説明を求める声
一九八一年(昭和五十六年)十月十八日(日)
■ 日曜朝の新聞
社会面の下段に、小さな見出し。
若年男性の急性肺炎死、相次ぐ
専門家「原因は特定されていない」
“相次ぐ”。
その言葉が、初めて使われた。
件数は三。
東京、横浜、大阪。
年齢はいずれも三十代から四十代前半。
健康。持病なし。
発熱から数日で急変。
記事は慎重だ。
断定はない。
だが――並べてしまった。
読者は、並びから意味を読む。
■ テレビ局
ワイドショーの台本が差し替えられる。
「今週の特集:謎の重症肺炎」
医師コメンテーターが言う。
「通常の肺炎とは経過が異なる例がある」
キャスターが問いかける。
「感染症の可能性は?」
医師は言葉を選ぶ。
「現時点では断定できません」
断定できない。
だが可能性は否定しない。
画面の下にテロップが出る。
原因究明は?
その四文字が、日曜の茶の間に流れた。
■ 月曜(厚生省)
電話が増える。
報道機関。
地方自治体。
一般市民。
「うちの息子も三十八です。発熱が続いています。これは関係ありますか」
「なぜ正式発表しないのですか」
「感染なら隠すべきではない」
涼子は受話器を置く。
“隠している”わけではない。
まだ分かっていない。
だが――
分からないこと自体が、不安を生む。
局長が言う。
「会見を開くか」
沈黙。
開けば、認めることになる。
開かなければ、疑念が膨らむ。
涼子が静かに言った。
「“調査中”として、経過を説明すべきです」
断定はしない。
だが、説明はする。
それが最小限の防波堤だ。
■ 国会
野党議員が質問通告を出す。
「若年男性急死事例について政府の見解を問う」
石本は通告書を読み、目を閉じた。
ついに来た。
医療の内部問題だったものが、政治の問いになる。
秘書が言う。
「どう答弁しますか」
石本は短く言った。
「事実のみ」
「原因は?」
「特定されていない」
「感染の可能性は?」
「否定も断定もしない」
曖昧。
だが、いまはそれしかない。
■ 夜(街)
居酒屋。
サラリーマンの会話が、湯気の中に浮かぶ。
「最近、若いやつが急に倒れたってよ」
「週刊誌で見た」
「なんか流行ってるらしい」
噂は形を変える。
真実より速く広がる。
■ 総理府・小会議室
机を寄せた顔ぶれが集まる。
涼子が言う。
「世論が動き始めました」
小坂。
「現場でも動揺が出ています」
佐々木。
「市場も、材料にします」
石本は、ゆっくりと息を吐いた。
「原因究明を求める声は、正しい」
誰も否定しない。
「だが、急げば誤る」
ここが難所だ。
説明を求められる。
だが確定はできない。
石本は静かに言う。
「調査体制を、形式として整える」
誰かが顔を上げる。
形式。
つまり――初めて、“公式の枠”を作る段階。
まだ会議名は付けない。
だが世論は、国家に“説明責任”を要求し始めた。
それは恐怖より強い。
止められない。




