表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

旅立ちの時(1)

再び、氷魚の前に現れた瑪瑙。
『お前は、今夜死ぬ』と。
彼は急に、こんな事を氷魚に言った。
彼女の運命、いかに!?

「氷魚、お昼できたわよ?」

彼女は、居間に氷魚の姿がないのに気づき、廊下に出た。

一歩、階段に足をかけて、氷魚を呼ぶ。

しかし、返事は返ってこなかった。


 「氷魚、氷魚…」

うす闇の中、中音の男の声が響く。

漂っていた彼女の意識は、ゆるゆると浮上を始めた。

「ん、誰…?あたしを呼ぶのは」

氷魚は、ごしごしと眠い目を擦り、顔をあげた。

「やーっと起きたかよ、俺だよ、俺!」

ぐるりと視界を巡らせると、瑪瑙が机に座っていた。

「あら、さっきの猫ちゃんじゃない」

「瑪瑙だっ、記憶力ないのか!」

欠伸をして、つっこむ瑪瑙をシカトする氷魚。

「で、なんなのよ。例の【お迎え】?」

「話を逸らすんじゃねぇ、それもあるが、教えてやりに来たんだよ」

シカトをされて面白くなかったのか、瑪瑙は、憮然として言った。

「何を?」

氷魚は、訝しげに眉をひそめた。

相変わらず、この男は言葉が足りない。

「お前…今夜死ぬぜ。だから、思い残しがあるなら、早いウチに済ませとけよ」

一瞬、思考が止まった。

心臓が、止まるかと思った。

急に、なにを言いだすのだこの男は!

「ち、ちょっと!死ぬってなに!?何なのよっ、って言うかアンタ、ひとっ言もそんな話、しなかったじゃない!いきなり現れて、そんなこと言うんじゃないよっ」

氷魚は、瑪瑙の襟首を、ガクガクと引っ張りあげて怒鳴った。

「まっ、待て!ヒトの話は、最後までちゃんと聞けって…続きがあるんだよ」

締めあげられた瑪瑙が、じたばたと暴れる。

彼としても何とかして、この状況から抜け出さなければならないからだった。

「え?」

氷魚は、動きを止める。

「ぶは…死ぬかと思ったぜぇ」

瑪瑙は、襟元を直しながら、話し始めた。

「別に、生命自体が消えるわけじゃない、言い方が悪かったよな、ごめん…被っていた人の皮が破れて、孵化をする、これは覚醒めなんだ」

「覚醒め?」

きょとん、と首を傾げる氷魚。

「ああ。まだ時間もあるし、挨拶ぐらいしてこいよ。もう、会えなくなっちまうぞ?」

「あ…えなくなる?」

「そうだ、人として生きた記憶は、そのまま残る。相手も、お前を忘れない。だけどな、俺たち魔属っていうのは、人の目には見えないんだ。例え、目の前にいてもだ、姿も見えずに、声も届かない」

「そんな、どうして!?」

勢いよく振り仰ぐ氷魚に、彼は、どこか辛そうに微笑んだ。

「それが、決まりだからだ」

握りしめる氷魚の掌に、きつく爪が食い込む。

「ねえ、あと…時間、どれくらい?」

俯いたまま、氷魚はぽつりと呟いた。

「日没…陽が沈んですぐに、変化はくる。行くんだな?だったら母親に言っておけ、暗くなったら、絶対外に出るな、と。いいな?」

「分かった…」

ゆっくりと、木目地のドアが閉まる。

氷魚が部屋を出て行ってから、瑪瑙は悲しげに、一つ息をついたのだった。

「可哀相だが、仕方ないんだ…」


 階段を下り、廊下を抜けて。

氷魚は居間に入った。

「ねえ、お母さん」

氷魚は、いそいそと、台所を片付けている母の背中に話しかけた。

「ああ、氷魚?お昼なら冷蔵庫の中よ?」

「うん、ありがと。ねえお母さん、あたしがいて、よかったって思ったこと、ある?」

「もう、どうしたの?あるに決まってるじゃない。ヘンな子ねぇ…」

彼女は、怪訝そうに眉を寄せた。

「ううん、なんでもない。ありがと、お母さん」

氷魚は、泣きそうになるのを、笑って誤魔化した。

「氷魚、あなた最近可笑しいわ?もしかして、どこか悪いの?」

母親は、心配そうに、氷魚を見あげていった。

「なんでもないの、ただ、聞いてみただけ」

「そう、ならいいけど…」

「お母さん、今日は、もう外には出ないでね?危険だから」

「氷魚?」

「絶対だよ?」

「え、ええ」

なぜか強く念をおす氷魚に、母親は、なにが何だか分からない、という顔をしながらも頷いた。

「元気でね、お母さん…バイバイ」

すれ違いざま。

氷魚は、そっと呟いた。

「ちょっ、ちょっと氷魚…なんなの?一体」


 氷魚の、部屋のドアが閉まる。

「あ、氷魚」

戻ってきた氷魚に、話しかけようとした瑪瑙は、びくりと動きを止めた。

彼女は、泣いていた。

溢れる涙を拭いもせず、声を殺して、泣いていた。

「もう、全部渡した…あたしは、独りぼっちだ」

むせび泣く彼女を慰めるように、瑪瑙は、ポンポンと軽く背中を叩いてやった。

「陽が沈む。時間だ…氷魚」

「どうなるの?あたし」

開け放しの窓から入った風が、カーテンを大きく揺らす。

氷魚は風をまとい、青白く光り始めた。

「きれい…不思議ね」

風を纏いながら、流れるように、彼女の容姿は変化していく。

黒く、艶やかな髪から、燃えるような、赤みを帯びた銀髪へと。

「氷魚、お前に、言っておかないとならん事があるんだ」

じっと、変化を見守っていた瑪瑙は、ひどく言いづらそうに、口を開いた。

「なんなの?」

ぱちり、と瞬いた彼女の瞳は、深い青色に変色していた。

「俺は、親友に、お前を捜して守るよう頼まれた…」

「親友、て…その人が、なぜあたしを捜しているの?その人は、今どこに?」

瑪瑙は、気取られぬよう、きつく唇を噛んだ。

云うことを、躊躇したのだ。

伝えるべきか、否か。

まだ目覚めたばかりの彼女に、【この事】を伝えるのは酷だ。

分かっている。

けれど、伝えなければ、彼女を向こうに連れて行くことはできないのだ。

「ここに、こっちの世界にくる4日前に…死んだんだ。そいつは、氷魚、お前の兄だよ」

瑪瑙の予想どおり、氷魚は驚いた。

なにしろ、片割れの死を、告げられたのだから。

けれど、伝えたこっちも辛いのだ。

こんな事を思ってしまう自分が、なんとも憎たらしい。

暫くうち拉がれていた氷魚が、やっと、搾りだすように言った。

「あたしに、兄がいた?!死んだって言ったわね、なにがあったの?話して、お願い」

「いいのか?ホントに、聞きたいか」

初めて、距離を置くように言った瑪瑙に、氷魚は真っ直ぐな、澄んだ眼差しを向けた。

「いいの、話して」

彼女の目には、一点の曇りも、見受けられなかった。

真っ直ぐな瞳に促されて、瑪瑙は、その重い口を開いた。

「…あれは」

彼は、ぽつりぽつりと語り始めた。

4日前の、あの惨劇を――――――‐‐‐



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