瑪瑙
突如、目の前に現れた少年・瑪瑙。氷魚は彼に『お前は人間じゃない』と言われてしまう。戸惑う氷魚は…
「お前は人じゃねえ。俺と同じ、魔属だよ。ったく、魂だけで出てきて、そんなに急ぐ必要がどこにあったんだ?」
片眉を上げて、困った顔をしてみせる瑪瑙。
一方、氷魚はパニックのあまり、眩暈を起こしていた。
「だっ、だって、どこ行っても、誰もいなくて、しかも、ウチはなくなっててっ」
「とにかくだ、今は、早く体に戻んな。夜、また迎えに行くからよ」
氷魚は、今にも倒れてしまいそうだった。
あまりに早い展開に、頭がついていかないのだ。
「いや、まだ分かんないんだけど…ねえ、戻るって、どうやるの?」
氷魚はまた、背筋が寒くなる思いをした。
「強く念じればいい、やれやれ…じゃ、後でな」
「あ、ちょっと待っ…」
その時、彼が消えたのか、あたしが消えたのか、分からなかった。
「…お、氷魚!?ちょっと、あなたどうしたの!?しっかりしてちょうだいっ」
「ん…」
氷魚は、揺さぶられて目を開く。
ぐるりとまわりを見まわすと、自分は、自宅の玄関前に横たわっているようだった。
どうやら、無事体に戻れたらしい。
「さっき学校から電話があって、あなた、無断で早退したって言うじゃない。どうしたのっ?」
母の金切り声が、頭に響く。
氷魚は、ふるふると頭を振った。
「さっき?ね、お母さん、今何時?」
「いま?今は、12時半ちょっと過ぎだけど?」
「12時、半?うそ、どうなってんのっ、あたし、さっきで学校にいたのに…もうっ、一体なにがどうなってるの!?」
氷魚、苦悩中。
少し躊躇いぎみに、彼女は氷魚に声をかける。
「なあに、へんな子ねぇ。お昼、まだなんでしょ?作るから早く中に入りなさいよ」
「う、うん」
玄関に入っていく母の背中を見送ると、氷魚は、石青の空を見あげて呟いた。
「あれも、夢だったのかな?」
風が、語尾をかき消す。
氷魚は、くるりと踵を返すと、玄関に消えていった。