょっと兄上殿の書斎にね……」

「お前のお兄さんってあの装具の?」

「あぁ。あれは次男な。あいつは俗世に興味なんてないから、こういう事に関してはあんまり頼りにならないな。こういう時頼りになるのは、我が粟國家三男の和火(かずひ)だな」

「ふーん……。そのお兄さんはなにやってる人なの?」

「樹里。お前ガーター騎士団って知ってる?」


それは昨日聞いたばかりだった。僕は頷く。


「なら話が早い。和火兄の仕事は騎士団(あれ)の副団長。まぁ、早い話が騎士(ナイト)様だよ」

「お前んちってなんかいろいろすごいのな」

「んー。親父や兄貴はすごいけどな。多分コネとかも大いにあると思うぜ。まぁ、あの兄貴の場合多分もう騎士(ナイト)じゃなくて男爵(バロン)あたりだろうな」

「なにが違うの?」

「早い話が階級みたいなもんだよ。ガーター騎士団は昔ながらの爵位を団員に与えてるんだ。入団した時点で騎士(ナイト)に、その後は階級が上がれば爵位も自然を上がる」



その爵位が上がれば上がるほど、春乃さんの言っていた「一部の上の人」ということになるのだろうか。


「まぁ、兄貴の爵位はともかく。こないだ兄貴の書斎に忍び込んで見たら偶然かどうか知らないけど『聖なる犠牲』に関する書類があったんだ」

「なんか……。出来過ぎてないか? その話」

「俺の運が良いって言ってくれよ。とりあえず資料を軽く読んでみたんだ。どうやら書斎にあったのは、もともとあった調査資料の一部で完全な情報はわからなかった」


應は「兄貴もそこまで馬鹿じゃない」と悔しそうにつぶやいた。


「その資料で分かったのは、ホーリープレイは現在も地下で活動を続けてる。現在で分かってる限りの活動としては、えーっと……」


應は近くにあったメモ帳を読み上げた。


「まじないや占いなどの魔術研究……卑金属を金に変えるための錬金術……」


どれも歴史の教科書で、大昔の出来事として習ったことばかりだ。

ここで彼が驚くべき発言をした。


「ラヴァルの悲願の達成……」

「なんだって?」

「ラヴァルの悲願の達成、だよ。団体の人間はそう言ってるらしい。近頃になって、その『悲願の達成』が急務になっているらしい。どうやら何人か内部に情報提供者がいるみたいだな。」

「それは、つまり……?」

「うーん……。これは難しいところなんだよな。現代で分かってるのはラヴァルが何百、何千人もの少年を虐殺したってことだけで、本当の狙いは不明なんだ。亡くした少女の復活とか、気が狂ったとかって言うのはあくまでも現代の予想ってこと」

「資料にはなんて書いてあったんだ?」

「それがな、どうやら兄貴達もそこまではつかめてないみたいで『鋭意捜査継続』だとさ」


應が肩をすくめ、僕たちは黙り込んでしまった。少ない情報を整理して考えてみるが、少年達を数千人も殺した男の思考なんて、理解できっこない。ましてや「悲願」など言われたところで、なおさらだ。

そこで僕は口を開いた。


「とりあえず、現在分かってることを整理しよう」

「あぁ。」

「『悲願の達成』ってことは、ラヴァルは何か目的を持って少年達の虐殺を行っていたことになる」

「そうだな」


應も真剣な表情で考え込みながら、相槌を打つ。


「つまり、愛すべき少女を失って気が狂い、手当たり次第殺してた、って説はなしだ」

「それは俺も同感だ」

「そこで、だ。その『目的』とはなんだったのか? 現代では錬金術かなにかで、その少女を取り戻そうとしてたって説が有力なんだよな?」

「俺が調べた限りではな。その他にも、少女の処刑によって『死』に対して異常な恐怖を覚え、年若い少年達の生き血を浴びることによって永遠の命を手に入れようとしてた、って話もある」


