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代行の線

一九八一年(昭和五十六年)十月十二日(月)

霞が関。三連休明け。


 だが休みの感覚は、ない。

 厚生省、通産省、大蔵省。

 それぞれの省で、同じ現象が起きていた。


「課長が本日も欠席」

「局長、入院」

「決裁は保留」


 肩書きが、次々と空く。

 だが業務は止められない。


■ 厚生省


 医務局。

 机の上に、未決裁の資料が積まれている。


 涼子が言う。


「対症療法の指針、現場から追加要望が来ています」


 局長代理が答えた。


「正式決裁は待てない。

 “内部共有”として回そう」


 正式ではない。

 だが実務は進む。


 誰かが、声を落とした。


「責任は……」


 涼子は静かに答える。


「後で引き取ります」


 誰も否定しない。

 否定できない。


■ 通産省


 産業政策局。

 欠勤増加リストが更新される。


 小坂真紀が報告する。


「港湾と重工の一部で、操業縮小の可能性があります」


 上司は決裁印を押さない。

 代わりに、言った。


「“助言”として出せ。命令ではない」


 命令ではない。

 だが実質的な方針だ。


■ 大蔵省


 主計局。

 佐々木早紀の机に、国債発行の試算が置かれている。


 本来なら大臣決裁。

 だが署名欄は空白のまま。


 佐々木は事務次官室に入った。


「このままでは、市場に遅れます」


 次官が答える。


「副大臣に説明はした。

 だが判断は委ねられている」


 委ねられている。

 つまり、官僚判断。


 佐々木は短く言った。


「では、想定シナリオだけでも共有します」


 正式な増発ではない。

 だが“準備”は進む。


■ 総理府・小会議室


 再び机が寄せられる。

 今度は事前の声かけも少ない。

 人が足りない場所へ、呼ばれる前に人が集まる。


 涼子。

 小坂。

 佐々木。

 運輸省の室長補佐。

 自治省の参事官。


 顔ぶれを見れば、共通点がある。


 全員、女性。


 偶然ではない。

 欠けた席を、必要に応じて埋めていった結果が、たまたまこうなった。


 石本は今日は座っていた。

 議長ではない。

 ただの参加者の一人として。


「決定はしない」


 誰もが分かっている。

 決定権は上にある。

 だが、その上が動けない。


 涼子が言う。


「医療は広がります。

 重症化傾向は続いています」


 小坂が続ける。


「産業は、まだ耐えています。

 ただし中核人材が抜けると危険です」


 佐々木。


「税収は微減。

 市場は将来の増発を織り込み始めています」


 石本が静かに言った。


「つまり――時間がない」


 沈黙。


 正式な会議ではない。

 議事録もない。

 だが、ここで共有された情報は、各省の“実務判断”に直結する。


 誰も宣言しない。

 だが全員が理解していた。


 ――これは、代行だ。


 制度の代行。

 責任の代行。

 決断の代行。


 石本が、ふと笑った。


「名前を付けない方が、よく動く」


 誰かが小さく頷く。


 彼女たちは肩書きで動いていない。

 必要だから動いている。


 夜。

 霞が関の灯りは、少しだけ長く残った。


 国家は、まだ崩れていない。

 だが今日、初めて――


 “代行ライン”が、明確な形を取った。


 それは正式な組織ではない。

 だが実質的に、国家を回し始めている。

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