終章 灯りの下
一九八一年(昭和五十六年)十二月六日(土)
第九十四臨時国会、閉会。
国会は、予定どおり閉会した。
継続憲章は採択された。
反対もあった。棄権もあった。
だが否決はされなかった。
議長の木槌の音は、いつもと同じ高さで響いた。
国家は、続く。
少なくとも、今夜までは。
――
霞が関に戻ったのは、日付が変わる頃だった。
厚生省の廊下は静まり返っている。
だが、灯りは消えていない。
医務局の一室で、涼子は封筒を受け取った。
差出人は統計班。
表題は簡素だ。
――推計モデル(暫定)
椅子に腰を下ろし、ページをめくる。
数式。
曲線。
予測帯。
「この推移が継続した場合」
という但し書きの下に、幅を持った数字が並ぶ。
五年後。
対象年齢男性の死亡率、四〇〜五〇%。
生殖能力低下の可能性、三〇〜四〇%。
断定ではない。
確定でもない。
だが、否定もされていない。
――
窓の外に目をやる。
国会議事堂の灯りは、まだいくつか残っている。
鉄道は走っている。
電力は供給されている。
港は閉じていない。
国家は機能している。
それでも、涼子は知っている。
この秋に起きたことは、季節の異変ではない。
静かな侵食だ。
机の上に資料を置き、手のひらで軽く押さえる。
まだ、誰も半分になるとは言っていない。
言葉にすれば、現実になる気がした。
廊下の向こうで、コピー機が一度だけ鳴る。
誰かが、まだ働いている。
国家は続く。
だが、未来は同じ形では続かない。
涼子は資料を封筒に戻し、灯りを消した。
窓の外の夜は、静かだった。――だからこそ、怖かった。




