閑話:十円玉の防衛線
一九八一年(昭和五十六年)十月下旬。
霞が関の地下食堂の横にある、三台の赤電話(公衆電話)。
昼休み、そこには堂本のネットワークで地方から動員されてきた「働く女たち」の長い列ができていた。
「もしもし、お母さん? ええ、私。……あのね、お父さんとヒロシに、絶対にマスクをさせて。手洗いとうがいも、石鹸で念入りに。ただの風邪じゃないのよ。いいから言う通りにして!」
「あなた? 熱はない? 咳は? ……お願いだから、少しでもだるかったら会社を休んでね。男の意地とか仕事の責任なんてどうでもいいから。……うん、私は平気。霞が関の男たちはバタバタ倒れてるけど、私たちはピンピンしてるから」
つい先ほどまで、各省庁のフロアで男たちの決裁を無視し、怒号を飛ばしながら強引にトラックや予算を動かしていた頼もしいノンキャリ女性たち。
だが、この赤電話の前に立つ時だけは、誰もが10円玉を握りしめながら、声を震わせ、切実な「妻」や「母」の顔に戻っていた。
元・病院事務組合の沢田も、列に並んでいた。
彼女の順番が来る。受話器を取り、地元の長距離市外局番を回す。10円玉がチャリン、と音を立てて落ちる。
『はい、沢田です』
電話に出たのは、高校生の息子だった。
「あ、母さんだけど。……あんた、熱はない?」
『ないよ。母さんこそ、東京で何やってんの? いつ帰ってくるの?』
「国を回してんのよ。……あのね、お父さんにも伝えて。絶対に無理をしないこと。それからあんたも、寄り道せずに帰りなさい。マスクはしてる?」
『してるよ、うるさいな』
「うるさくて結構。……生きてなさいよ、二人とも」
10円玉が切れる警告音が鳴る。
沢田は、切れる直前に「ご飯、ちゃんと食べなさいよ」とだけ付け足し、受話器を置いた。
振り向くと、そこには厚生省の若きキャリア・時田涼子が、書類の束を抱えたまま立ち尽くしていた。
涼子には家庭がない。
だが、沢田たち「強き女たち」が、その腕の中でどれほどの恐怖を抱えながら、愛する家族の命を必死に守ろうとしているのかを、その公衆電話の列が雄弁に物語っていた。
「……時田さん、次はどこの予算をこじ開ける?」
沢田は、赤電話から離れると同時に、再びいつもの「したたかな実務者」の顔に戻り、セブンスターを取り出して笑った。
涼子は、少しだけ目を伏せ、それから力強く頷いた。
「通産です。……私たちが国を回して、あなたたちの家族を守る時間を稼ぎます」




