表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

白昼夢

こんにちわ、維月十夜です。

『幻夢抄録―覚醒め―』更新致しましたことをお知らせ致します。

氷魚の前に現れた瑪瑙という少年、彼は一体!?

まあ、ごゆるりとお楽しみくださいませ♪

闇、だった。

その闇の中、高く虚ろに、水音にもよく似た音が響く。

彼女は、哀願していた。

(オネガイ、アタシヲヨバナイデ…アナタハ、ダレ?アタシヲヨバナイデ、メザメナンテ、ノゾンデナイノニ!)

樹々を伝う、赤い雨。

『あれは、なぁに?』

『迎えに、行くからね』


 おかしな夢を見た。

凍えそうなくらいに寒く、真っ白で。

もしかしたら、雪だったのかもしれない。

凍える寒さの中で、あたしは、血にまみれて泣いていた。

『目覚めるのは、イヤだ』と。

それは、妙に生々しく、はっきりと明瞭に思いだすことができた。

(なん、だったんだろう?)

その、妙な夢の余韻が抜けず、ベッドに座ったまま、ぼーっと呆けていた彼女を、母親の怒号が殴った。

「ちょっと、なにボケッとしてるの!?学校、遅刻するわよっ」

「ああ、はぁい!いま下行くからっ!」

ベッドから立ち上がったその時、枕元に置いてあった、目覚まし時計が落下する。

アラームが、穏やかな朝の静寂を切り裂いた。

「あ〜っもう、うるさいなぁ…どうして今ごろ鳴るんだか」

 制服に着替え、着替えの為に閉めてあった、うす藍色のカーテンを開ける。

雲一つなく晴れた空が、目に眩しかった。

「うーん、今日も快晴なり。いいことありそう」

アルミサッシの窓を開けると、初夏の朝風が舞いこみ、彼女の制服の、若草色のスカートを、ひとしきりに揺らした。

「今、夏…だよね?あの夢、なんだったんだろう」

彼女は、ぽつりと呟いた。

ここ最近になって、同じ夢を何度も見るようになった。

なにか、原因になりそうな物を、いくつか思い浮かべてみる。

思い浮かべてみるが…結局、いくらもしないうちに、彼女は考えるのをやめた。

面倒くさくなったのだ。

「ま、いっか。それより朝ご飯た〜べよっと」

彼女はギシギシと、古びた階段を軋ませながら、暢気にも鼻歌を歌いながら下りていった。

 「おっはよう」

台所の暖簾をくぐり、彼女は椅子に座った。

座ると同時に、コトリとテーブルが鳴り、目の前にトーストとベーコンエッグが出された。

「ほら、早く食べなさい。遅れるわよ?」

皿を置いた彼女から、機嫌の悪い、ピリピリとしたものが伝わってくる。

それは、別に自分に対して腹を立てているのではない。

朝の母は、機嫌が悪いのだ。

それが、今に始まったことではないのが分かっているので、別段、気に留めたりはしない。

「分かってるよぉ、いただきまーす」

言われた彼女は、とばっちりは御免ごめん、とばかりに肩をすくめてから笑った。

氷魚ひおあなた、最近顔色が悪いようだけど、ちゃんと寝てるの?」

しかし彼女は、質問には答えず。

トーストをくわえたまま、せわしなく廊下を右往左往していた。

「お母さんっ、そんなの話してるヒマないんだって!」

毎朝の光景に、彼女の母親は、先が思いやられる、と溜息をついた。

「忘れ物は、お弁当持った?」

「ないないっ、いってきま〜す!!」

玄関のドアが、勢いよく閉まる音を遠くに聞きながら、氷魚は走り出した。

氷魚は、元気だけが取り柄の、どこにでもいる、ごく普通の高校生だ。

いま彼女は、絶体絶命の2つの危機に瀕していた。

一つは、寝不足。

二つめは、皆勤賞喪失。

「んぎゃっ、ヤバいよーんっ」

氷魚は、三度目の予鈴を遠くに聞いて、言葉通りに飛びはねた。


 校内に、予鈴が軽やかに木霊する。

氷魚は、息も絶え絶えに、机に突っ伏していた。

「せ、せぇーふ」

「ひーちゃんてば、今日は自習って言ってたでしょー?聞いてた?」

死にかけている氷魚を、後ろの席の、クラス一のトラブルメーカーで、小学校からの幼馴染みでもある小松千早ちはやが、寄ってきてからかった。

「たぶん、寝てたわ…」と氷魚。

「うん、分かる…担任の授業って、眠くなるよねぇ」

「なるなる」

氷魚達の、担任が担当しているのは国語だ。

老年の彼の授業は、テンポが遅い。

なので昼食後の授業は勿論、朝一でも、どうしても眠くなってしまうのだった。

「ヒマだよねぇ、ふあぁ」

氷魚は、欠伸をかみ殺しきれずに、大あくびをしてしまった。

「なした、寝不足?」

彼女、千早が聞いた。

しゃがんで目線をあわせ、首を傾げている。

