教育現場と帰宅討議
一九八一年(昭和五十六年)九月二十日(日)午後四時。
優は公園のベンチで、紙を膝にのせていた。
学校の保健室でもらった、薄いコピー。担任が職員室で手書き集計した欠席表だ。
学年。クラス。欠席理由。
「発熱」「腹痛」「風邪」――いつも通りの言葉が並ぶ。
ただ一つだけ、いつも通りではない並び方で。
男子が多い。
女子より、はっきりと多い。
「……やっぱり、男のほうが休んでる」
声にすると、紙が急に重くなる気がした。
午後六時。
夕食の匂いは、いつもと同じだった。味噌汁。焼き魚。漬物。
母と妹が台所から声をかける。
「遅かったのね」
「公園でちょっと」
席に着くと、母が訊いた。
「学校、どうだった?」
優は黙って、紙を差し出した。
妹が覗き込んで、軽く言う。
「風邪でしょ? 季節だもん」
母も頷きかけて――箸を止めた。
数字の列の、男子の段だけが妙に濃い。
「……先生たちも、休んでるの?」
「男の先生のほうが多い」
母はすぐに言葉を探した。
「たまたま、じゃない?」
その“たまたま”が、家の中で最後に出せる安心だった。
優は頷けなかった。頷けば、紙がただの紙に戻ってしまう。
食卓の上で、誰もが黙った。
噛む音だけが続く。
優は思った。
国家が名前を付けていないものは、家でも名前を持てない。
だから――「風邪」という箱に押し込めるしかない。
夜、部屋に戻ってから、優はもう一度紙を開いた。
紙の上の偏りは、過去の記録のはずなのに。
未来の形を、先に見せているように感じた。
数字はまだ名前を持たない。
だが、傾向として。
この国の秋に、刻まれ始めている。




