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聖女見習い辞めたいです

 人々を救う癒しの力を持った若くそして清らかな女性、それが聖女である。6歳になる年に各地域の教会で適正を見極める儀式があり、辺境の小さな村であってもそれは例外ではなかった。ただし基本は王都もしくはそれに準ずる規模の大きな街で聖女の適正を持った少女が生まれることが多かった。要は辺境の小さな村には全くもって縁遠い話だったのだ。ところがその辺境の小さな村の大人たちは今年の儀式の結果に度肝を抜かれた。聖女の適正を持った少女がいたのである。

 リリア、それが少女の名前であった。



 さて、転生したら聖女だった件という小説は実在したのかしら?と飛世(とびせ)莉々愛ことリリアは現実逃避をしていた。大人気テンプレライトノベルのように転生を成し遂げたと気が付いたのは物心がついたとき、鏡に映る自分を見てえもいわれぬ嫌悪感とともにぶわりと記憶が流れ込んできた。当然小さい脳みそに収まるような記憶じゃなかったので彼女は三日三晩寝込み、その間ずっとうなされ続けた。転生したことに気が付いたはいいものの、リリアにはこの世界がなんなのかいまいちわからなかったのだ。何しろ自分の前世は味気ないもので、ハマっていた本や熱中していたことも特にない。苦痛じゃないけど特段心が躍るようなこともない、なんとなく流行ったものをそれなりに楽しんで、なんとなく楽しいかも?くらいの惰性で過ごす毎日だったがそれで構わないとすら思っていた。

 転生したからと言って特段やりたいことも成し遂げたいこともないリリアは一般的な少女と変わらない成長を遂げた。もちろん前世の知識を使って天才少女になることも出来たのだが、それのせいでむやみに担がれても困ると思ったのだ。彼女はどうせ付け焼刃の天才なのだから成長に伴って才能も打ち止めになるだろうし下手に期待されると居心地が悪いという何とも向上心のない考えを持っていた。

「そうは問屋が卸さないってか」

 ぼそりとつぶやくリリアの声は教会の喧騒にまぎれて誰の耳にも届かなかった。そうしてリリアは弱冠6歳にして単身王都へ向かい、聖女としての教育を受けることとなった。


 王都に着くと聖女塔という場所に連れて行かれ、そこにはリリアと同い年の少女が幾人か同じように集められていた。各地域で発見された適正を持った少女が一堂に会したということだろう。不安そうな顔をしていたり、誇らしげな顔で立っていたりと様々な様子の少女がそこにはいた。しばらくするとカツン、カツンと足音が響き、真っ白の服に身を包んだ美しい女性が少女たちの前に現れた。


「初めまして、聖女見習いの皆さん。私はマリア。この国の聖女の長をしているわ」


 柔らかい声でそう挨拶をした女性は優しい眼差しで少女たちを見まわした。同性からしても見とれる要望のマリアだったが、リリアは小さな違和感を抱いた。

『あの、マリアって人、なんだか薄い?まだ若いと思うのだけど、おばあちゃんみたいな雰囲気を感じる』

 まわりの少女たちも似たような感覚を抱いたのか薄く困惑が滲んでいる。その視線に気が付いたのか、元から言及する予定だったのかわからないがマリアは先ほどまでの柔らかい声でこう続けた。

「私の違和感に気がついているのね。それがあなたたちの持つ聖女の素質よ」


 それからマリアは恐ろしいことを語った。

「聖女の目というのは人の生き死にを移すの。その目で弱っている方を見極めて治療を施すのが私たちの役割。そうして役割をまっとうした聖女は天使になるわ。あなた達が私に感じている奇妙な感覚はそれね。私はもうすぐ天に昇るわ。聖女の行きつく先は天使なの。これはとても名誉なことなのよ……といってもあなた達にはまだ難しいわよね。大丈夫、これから学ぶ機会はいくらでもあるもの。私たち聖女は皆さんを歓迎するわ。これから頑張っていきましょうね。そうそう、私からあなた達にプレゼントよ、是非つけて頂戴」

