安全の値段
初めてブックマーク付きました。ありがとうございます。一応完結済で毎日投稿しておりますのでお読み続けいただけますと幸いです。ほぼ処女作ですのでうれしいです
一九八一年(昭和五十六年)十月二十三日(金)
■ 東京証券取引所(午前九時)
寄り付きは、平穏だった。
日経平均、わずかに下落。
医療関連株、買い。
重工、弱含み。
いつも通りの値動き。
だが――債券市場の気配が違った。
長期国債、売り優勢。
板が薄い。
ディーラーが眉をひそめる。
「誰だ」
「海外だろ」
「いや、国内も混じってる」
国債は、安全だ。
危機があれば買われる。
それが常識。
だが今日は、売られている。
利回り、上昇。
ほんの数ベーシスポイント。
だが、方向が出た。
■ 大蔵省
為替担当が走る。
「十年物、さらに上がっています」
佐々木早紀は即座にグラフを見る。
右肩上がり。
急ではない。
だが、連続している。
「出来高は」
「増えています」
売りが本気になっている証拠。
「理由は」
「公式にはありません」
また、それだ。
公式にはない。
だが市場は、言葉より早い。
若年層の急死報道。
国会欠席一割超。
大蔵大臣入院。
断片が、ひとつの絵になる。
佐々木は静かに言った。
「市場は、“財政の持久力”を測り始めた」
■ 日銀
政策担当者がモニターを見つめる。
「介入しますか」
上司は首を振った。
「まだだ。誤差の範囲だ」
だが誤差は、方向を持っている。
それが問題だった。
■ 午後(証券会社の会議室)
アナリストが説明する。
「医療問題が長期化すれば、社会保障費増。
税収減。
国債増発」
「織り込むのは早すぎないか」
「早いから利益が出る」
冷たい計算。
国債を売る。
利回りが上がる。
借入コストが上がる。
企業も重くなる。
その先の連鎖を、市場は先に見る。
■ 夕方(議員会館)
石本の机に報告が届く。
「国内債券市場、売り優勢」
石本は目を閉じた。
海外だけではなかった。
国内が動き始めた。
それは、世論よりも冷静で、
野党よりも容赦がない。
市場は、説明を待たない。
「……安全が売られる」
石本は呟いた。
秘書が問う。
「安全、ですか」
「国債は、国家の信用よ」
その信用が、わずかに値下がりしている。
まだ暴落ではない。
だが、方向は出た。
石本は立ち上がる。
「大蔵と日銀を横で」
正式会議ではない。
だが、時間がない。
■ 夜
テレビニュースは小さく伝える。
「国債利回り、やや上昇」
一般視聴者は気づかない。
だが金融関係者は理解する。
これは偶然ではない。
病は、人を倒す。
欠席は議会を削る。
そして市場は、国家の信用に値段を付ける。
今日、日本国債は
初めて明確に売られた。
静かに。
だが確実に。




