幻夢
早瀬氷魚は、どこにでもいるごく普通の高校生。
ある日、氷魚は『迎えにきた』といって目の前に現れた青年・瑪瑙に連れられて、異界の門を潜ってしまう。
砂漠を越え、ハプニング、アクションを交えた旅を続けるうちに、急速に惹かれ合い始める二人。
そして、ついに二人は結ばれ…故郷への旅は一時、終わりを告げる。
さらさら、さらさらと。
水は流れる。
細く頼りない流れは、一つに集まり、やがて夜目にも青白く輝く泉となった。
静かな波の中に、氷魚は漂っていた。
【氷魚……おいで、おいで。目を開けてごらん?】
穏やかな青年の声が、そっと氷魚を誘う。
「誰? あなた、誰……どうして、あたしを呼ぶの?」
氷魚は無意識に、その声に安らぎにも似た、懐かしさを思い出してた。
「霧で、なにも見えないの……あなたは、どこに?」
【おいで、こっちだ】
手が、差しだされる。掴んだその手は、まるで少女のように白く、細かった。
(白い手……女の、人?)
手を取ると同時に、立ちこめていた霧が溶けるように晴れていった。
霧が晴れて、相手の顔が分かった瞬間、氷魚は余りの驚きにきつく息を詰めた。
「あなたっ! あっ、あたし?! ううん、男の人よね?でもそっくり」
うろたえる氷魚に、彼は柔らかく微笑んでから、そっと手を離す。
【やっと会えたね……氷魚、俺は柘榴、君の兄だ。どうしても、伝えたいことがある】
「伝えたい、こと?」
氷魚の兄・柘榴は、ふいに端正な顔を、悲しみに歪ませた。
【君を……守ってやれなかった、許してくれ】
「え……なんの、こと?」
【そうか、いや……知らないなら、今はまだそのままでいい。できたなら、命あるうちにお前に会いたかったよ】
そっと、頭を撫でる手がひどく愛おしくて、氷魚は奥歯を噛みしめて、こみ上げる涙を必死で堪えた。
(……兄さん……)
【村を、頼む……瑪瑙と‐―‐‐―‐に】
「なに? なんて言ってるのか分かんない! ねぇ兄さんっ」
まるで、一時だけ引いていた潮が満ちるように、再び深い霧が立ちこめ、すぐになにも見えず、聞こえなくなった。
「兄さん! 兄さん‐――‐!?」
「氷魚!?お前……何やってんだよっ」
氷魚は、素っ頓狂な瑪瑙の声に、ふと我に返った。
現実でも、氷魚は浅い湖、といっても腰くらいまでしかないのだが―‐‐―の中ほどに浮いていた。
それも、一糸纏わぬ姿で。
確か自分は、ここに水浴びに来たはずではなかったか?
ぼんやりと空を見あげていると、突然彼女の意識は浮上した。
バシャバシャと、水を漕いで瑪瑙が近づいてくる。
その時、氷魚は改めて自分が一糸纏わぬ姿であるのに気がついた。
が、時すでに遅し、である。
「きゃあ‐――! バカッ、変態えっち !こっちこないで――‐‐―!」
「んごっ!?」
その後すぐに、ぱ―‐‐んっと、威勢のいい音が大気を揺るがせた。
慌てて、物陰でごそごそと服を着け始める氷魚。
瑪瑙は、鼻血を噴いてダウン中。
そのわけは無論、殴られたからだ。
「ってぇ……なに今更恥じらってんだよ? いいからこっちこい」
むくりと起きあがった瑪瑙は、軽々と氷魚を掬い上げると、そっと抱き締めた。
「どうした……どっか具合悪かったのか? どうかしちまったかと思ったぜ」
「……」
瑪瑙の腕の中で、なめらかな赤毛を撫でつけられながら、氷魚は大人しくしている。
「……声がしたの、ずっと、あたしを呼んでた」
「声?」
瑪瑙は、ん?と片眉を上げた。
「赤い髪の男の人が、あたしを呼ぶの……すごく懐かしくて、でも、彼の名前が、思い出せなくて」
その時、さっと瑪瑙の顔色が変わった。
「柘榴……柘榴だ!氷魚、他になにか言ってなかったか?」
「ただずっと、謝ってた。『守れなくて、すまなかった、村を頼む』って」
「そうか、アイツらしい……死んでからもお人好しだよ、感謝してやんなきゃだな。アイツが、俺たちを引き合わせたんだ」
「…ええ…」
氷魚は、そんな兄を、心底誇らしく思った。
彼がいなければ、瑪瑙とは会うことができなかっただろう。
「おっ、そろそろ見えてきたな……あの丘を2つ越えたら、俺たちの村だ」
「……ついに、着くのね?」
氷魚は、感慨深く言った。
もうすぐ着くのだ、氷魚の故郷に。
人間としてではなく、彼女が本来、生きるべき世界に。
「ああ」
瑪瑙は一際強く、氷魚の肩を抱き締めたのだった。
どうも、維月です。
『幻夢抄録―覚醒め―』のお届けです。
う〜ん、どうだろう、この話は…余り面白くないだろうか?
少し心配。
しかし、ここまで読んでくださっている読者様方には感謝感涙です。
こんなでも宜しければ、読んでみてやってください。
それでは、失礼致します。