At the Holly Night 〜クリスマスの夜に〜
オモチャ屋の一角にあるぬいぐるみ売り場。
僕はそのぬいぐるみ売り場の棚の上にチョコンと座っている茶色のクマのぬいぐるみ。
名前は……、
『名無し』
つまり名前が無いってこと。
チャームポイントは……、
自分で言うのも恥ずかしいけど、クリクリした愛らしい瞳かな。
そんな僕の悩みごとは処分されてしまうんじゃないかということ。
長い間置いてあっても売れないのだから、いつ処分されてもおかしくない。そう考えると泣きそうになる。もちろん、ぬいぐるみの僕は泣けないけど……。
でもね、そんな僕もついに買ってもらうことが出来たんだ。
それは僕がこのオモチャ屋に来てからちょうど四年目となる、とある冬の日。
その日は街中が賑やかだった。
窓ガラス越しに外を見ればみんなが笑顔になっている。男の人と女の人は肩を寄せ合いながら手を握って街を歩くし、子供たちははしゃいでいた。
街でも店内でもクリスマスソングが溢れている。
そう、この日はクリスマスイブ。そして、僕がこのお店に来てから四年目となる日。
クリスマスは毎度のことながら、開店早々混み合う。
子供たちはお目当ての物を買ってもらえて、みんなが笑顔だった。
一方の僕は、開店してからずっと気持ちがブルーだった。他の人たちは買ってもらえるのに、自分だけ買ってもらえない……。そういう一種の孤独感があった。
それと同時に僕は買ってもらえる人たちを妬んで(ねたんで)いた。
そして極めつけは、買ってもらえる人を妬んでいる自分に対する自己嫌悪……。
気分はブルーになる一方だった。
そんな泥沼の状況から僕を救い上げてくれたのが一人の女性だった。
彼女は僕をジッと見つめる。そして、僕と目が合った刹那、彼女は僕を掴んでいた。
僕を掴んでいる彼女の手は、暖かくてとても優しかった。
彼女が手に取ってくれる前に、手に取ってもらえたのはいつのことだろうか。何週間、いや数ヶ月も前のことかもしれない。もしかすると一年以上前かも……。とにかく記憶にないくらい随分と前なのだ。
彼女は僕を持ってレジに並んだ。クリスマスとあって多少レジは混んでいたものの、スムーズに進んでいった。
僕はこのお店に来た時と同じ木箱に仰向けで入れられ、蓋が閉められた。さらにその上から包装紙が巻かれる。どうやら僕は誰かへのプレゼントらしい。最後はビニール袋に入れられて、お持ち帰りとなった。
車で走ること数十分。ようやくのことで車は止まった。
僕は後部座席に、後ろ向きでうつ伏せという状態で置かれてた。おかげで酔ってしまいリバースしそうになった。もちろん、ぬいぐるみの僕はリバース出来ないけど……。
そんなこんなで車から降ろされた僕は、彼女が持つビニール袋の中で階段を登っていった。
階段を登り終わるとすぐに立ち止まり、ドアをノックして部屋に入った。
部屋に入ると彼女は誰かと話をしているみたいたけど、木箱に納められているうえに包装紙でぐるぐる巻きにされている僕に話の内容は分からなかった。
すると突然、体が宙に浮くのを感じた。それと同時にビニールが擦れるガサガサというやかましい音が木箱と包装紙越しに聴こえた。 今度は包装紙を剥がす音がする。ようやく木箱から出れるらしい。閉所恐怖症の僕は精神がおかしくなりそうだった。……ぬいぐるみの僕が閉所恐怖症になるわけないけどね……。
宙に浮いていた木箱はテーブルの上に置かれた。
木箱の蓋が外れる音がして、箱の中に光が差し込む。蓋が外れるとそこには真っ白な天井と可愛い女の子の顔があった。
「かっわいい〜」
女の子が僕を見ての第一声はそれだった。僕はそれを聴いて嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちになった。
「ママ、ありがとう。」
どうやら彼女はこの子の母親らしい。
女の子は両手で僕を抱き上げて振り回して遊び始める。正直ちょっとしんどかったけど、女の子が喜んでくれたからまぁいいか。
母親は娘に僕を渡すと少し話しただけで早々に帰ってしまった。面会時間ぎりぎりだったらしい。
