空席の比率
一九八一年(昭和五十六年)十月三日(土)
衆議院本会議場。午前十時。
開会のベルが鳴る。
議場は、いつも通り整然としている。
赤い絨毯。
木製の机。
緑色のランプ。
だが――
石本茂は議員席を見渡し、わずかに目を細めた。
空席がある。
珍しいことではない。
地方日程。委員会との重複。体調不良。
理由はいくらでもある。
だが今日の空席は、散らばり方が違った。
特定派閥でもない。
特定地域でもない。
そして――若手議員に、目立つ。
秘書が後ろから小声で言う。
「本日の欠席届、二十七名です」
石本は頷く。
定数五百十一。
二十七。
五%強。
まだ異常とは言えない。
だが。
「継続欠席者は?」
「七名。三日以上です」
石本の視線が止まる。
三日。
この時期に、三日以上の欠席は珍しい。
討論が始まる。
答弁は通常通り。
野党の追及も、いつも通り。
議場は機能している。
だが石本は、議席の“空気”を感じていた。
空席は、単なる不在ではない。
その議員が所属する委員会。
その議員が担当する法案。
その議員が抱える地元。
影響は、遅れて広がる。
午後。
委員会室。
出席率はさらに低い。
「代読で」
秘書が資料を渡す。
委員長が淡々と言った。
「本日欠席者多数のため、審議は簡略化します」
誰も異議を唱えない。
簡略化。
それは、機能低下の柔らかい言い方だ。
石本はメモを取る。
夕方までに欠席は増えた。
欠席三十二。
約六%。
まだ危機ではない。
だが――増加傾向。
夜。
議員会館。
石本は欠席者リストを見つめ、共通点を探す。
年齢。
地域。
所属委員会。
そして、ひとつだけ傾向が出た。
「……四十代」
若手から中堅。
政策実務の中核層。
秘書が言う。
「単なる体調不良でしょう」
石本はすぐに否定しない。
だが、医療報告が頭をよぎる。
若年男性。
重症化傾向。
市場の先読み。
税収の微減。
点が、線に近づいている。
石本は静かに言った。
「一割を超えたら、議事進行に影響が出るわね」
秘書が息を飲む。
「……一割は、異常事態ですか」
石本は少し考える。
「異常とは言わない。
だが、放置できない数字ね」
国会は形式上、三分の一で開ける。
だが政治は、比率で動く。
信任。
法案可決。
予算成立。
“代表している”と胸を張れる水準。
それが崩れ始めると、
制度は残っても、信頼が揺らぐ。
石本は立ち上がり、窓の外を見る。
夜の議事堂。
灯りは変わらない。
だが今日、初めて理解した。
医療は、人を倒す。
市場は、未来を計算する。
そして国会は、空席で弱る。
まだ機能している。
だが――空席は、増える。
それを止める手立ては、
まだ、どこにもない。




