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欠けた代表

一九八一年(昭和五十六年)十月九日(金)

衆議院 議院運営委員会室。午前十時。


 出席者の顔ぶれは揃っている。

 だが、委員会資料の一枚目に赤字が走っていた。


「補欠選挙実施について」


 本来なら形式的な議題だ。

 議員の死去、辞職、失職。

 法に基づき、速やかに補選を行う――それだけ。


 だが今回は違う。


 選挙区内の選挙管理委員会から、報告が来ていた。


「投票所の運営要員確保が困難」


 理由は明記されていない。

 だが、この部屋にいる者は知っている。


 欠勤。

 長期離脱。

 急変。


 与野党の代表が、互いの目を見た。


「延期という選択肢はあるのか」


 野党側が口火を切る。

 与党側が慎重に答えた。


「公職選挙法上、災害等やむを得ない場合は――」


「今回は災害か?」


 誰も即答しない。

 災害と呼ぶには派手さがない。

 地震でもない。台風でもない。

 だが、確実に人手が足りない。


 委員長が言う。


「現実に投票所が開けない場合、どうする」


 沈黙。


 法律は形式を定めている。

 だが現場が動かなければ、形式は空洞になる。


 石本は後方の席から発言を求めた。


「延期は、最後の手段にすべきです」


 視線が集まる。


「だが、実施不能な状態で強行すれば、結果の正当性が問われる」


 “正当性”。

 その言葉が重く落ちる。


 代表は、選ばれてこそ代表だ。

 だが――選べない場合は。


「現在の欠員は」


 事務方が答える。


「三議席。加えて、継続欠席議員三十六名」


 三十六。

 定数の約七%。


 まだ議会は開ける。

 だが。


「一割を超えた場合、委員会運営に支障が出ます」


 事務方が淡々と言う。


 一割。

 誰もが意識している境界線。


 野党議員が言った。


「延期すれば、欠けたままになる。

 実施すれば、混乱の恐れ。

 どちらにしても代表は揺らぐ」


 その通りだった。

 代表とは、人数ではない。信頼だ。


 午後。

 石本は議員会館へ戻る。


 秘書が報告する。


「地方からも問い合わせが増えています。“実施可能なのか”と」


 石本は椅子に腰を下ろした。


 医療は拡大。

 財政は揺らぐ。

 市場は先読みする。

 そして今、選挙が止まりかけている。


 石本は静かに呟いた。


「制度は残る。だが代表が欠ける」


 窓の外、国会議事堂は変わらない。

 だが石本は理解していた。


 この病は、人命だけでなく、

 “選ばれる仕組み”に触れ始めている。


 まだ崩壊ではない。

 だが今日初めて――


 延期


 という言葉が、現実の選択肢になった。


 国家は機能している。

 だが、代表は少しずつ欠けていく。

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