母親が帰ったあと僕は女の子と少しだけお話をした。
女の子は初めに自己紹介をしてくれた。名前は『あずさ』で今は小学校四年生だって。う〜ん……、小学校ってどんなところなんだろ。僕には分からないや。
それから『あずさ』は完治が困難な難病で五年間も入院していることも教えてくれた。病名も教えてくれたけど、難しくて僕にはよく分からなかった。
そして僕の名前は『クマさん』に決まった。なんかそんまんまな気もするけど、『あずさ』が喜んでくれてるから良いかな。
消灯時間が迫っていて初日はそれ以上お話し出来なかった。
次の日から『あずさ』は僕に積極的に話してくれた。難病を抱えているとは思えないほど『あずさ』は明るくて、一緒に居るととても楽しかった。
そんな『あずさ』を見ていて、僕も『あずさ』とお話ししてみたくなった。だけど、ぬいぐるみという壁がそれを叶えさせてくれなかった。きっと『あずさ』とは別の形で出会えたら何でも話せる良い友達になれたんだろうなぁ……。
僕はいつでも『あずさ』と一緒だった。『あずさ』が苦いお薬を飲む時は傍らにいて応援してあげたし、お着替えの時は後ろを向いていた。
年が明けて一週間経ったある日、一人の男の子が『あずさ』の部屋を訪れた。見た感じは『あずさ』とあんまり変わらない。『あずさ』のお友達なのかな。
男の子と話している『あずさ』はとっても楽しそうだった。
男の子は一時間ほど『あずさ』と話しをして帰っていった。
男の子が帰った後、『あずさ』は僕に男の子のことを教えてくれた。『あずさ』によると男の子の名前は『けいいち』って言って、『あずさ』とは幼馴染みらしい。
「あのねクマさん、あたし『けいいち』君のことが好きなんだ。クマさんは『けいいち』君のことどう思う?『けいいち』君ってカッコ良いよね〜。あ、この話はあたしとクマさんだけの秘密だよ。お母さんにも言ってないんだからね。」
『あずさ』は『けいいち』のことが好きらしい。確かに『あずさ』が言うようにカッコ良かった。小学校四年生のクセに妙に大人びているというか、口じゃ上手く表現出来ないけどカッコ良かった。
僕としては母親にも話してないことを話してもらえることがとっても嬉しかった。だって、なんだか本当の親友みたいじゃん。
僕から見ると『あずさ』と『けいいち』はベストカップルだった。『あずさ』は『けいいち』に劣らないぐらい可愛いし。
『どうして好きって言わないの?』
僕は思い切ってに訊いてみた。
「勇気がないから……。勇気がないから好きって『けいいち』君に言えないんだよね。それにあたしって病気持ちだし……。きっと『けいいち』君、嫌がるよ……。」
聴こえない筈の僕の声が届いたのかな?
どうやら『あずさ』は自分の病気のことを負い目に感じてるらしい。『あずさ』が負い目を感じることなんてないのに……。なんとか元気付けてあげたかったけど、僕にはどうしようもなかった。
「だけどね、病気が治ったら『けいいち』君に好きって言えそうな気がするんだ。だからクマさん、あたし頑張るよ。」
間を空けて、『あずさ』は明るい調子で言う。この言葉を聴いた時僕は『あずさ』の、本当の強さがわかった気がした。
『あずさ』に表面上だけの励ましは要らない。寧ろそんなことは鬱陶しいだけなのだ。
……そう、僕が先程まで何とか励まそうとしていた励ましは、所詮表面上のものなのだ。たとえ僕が意識していなくても……。
『あずさ』とは二週間程度の付き合いしかない僕に『あずさ』の何が分かるというのだろうか。たった二週間程度の付き合いで『あずさ』の苦労が分かるわけない。五年間も入院している辛さなんて理解してあげられない。やはり、『あずさ』との付き合いが短い僕の励ましは、表面上のものでしかないのだ。
それでも、『あずさ』を励ましたくなる。応援してあげたくなる。心の底から。……そんな僕は傲慢なのだろうか…………
『けいいち』は二週間に一度のペースで病室を訪れて『あずさ』の話し相手になってあげた。