僕はまた、少年の返り血を浴びた男を想像してしまい、身震いした。


「団体のやつらが達成できていない、ということは現代魔法ではおいそれと叶えられるものでもないってことだよな。例えば、病気を治す、とか」

「まぁ、現代でも不治の病はあるけど、ラヴァルがそんな難病にかかっていたという記述はどの本でも見られなっかったしな」


駄目だ。なにかいまひとつ決め手に欠ける。何かが分かりそうな雰囲気はあるのに、それが何か分からない。應はイライラと頭をかいていた。


「あー、もう。分っかんねーなぁ。いっそ本人に聞けたらどんなに楽か! 『ラヴァルさん。あなたはなんでそんなに狂った行いをしたんですか?』ってさー」


そろそろ手詰まりになり、應が突飛なことを言う。僕は苦笑しながらも、その意見には大いに賛成だった。


「本当だよな。何をしたくて、そんなことをしたのか……」


ここまで言って僕はあることに気付いた。全身に稲妻が走ったようだ。


「そんな……まさか」

「ん? なんだよ?」

「おい、應。お前、そのラヴァルっていた男が生きてた時代と現代で魔法はどれくらい進歩してると思う?」

「どれくらいって……。そりゃあ多大な進歩を遂げてるだろうよ。あの時代で言う『魔術』や『錬金術』なんて、今の俺らからしたら五歳の女の子がやる占いみたいなもんだぜ」

「それくらい技術や道具が発達した現代でも、当時の願いが達成できていない。そうだとしたら、もしお前ならどうやって達成しようとする?」

「何なんだよ、いきなり。お前なんか変だぞ?」

「いいから。お前だったらどうする?」

「うーん……。そうだな。当時達成できないものが今もできない……。そうしたら、とりあえず現状を上回る『何か』を作ろうとするかな? 装置とか、新しい魔法の応用とか……」

「それだと時間がかかるだろ。『悲願の達成』は急務なんだぞ? そんな研究や開発には時間を使えない。あとやるとしたら?」

「えーっと……。まずは過去の反省点を考えて、改善しようとするだろう。そこで現代の技術が応用できるなら、それに越したことはない。だから、過去の問題を洗うためには……」


ここまで言って、應も気付いたようだ。みるみる顔が険しく青ざめていく。


「過去の問題点を探すなら、過去と同じ……手法で……試すのが……一番早い……?」

「そうだよ」


僕は自分の考えが間違っていることを祈りつつ、しかしそれしか答えが有り得ないことを思い知って絶望しながら、應も考えているであろうことを言った。




「やつらはあの大虐殺を再現する気だ」







 





 僕らが一つの仮説にたどり着いた時、部屋は冷たく静まり返っていた。


『過去の大虐殺を繰り返す』


そのたどり着いた仮説は、最も考えたくない仮説だった。

しかし、その仮説しか成り立たないことも直感でわかっていた。

それまで険しい顔をして黙っていた應が重い口を開く。


「でも……。そんな安易に浮かぶ仮説を、あの兄貴が考えないわけない。身内の欲目ってわけじゃないが、兄貴は俺よりずっと頭も良いし、勘も鋭い。俺たちが考えつくような仮説なら、とっくに思いついてるはずだ」

「確かな証拠がなくて、まだ動けていないだけかもしれない」

「それはまぁ有り得るけど……」


ここでまた僕たちは黙り込んだ。應のお兄さんは何かを知っているんだろうか? 知っているのなら一体何を?


「兄貴は、今のところ通常の業務についてるみたいなんだ。帰りも特に遅くないしな。……と言うことは、まだやつらは行動を開始してないってことだ」

「お兄さんが今どんな仕事をしているかまでは分からないのか?」

「さすがにそこまでは無理だ。現在捜査中の大きい案件を、家に持ち帰って、ましてや俺が読めるような状態にしておくはずがない。それこそ、俺なんかが開けられないような空間魔法で片付けるだろうな」


