レプリカ
「先生、生き物の存在理由とは何でしょうか?」
そこに感情はない。灰色の瞳をした少女は、無機質に、機械的に言った。
対して白衣を着た初老の男は、慈悲深げな眼差しを少女に投げ掛ける。
「それはね、『愛し愛される』ことだよ」
両手を天に掲げ、宗教に陶酔するかの如く、自らの発言の余韻に浸っている。
哀しみの色が見え隠れする男の表情は、どこかぎこちない。それを押し隠すように言葉を連続させる。
「だからマヤ、君も愛される権利を持ち、愛する権利も持ち合わせているんだよ……」
男は少女を“マヤ”と呼んだ。
散り逝く線香花火によく似た儚さを、男の口元に見た少女は、自らの存在価値を見つめ直す。
「本当に……本当に私はそんな権利を持っているのですか?」
どんな答えが返って来ようと、彼女を納得させることは不可能だろう。何故なら少女は、自らが何ものであるかを知っているのだから。
だがそれを承知で、男は徒に流れる長い時間を説得の言葉で染め上げた。
やがて少女は、意を決して立ち上がった。
純白の壁、純白の天井、純白のシーツ。
そのどれよりも無垢で、穢れのない、生まれたままの姿を晒すことに、一切の抵抗も見せず、少女は男の身体に細く白い腕を絡ませた。
「先生……」
「先生なんて呼ばないでくれ……」
男は少女の裸体を強く抱き締められなかった。いくら逃避しようとも、少女から本当の温もりを感じられないことを知っていたから――――
男の首に掛けられたハート型のペンダントには、写真が納められている。若い頃の白衣の男と、並んで控えめに笑顔を浮かべる少女。写真の少女は今、目の前にいる少女と瓜二つで。
傷だらけのペンダントは、光を浴びて白く輝く。その裏には、アルファベットでこう刻まれている。“MAYA”と。
男はロボット工学を志した科学者だった。