僕が『あずさ』のところに来てから半年が過ぎた六月の下旬、唸るように暑い日だった。
『あずさ』の容態が急変したのだ。『あずさ』は寝ていたら突然苦しみだして、ベットに備え付けられているナースコールで看護師を呼んだ。
看護師が急いで来てくれたから一命は取り留めたものの、『あずさ』は集中治療室で一週間くらい過ごした。
近々退院できると『あずさ』が喜んでいただけに、僕には信じられない出来事だった。 一週間くらい経って、集中治療室から元の病室に戻ってきた『あずさ』は別人のようだった。今まではしてなかった点滴を腕からしてるし、綺麗だった髪の毛はバサバサになり、顔は酷くやつれていた。薬の量も以前の三倍に膨れ上がっていた。そこに以前の『あずさ』の姿はなく、そこに居るのは『あずさ』という名の廃人だった。
その姿は見ているこちらも辛くなるものだった。『あずさ』からは生きるという活力が無くなり、ただボーッとして一日を過ごす。今は容態が急変したショックを受けているだけで、『あずさ』のことだから僕はすぐに元の『あずさ』に戻ると信じていた。だけど、なかなか元の『あずさ』に戻る様子はない。
大量に投与されている薬の副作用で軽い鬱になっているのも原因の一つなのだろうが、自分から“生きたい”という気持ちが『あずさ』から感じられなかった。
看護師の『みさと』さんは精力的に『あずさ』の面倒を見ていた。ことあるごとに『あずさ』に話しかけるようにしていた。
「今日は暑いね〜。」
「良い天気だね、『あずさ』ちゃん。」
「花瓶のお花が綺麗だよ。」
「…………………。」
他愛のない話。たとえ『あずさ』に無視されようとも、『みさと』さんは根気良く続けていった。
『みさと』さんの優しさに触れていくうちに、『あずさ』の瞳にだんだんと光が戻っていくのが僕にはわかった。
やがて、能面みたく感情のなかった顔から『あずさ』の顔には微かながらも感情が現れるようになってきた。
また、自力で食事に手を付けるようになっていた。『あずさ』は心身共に順調な回復を見せる。
『あずさ』は回復の一途を辿る一方で、ある日突然僕にこんなことを話してくれた。
「あのねクマさん、あたしの将来の夢は『みさと』さんみたいな優しい看護師さんになることなんだ。クマさん、あたしも『みさと』さんみたいな優しい看護師さんになれるかな?」
『なれるよ』
僕は本気でそう思った。『あずさ』の笑顔は皆を元気にさせてくれる。そういう力が『あずさ』にはあるのだ。
そして、病気を患っている人には『あずさ』みたいな存在が絶対に必要となる。『あずさ』にとって『みさと』さんがそうであったように。
『なれるよ。きっと。』
僕の想いは『あずさ』に届いただろうか。
「頑張るよ。」
『あずさ』はそう言い残して眠りに就いた。
月日は駆け足で巡り、僕が『あずさ』のところへ来てからまもなく一年と迫っている。
しかし、出会った当初のような元気な姿を見せてくれる『あずさ』は居なかった。やはり六月の下旬に容態が急変したのが原因らしい。容態が急変した直後から長い間高熱が続き、幼い体で乗り越えられたのは奇跡だという。そのツケが今回ってきたのだ。 一時期は全快したように見えた『あずさ』だが、体の中では免疫力が一気に後退し、健康体では有り得ないような病気に『あずさ』は侵されてきた。
今思えばこの六ヶ月は病気との闘いだった。次々と新たな病気にかかっていく、それは生き地獄としか言えない。頬はやつれ、目は虚ろだった。
あんなに元気だった『あずさ』が日に日に衰弱していく姿を見るのは忍びない。
今の『あずさ』はひたすら絶対安静。ベットから降りることすら禁止されている。動けば新たな病気に感染する可能性があるからだ。そうすることで、必死の延命を図っている。
僕は随分と『あずさ』の笑った顔を見ていない。
母親は娘の死期が近いことを悟ったのか、担当医に『あずさ』を一時帰宅させてほしいと頼み、担当医から許可が出た。担当医も医学的に『あずさ』の死期が近いと知り、最期に一度は家族の時間を、と思ってのことだろう。僕も死期が近いことを心のどこかで知っていたのかもしれない……。でもそれだけは認めたくなかった。
