序・遺言と女
ネオン輝く境内
私、久米島奈緒子は妙ちくりんな形をした鳥居の前に立ちました。ここはうちのアパートの裏手にある神社で、真っ赤御宮に手水舎、大きなイチョウの木もあるたいそう立派なものです。ですが私が初めてここを発見したときは心底驚きました。確かに神社だと一目でわかる古風ないでたちですが、それよりも目立つのが明るすぎる境内です。境内にはどこから拾ってきたのか分からないミラーボールやら鏡やらスナックの看板やらがそこらじゅうにひしめきあっています。
気になって一度大家さんにお尋ねしてみたところ、なんでも「あの神社に住んでいる化け狐はとびきりの目立ちたがり屋だから、満月になるたびにああやって光りものを拾ってくるのさ。」とのことです。さらに詳しくお聞きしたかったのですが、酔っぱらった大家さんはそのまま寝てしまったため、あきらめるしかありませんでした。
なんとも興味深いことです。ぜひ、行ってみなければ。
見上げると鳥居には「スナック 銀座」という文字がピカピカ光り、その神がかり的なばち当たりっぷりはねっとりと肌を滑りゆき、なにやら恥ずかしいような気分にさえさせます。さらにその下にはピンク色のカーテンがひらひらと揺れており、私はとっさに自分の年を数えました。
18歳。おととい自室にて「久米島奈緒子生誕祭」を一人執り行ったため間違いはないはずです。よし、私は眉をきりりとしかめ、大股で桃色の世界へと足を踏み出しました。
つい半年前のことです。数年前から大病を患い、先の短い母は私を病室へと呼びました。ごほごほと咳ばかりする母でしたがその日は調子が良いらしく、西日に照らされた横顔には女将としての威厳が戻っていました。鉄板の私とは違い、不要なまでに膨らんだ胸をなおいっそうに膨らませて母は私にこう言いました。
「女たるものいついかなる時でも上品でならなければなりません。しかし見せかけの上品ほど下品なものはないのです。奈緒子、あなたは素直に生きるのですよ。」
そう言い残して母はあくる日に死んでしまいました。悲しくはありましたが、人前では泣かずにいられました。
母の葬儀からしばらくして、私は父に言いました。「父上、京都に行ってみたく思います。」母の残した言葉は、元々好奇心旺盛な私についていたわずらわしい枷の一切を吹き飛ばし、勤勉な父の制止をも振りきり単身上京してきたのでした。泣いている暇はありません。気高き母の血はガソリンのごとく私のなかで燃えたぎっております。
「かあちゃ、あたしやるべ」