そこまで聞いて僕は昨日の出来事を思い出した。

突然の訪問者が話していった不穏な事件……。


「もしかして……」

「なんだ、樹里。またなにか思いついたのか?」

「思いついたというか思い出したに近いんだけど……」


そう言って僕は、昨日春乃さんから聞いた未成年行方不明事件について話した。


「怪しいな……」

「だろ?」


黙って話を聞いていた應は、真剣な表情で考え込んでいる。

ここまで話が見えてくると、昨日の話を一緒に思い出した春乃さんの秘密の渓谷も、薄ピンクの布も何てことないように思えた。今はそれどころではない。僕だって、時と場合に合わせて、頭を切り替えるくらいの理性は持ち合わせている。

しかし、一度頭に浮かんで考えてしまうとなんとなくもやもやした。

僕が煩悩と理性の狭間で悩んでいると、應が独り言のようにつぶやいた。


「でも、それなら納得がいくな」

「なにが?」

「家出かどうかも分からないような行方不明事件を、わざわざ騎士団が調査してる理由だよ」

「つまり?」

「その行方不明事件には、ホーリープレイの連中が絡んでると見て間違いない」

「ホーリープレイが魔術集団だから、騎士団が出てきたってわけか」

「そうだな。おまけにただの魔術集団じゃなくて、極めて危険な思想を持った魔術集団だ。それに、お前のまたいとこの話だと、あんまり調査が進んでいる様子じゃないらしい。騎士団が捜査に着手してる中で、そこまで彼らをけむにまけるだけの魔法技術が少なくともあるみたいだな」


確かにそうだった。いくら春乃さんが全てを話したわけじゃないとは言え、一人目の行方不明が発覚したのが一ヶ月前。そして二人目が三日前だ。現状で、まだあまり情報がつかめておらず、ホーリープレイの信者を容疑者としてマークしている程度なのは確かだろう。


これではいよいよみづはや和遊を巻き込むわけにはいかなくなってきた。


「應。あのさ……」

「なんだよ?」

「みづはと和遊の事なんだけど……」

「言わない方がいいだろうな。連続行方不明事件の犯人グループかもしれない団体の、得体の知れない扉の中に二人を入れるわけにはいかない」


應が同じことを考えていてくれたのが、今回の最悪の結論の中でせめてもの救いだった。


「そう言ってくれると助かるよ。僕も二人を危険な目には合わせたくない」

「まぁ、二人にはしばらく実技練習を続けてから、適当にごまかしておけば大丈夫だろ」

「そもそも、あの扉の存在をお前のお兄さんに言ったらどうだ?」

「それも今ちょっと考えてみたんだけどな。ただ、あの扉に紋章があったってだけで、行方不明者とはなんの関係もないだろ。それに、ホーリープレイ自体が事件に関わっている証拠も現段階ではないんだ。だから、兄貴に言ったところで兄貴にはなにもできないよ」


確かによく考えてみれば、そうだ。少なくとも應のお兄さんは、魔術省直轄の騎士団の副団長なのだ。いきなり、怪しげな扉があるからと言って公立の学園内に踏み入るわけにもいかない。ましてや、ホーリープレイの関係者が学校側にいるかもしれない状況では、なかなか難しいかもしれない。


「それもそうだな……。じゃあやっぱり……」

「俺と樹里で確かめてみるしかないだろ。確かめてみて、その上でなにか怪しい証拠が出たら兄貴に相談すれば良い」

「分かった」

「まぁ、俺が調べた限りでは人の気配はなかったし『開けたらいきなりやつらのアジト!』とか『行方不明者が監禁されてた!』ってことはないと思うよ。それにあの空間魔法自体も、そんなに協力なものじゃなかったしな」

「それを聞いて少しだけ安心したよ」


嘘ではない。「少しだけ」安心したのは本当だ。


「とにかく、みづはと和遊に危険が及ぶ心配がなくなったのは良かった」

「当たり前だろ。俺だって自分が提案したことで、同級生に危害が及んだら寝覚めがわりぃじゃん」


そうして僕たちはひとまず、女子二人の安全を確認しあった。


しかし、僕たちは知らなかったのだ。彼女たちが「完全に」安全だったわけではないということを……。 






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