話し合いの末、一時帰宅させる日は12月24日のクリスマスイブに決まった。そう、僕が『あずさ』のところに来て一年になる日に。
一時帰宅させる12月24日までのおよそ二週間。万全の準備が進められていく。それに伴い『あずさ』の健康チェックも厳しくなった。
12月24日──
今日はクリスマスイブ。病院の待合室には色々とりどりの装飾が施されたクリスマスツリーが設置されていた。
午前中に行われた担当医による最終チェックもOKが出た。
出発前に母親は担当医と何やら話し込んでおり、出発予定時刻からおよそ一時間遅れで『あずさ』を乗せた車は発進した。僕は『あずさ』にだっこされるような形になっている。これなら来た時みたいに酔うこともなさそうだ。 フロントガラス越しに見る街はクリスマス一色に染まっていた。あちこちでサンタさんの格好をした人たちが道行く人にビラを配っている。
車は途中でお菓子屋さんの前で止まった。母親がケーキを買いに行ったのだ。その間僕と『あずさ』はおとなしく待っている。
クリスマスで混んでいるのか時間がかかったものの、大きな箱を持って店から出てきた。そのケーキを見て『あずさ』は嬉しそうな顔をしていた。
病院を出発したのが正午近くで、家に着いたのは午後四時を少し回ったとこだった。
家の見た目は普通の一戸建てより一回り大きい感じ。家の中はがらんとしていて唯一温もりを感じられるといえば、一際存在感を放つクリスマスツリーに施された電飾が醸し出す灯りくらいだろうか。
前に『あずさ』から“父親”が居ないということを聞いたことがある。『あずさ』が三歳の時に交通事故で亡くなったらしい。よって、この広い家には母親が一人で住んでいるのだ。温もりなんて感じられるはずがない。
帰って早々母親は夕食の準備を始めた。
料理が運ばれてくると、空腹に耐えかねたのか『あずさ』はすかさず手を伸ばして、
「いただきます。」
と言って食べ始めた。
「いただきます。」
料理を運び終えた母親もすぐに『あずさ』に続いて料理に手を付ける。
暫くの間はナイフやフォークの音だけが響いていた。
しかし、突如母親が口を開いた。
「『けいいち』君のこと好きなの?」
「………………。」
母親の突然の質問に『あずさ』は手を動かすのを止め、暫くの間母親の顔を見つめていた。その表情は何と言えばいいか分からない、といった感じだ。
「好きなんでしょ?」
攻撃の手を休めようとしない。
「………………。」
「どうなの?」
『あずさ』は諦めたのか口を開いた。
「うん……。好きだよ。」
「やっぱりね。もう告白した?」
「まだ………。」
「ママが見たところによれば『けいいち』君は『あずさ』に気があるわね。」
「本当?」
『あずさ』の顔が明るくなる。
「ママを信じなさいって。こう見えても若い頃はモテモテだったんだから。」
「ふ〜ん。」
『あずさ』は疑いの目を向けている。
「あ、ママのこと疑ってるわね。でも、『けいいち』君みたいな子が『あずさ』と結婚して息子になってくれたらママは超嬉しいな。」
「ママに『けいいち』君は渡さないもん。」
「ママが『けいいち』君を奪っちゃうもん。」
「ママには絶対に渡さないもん!」
……二人の会話に僕はついていけません。
腹が膨れてきたのか『あずさ』の手の動きが億劫になってきて、
「ごちそうさま。もうお腹一杯。」
と言って手の動きを止めた。その口調はさも満腹といった感じだ。
「まだごちそうさまじゃないでしょ?」
「えっ?」
「まだクリスマスケーキが残ってるわよ?」
「あっ、そうか。」
母親は冷蔵庫に入っているケーキを取り出して持ってくる。
『あずさ』は先程まで
「お腹一杯」
と言っていたのにケーキを別腹という名の亜空間へとさっさと納めていた。
夕食が終わったのは七時頃だろうか。夕食が終わった後は母親と雑談したり、テレビを見たりと普通の子と同じように過ごした。
ただ、違う点が一つある。それは就寝時間が早いことだ。