「そうなんだ、ここ最近、ヘンなの」

「ヘンて、悩みごと?親とか?」

「ううん、夢を見るの」

「夢、どんな?」

「言っても、笑わない?」

「笑わない笑わない」

「ホントかなぁ」

「ホントだって…話してよ、気になるじゃない」

「うん、なんかね…夢の中で、なぜかまわりが真っ白で、寒くて。もしかしたら雪だったのかも知れないけど、あたし…いつも血まみれで泣いてるんだ?」

「う〜ん、血まみれかぁ…疲れてるんだよ、きっと。休めばよくなるさ、元気だしなよっ」

「そ、そうだよね?サンキュー」

そう言うと、氷魚はもう一度欠伸をして、机に突っ伏してしまった。

「こりゃ、相当ひどいね…可哀相だし、ほっとこうっと」


 初夏の、生温い風が、氷魚の髪をそっと撫でた。

くすぐったさに目を覚ました彼女は、二、三回瞬きする。

放課後の教室には、静寂が満ちていた。

「あれ、あたし…寝てた?もう、それにしても、起こしてくれればいいのにさ。仕方ないなぁ、一人で帰るか」

廊下を歩きながら、他の教室も覗いてみる。

しかし誰もいないのは、どこも同じだった。

(ホントに、誰もいない。おかしいなぁ…そんなに、遅い時間でもないのにねぇ)

氷魚は、靴箱を閉めると、外へ歩き出した。

 (やっぱりヘンだ、なにかが可笑しい)

いつもは、学校帰りの学生で賑やかな商店街。

しかし今は、まるで死に絶えたかのように静まりかえっている。

氷魚は、大通りに出ると、携帯で自宅に電話をかけた。

無機質な呼び出し音が響く。

一回。

二回。

四回。

氷魚の背中を一筋、嫌な汗が伝った。

どうしたんだろうか。

なぜ、出ない?

もしかしたら、何かあったのか?

「どうしたんだろう…」

携帯を閉じる氷魚。

通り抜けていく風の音が、いやに、大きく聞こえた。

とりあえず、なにがあったのか確かめなければ。

氷魚は走り出した。

橋を渡り、砂利道を走り抜け…。

しかし、そこにあるはずの自宅はなく、茶色い土を剥き出しにした、ただ広い敷地が広がっていた。

「うそ、なんで…なんでウチがないの!?一体、なにが」

背中に強い衝撃を感じて、氷魚は、きつく眉根をよせた。

「石…じゃなかった、なに、祠?なんでウチの敷地にこんなのがあるんだろ」

その時、どこからともなく、男の笑い声がする。

もう、可笑しくて、仕方がないと言ったふうの声だ。

「ねえ、誰かいるの?!」

氷魚は、せわしなく周囲を見まわす。

しかし、くつくつと笑い声は止まない。

「ねえってば!」

血が上って、怒鳴り散らした彼女に、やっと気づいたように男の声が応えた。

「あ、ああ…すまない。気を悪くしないでくれ」

「どこにいるの!?」

きょろきょろ、と見まわす氷魚。

しかし、なかなかそれらしい姿は見つからない。

「すぐ側にいるぞ?氷魚、お前の足元にね」

「え…黒猫、どこから…」

黒猫は、氷魚を見あげて一声鳴くと、笑い始めた。

「迎えにきたよ、氷魚。ああ可笑しい、お前の、あの時の顔と来たら、腹がよじれるかと思った」

「ね、ね、猫が喋ったぁ!?」

あり得ないものを見た人間がする、お決まりの行動。

氷魚は、後ずさった。

「およ、やっぱりこの姿はマズかったか…これが気にくわんなら、何にでもなるぜ?」

猫は、祠に跳び上がると、黒いノースリーブに、ジーンズを着た男に変わっていた。

「あ、あんた、一体!?」

おそるおそる、男の方に近づく氷魚。

「お前を迎えにきた、それはさっき言ったな?」

いきなりペースが崩れ氷魚は、ぱちくりと瞠目した。

「いや、そうじゃなくて」

「ああ、自己紹介してないのか。俺は、瑪瑙めのうっていう。よろしく」

勝手に話を進める彼に呆れつつも、氷魚は、とりあえず状況整理をすることにしたのだった。

「あ、あたしを迎えにって、どういうこと?」

(なんなのよ、コイツ…いきなりペースがずれたし)

「なにも覚えてない、か。まあ、仕方ないよな、小さかったし」

「え?」

氷魚は、内心頭を抱えた。

目の前にいるこの男は、初対面の筈の、あたしを知っているというのだ。

(ますます分かんないっ、なんなのよコイツはぁ!?)

「え〜っと、つまりだな…アンタは、人間として育ってきたが、それが全部嘘だって事さ」

「は?なに、なに言ってンのか、さっぱりわけ分かんないんだけど?」

「だーから、お前は人じゃねえってことだよ」

ばちん、とウインクを飛ばしてきた彼――‐‐‐瑪瑙に、氷魚は、サーッと全身の血の気がひいた気がした。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