 そうしてまばゆい光に包まれた次の瞬間少女たちの腕にシンプルだがこ洒落たデザインのブレスレットが付けられていた。プレゼントとはこれのことだろうか。一方的な対面を終えたマリアはまたカツンカツンと靴音を響かせて去っていった。


 なんか今すっげえこと言われたな、とリリアは他人事のように思った。周りと違い6歳プラス前世分の理解力を持ったリリアにはマリアの言葉はしっかりと伝わっていた。

 そうして聖女塔で暮らし始めたリリアが調べると出るわ出るわ、聖女というのはつくづく使い捨ての消耗品であるということが分かってきた。聖女見習いである彼女は怪しまれることなく聖女塔内の書斎にある書物に触れることが出来たし、他の聖女に話を聞くことも容易かった。話を聞きに行けば怪しまれるどころか勉強熱心だと褒められ必要以上のことまで知ることが出来た。3か月もすれば十分な情報が固まった。割り当てられた自室でリリアは聖女についての薄気味悪い情報を整理していた。もちろん紙に記すなどということはせず、脳内で完結させていた。


 この世界には魔法という概念がある。聖女は寿命を魔力に変換できる才を持っている者を指すのだ。それが調査から得た聖女の情報だった。寿命を魔力に変え、聖魔法として出力することで人の傷を癒したり、疲労の回復を促すのだ。文字通り寿命を削っての奉仕だから、聖女は短命だ。確かにおばあちゃんの聖女は見たことがないな、とリリアは思った。全ての聖女が30歳を迎える前に死ぬのだという。


 まっぴらごめんすぎる、聖女について根本から理解したリリアは正直な感想を漏らした。恐ろしいのは聖女の死について非常に名誉なものとして扱われていることだった。誰もそれに違和感を抱いている様子がなかった。いつからの慣習かは知らないがおそらくこれから聖女の死については"しっかり"教育されるのだろう。確かに人格や思想の形成は若い方が簡単だ。

 いくら前世を惰性で生き、転生した今でも自分の人生に頓着がないリリアとは言えここまでの自己犠牲はドン引きであり、逃げ出す決意を固めた。

 周りの聖女見習いにも声をかけて一緒に逃げようか、そんな考えもよぎったが失敗した場合のことを考え一人で実行することを決めた。最悪逃げられなくても「寂しくて」という言い訳が通りやすい。何せ村から一人送られたリリアと違い、周りの少女は皆王都の出だからだ。しかも私には幸か不幸か「熱心な優等生」のイメージが定着している。一度くらいならギリいけそうだと思った。しかも周りの少女は"普通の"少女であるから説明しても意図が伝わらないだろう。脱走するなら早い方がいいな、と思ったリリアは明日の夜を実行日に決めた。


 そうして予定の夜を迎えたのだが、結論から言えば失敗した。塔の外に出た瞬間リリアの腕のブレスレットが光り、容易く見つかってしまったのだ。当然リリアは叱られたが予定通り「父さんと母さんに会えないのが寂しくて」と言えば同情され、そこまでのお咎めはなかった。お咎めは無かったが、父と母には当分会えないと伝えられ、リリアは絶望した。まだ前世の両親に対する記憶の方が大きいが、そうはいっても自分を6歳までしっかり育ててくれて、送り出すときも限界まで渋っていた両親のことをリリアは愛していた。

 さて、脱出に失敗したリリアの目下の目標はブレスレットの対処である。なんとなく探りを入れて聞いてみるとどうやらブレスレットにはマリアの力が込められていてGPS的な役割を果たしているらしい。ブレスレットは一度つけると基本的に外すことはできないそうだ。

 無理ゲーじゃないか。

 リリアは再び絶望した。が、待てよと考え直した。マリアの力が込められていて、基本的に外すことが出来ない、と言われた。つまり「例外」もあるはずだ。


 例外、というのは彼女が死んだ時ではないだろうかと思い至った。確かマリアはもうすぐ天に上ると言っていた。そのときにまたやってみようとリリアは決意した。人の死を願う聖女(見習い)は異世界広しといえど彼女くらいであろう。


 自分を犠牲にして人を救うのが美徳だなんてそんな綺麗な心は持てっこないのである。



 これはリリアが聖女塔を抜け出し異世界でも惰性で過ごす日々を送るまでの記録である。


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