『あずさ』と同年代の子は十時過ぎまで起きていたりするが、『あずさ』は九時に寝るようにと医者から言われている。
何故かというと、『あずさ』は免疫力や体力が低下しているため、十分な睡眠時間を確保しなければならないからだ。また、起床時間も七時と決められていた。これは生活リズムを一定に保つためだ。
九時十分前になると『あずさ』は僕を抱えて二階の自室に上っていった。
『あずさ』の部屋に入ると、そこは確かに女の子の部屋だった。
壁やカーテンなんかはピンクを基調としていて、ベットのシーツや掛け布団なんかもピンク色に染まっている。
僕をベットの上に座らせた『あずさ』は、取り敢えずパジャマに着替え始める。
パジャマに着替え終わったところでドアをノックして母親が入ってきた。
「一人で寝れる?」
「うん。大丈夫。」
「本当に?」
「うん。いつまでも子供じゃないんだからね。」
「そうね。……おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
名残惜しそうに『あずさ』を見つめ、ゆっくりと部屋を出ていった。
「クマさん、ありがとう……。」
消え入りそうな小さな声だけど、確かにそう聴こえたのだ。『あずさ』は深い深い眠りに就き、それ以降喋ることはなかった。
12月25日──
僕が目を覚ますと、泣きじゃくる声が聴こえてくる。声がする方を見れば『あずさ』に抱きついて泣いている母親の姿があった。
僕はこの時すぐに何が起きたのかわかった。そう、『あずさ』は帰らぬ人となったのだと……。 青白い肌からは人の温もりを感じられず、唇はピンク色から青紫色へと変わっていた。
結局あの言葉が『あずさ』の最期の言葉になってしまったのだ。
母親が呼んだのであろう救急車が、閑静な住宅街の静寂を突き破って家の下で停車した。階段を駆け上る慌ただしい足音とともに救急隊員が部屋に入ってくる。救急隊員が脈に手を当てがい、『あずさ』の死亡が確認された。それを聞いた母親は足元から床に崩れ落ちてしまった。母親は僅かな可能性を信じていたのだ。
四十九日も無事終わり、今日で一周忌を迎える。街は恒例のクリスマスで盛り上がっていた。
相変わらず遺影の中の『あずさ』は眩しいほどの笑みを湛えている。そこだけ時間が止まっているかのようだ。これからも変わることのない『あずさ』の笑顔。僕は遺影の隣に座り、ずっと『あずさ』の笑顔を見てきた。それは、これからも変わることはないだろう。
あの後行われた葬儀は親戚と『けいいち』の家族だけで自宅で厳かに行われた。
母親は泣くこともなく、立派に喪主としての役割を果たした。しかし、葬儀が終わり『あずさ』の棺の前で一人になったとき、堪えていた感情が大きな雫と化して、一滴、二滴と溢れた刹那、滝のように降ってきた。棺にしがみつき、まるで子供のように泣いていた……。
僕も『あずさ』を想って泣いた。もちろん、ぬいぐるみの僕は泣けないけど……。それでも心の中で精一杯泣いた。『あずさ』との記憶を噛み締めながら泣いた。確かに泣いたのだ。『あずさ』を想って……。
死に化粧が施された『あずさ』の顔とても美しく、キスをすれば目覚めるのではないかと思えた。このまま朝になったらひょっこりと起き出すのではと、淡い期待を抱いた……。
荒れることはなく、静かに深く『あずさ』は眠るように逝ったのだ。それがせめての救いだ。
翌日火葬場で火葬された『あずさ』の遺骨は小さな骨壺に納められ、父が眠る墓に埋葬された。
僕は今日も遺影の隣で『あずさ』を想っている。
僕の想いは『あずさ』に届いているだろうか。
あずさ、これからもずっと一緒だよ──
〜End〜
みなさんこんにちは。柊です。
少し早い気もしますが、クリスマス小説を書いてみました(実は、この作品が処女作だったりします)
この小説は予定より遥かに長くなってしまいました。本当は3〜4ページで収めようとしたんですけどね(^_^;)
まぁ、僕のミスです。
この短篇小説を読んで下さった方々、是非とも感想をお願いしますm(_ _)m
次回作の参考にもなるので。
11月6日 柊